街は賑やかだった。装甲車は関所に預けることとなり、僕とイオは車から降りて、街の中心を歩いていた。フランシスさんの言っていた通り、この世界で稀に異世界人が来るということで、関所の警備兵は僕らを見ても特別表情を変えたようには見えなかった。ただ、どこの世界から来たか不明な僕たち異世界人は、本来なら入国手続きに二日ほどかかるところだったのだけど、商人を助けたという報告と、フランシスさんの紹介になり、一時間ほどで入国することが出来た。この国は近隣諸国と比べて治安はよく、街の人々もいい人が多いらしい。
「では私はまだ用事がある。ここで失礼する」
「はい。ありがとうございました」
僕は茶色い毛並みの馬に乗ったフランシスさんに手を振った。
すると、手を振っている反対の腕の裾が引っ張られている感じがした。
「……どうしたの?」
「分かりません。でも、ご主人様はああいう女の人がお好みなんですか?」
そう訊ねるイオの顔は暗くなっており、珍しく落ち込んでいる………?
「女の人の好みなんて、自分でも分からないよ」
本当に、自分では分からない。それを聞くと、イオは安心したような表情を浮かべた。ただし、しばらくは裾から手を離してはくれなかった。
「行こうか」
「はい、ご主人様」
ここは街で最も繁盛した市場らしく、露店が多く立ち並んでいる。右を見ても、左を見ても、奇妙な身なりをした人が、老若男女を問わず行き来している。そこは、僕の知っている街とは全く違っていた。服なんて、洋服とも和服とも異なり、民族衣装といった方が近い気がする。白を基調とした、明るい服により、街がより一層明るい気がした。露店の種類も豊富で、野菜や果物、魚、肉、アクセサリーなど、多岐に渡るものだった。
そこそこ興奮気味なのは自分でもわかっている。異世界、しかもアニメや漫画であるような中世ごろの世界に来たのだ。僕の世界ともハンザとも違う、全く新しい世界が目の前に広がっていた。
「ご主人様、あれ美味しそうですよ!」とイオは右側にある店の棚に並べられたものを指さして言った。
どうやらイオも楽しんでくれているようだ。ここ最近はずっとコスモスの中で過ごしていたから、羽を伸ばすのにはちょうどいい。イオの指さす方向から、食欲をそそられるような甘い香りがしてきて、ついグウゥとお腹が鳴ってしまった。
そういえば、何も食べてなかった……………。
音が聞こえたんだろう。イオはクスクス笑い「ご主人様もお腹が空いたんですね?」と言った。
なんか、うん、恥ずかしい。
先ほど助けた商人の人から、お礼としていくらかお金を貰っていたので少しぐらいの買い物なら出来る。
「せっかくだし、買っていこうか」
「私、買ってきます」
「ん、お願い」
僕は通行の邪魔にならないように道の端に移動し、イオは受けとったお金を手に握り、店員に注文して、紙に包まれた丸い食べ物を持ってきた。
「どうぞ」
「ありがとう。頂きます」
「頂きます!」
この世界で初めて食べる食べ物、それを2人で思いっきり頬張ってみる。
瞬間、口いっぱいに広がるとろけるような甘味。
どうやらこれはお菓子らしく、桜の花にハチミツを足したような味がした。
「けっこう甘い…………でも丁度いい甘さだね」
「なんとなく、いい香りがしますね。美味しいです」
落ちそうな頬を片手で押さえながらイオは次々と食べて、すぐに完食していまった。
「次、行こっか」
「はい、ご主人様!」
甘いものを食べてすっかりご機嫌なイオは、僕よりやや先に進んでいる。
綺麗な空、賑わう市場、色とりどりの野菜は瑞々しい。僕はこの雰囲気がとても好きだ。それらを肌身で感じようと目を瞑ると、どこからか陽気な音楽が聞こえてきた。この場所を盛り上げるのに一役買っているようだった。
そういえば……………。
ふと、何の前触れもなく、唐突に思い出した事があった。
そういえば、イオに何もお礼出来てなかった。
旅に出てからというもの、彼女には頼りすぎだ。それにコスモスも。代わりとか、これで全部お返しが出来る、なんてことは思ってないけれど、2人に何かプレゼントでも買えれば、いくらか喜んでくれるのではないだろうか。僕自身、そうしたい。
こういうのはやっぱりサプライズの方がいいのかな。サプライズが喜ばれるなんて話を聞いたことがあるような………ないような?
「どうしたんですか?ご主人様?」
考え込んでいると、イオが僕の顔を、首を傾げて覗き込んでいる。思わず、心臓が跳ねそうになる。ドキンッと耳で、何かが爆発したような、そんな気がした。
「あ、うん。いや。何でもないよ。イオが楽しんでくれたらいいなって」
「楽しいですよ、とっても」
「そっか。良かった!」
ビックリした。考えていることを無意識に声に出してしまっているんじゃないかと焦った。
とにかく、何かプレゼントすることは確定した。そうと決まれば、さっそく行動に移すだけだ。
バレちゃいけない。そんな緊張感が走り、さらに心臓がドクンドクンと高鳴っていく。
「あ!あのさ!」
僕の口から発せられたのは普段出さないような、変な声。
しまった。緊張のあまり、声が裏返ってしまった。
「あ、えーとイオ。その僕、ちょっと買いたいものがあるんだ」
若干声の調子が高くなるのを出来るだけ抑えて、平静を装って、自然な振る舞いになるようにイオに声をかけた。
「分かりました。私もお手伝いします!」
「いや、ぼ、僕一人でいいから。イオは何か自分が好きなものを買ってきなよ」
「私の好きなものですか?」
「うん、食べ物とか。まだまだ美味しいものがあるかもよ?」
「それは、命令ですか?」
「命令って………」
彼女はきょとんとして、僕の眼を見ている。
人間でない彼女からすれば、これは提案ではなく、彼女の役割を果たさせる命令として受けとられたのだろう。
「命令じゃないけど………そうだね、分担して買い物した方が速いかなって。ほら……まだまだこの世界を調べたいし」
「ご主人様がそう言うのでしたら、私は従います。お気をつけくださいね」
「うん。そっちも気を付けてね」
黄色の目立つテントを目印に合流することを約束して、僕らは一旦分かれた。
僕を見送るように手を振るイオを背に、人込みの中に身を隠した。
よし!何か買おう!そう意気込んだ僕は、贈り物によさそうなモノを探すために、太陽の位置が変わるぐらい歩いた。
「何がいいんだ……………」
裏道に入るところに置いてある丸太に座って、金貨2枚を手に平に出して見つめてみる。
今、冷静に考えて見ると、普通に申し訳なく思えてくる。
というかあの人はいい人なんだけど、どう考えても正義感が強すぎるような気が……って人のことは言えない、か。
「おいガキ。うちの商品に何か用か?」
気づかないうちに強面の男の人が目の前に立っていた。
「あ、ごめんなさい。ちょっと休憩していました」
僕はビクついて、すぐさまに立ち上がった。
「ったく。その身なり、異世界人だな?異世界じゃ人の商品の上に座る風習でもあるのか」
「いや……ほんとすいません…………」
深々とお辞儀して許しを請う。
やっぱり、異世界人が来ることはあまり珍しいことじゃないんだ。
「………ったく。気をつけろよ」と店主らしき人はそれだけ返して、あとは何かの作業に取り掛かった。
「怒られちゃったな……」
なんとなく気恥ずかしさを覚え、僕はその場を離れた。