コスモス第2章5「最強の女騎士」

 イオはその細い身体で善戦した。盗賊たちは連携して2人や3人で刀を振っていたが、どれも彼女を捉えることが出来なかった。槍を振る人もいたけれど、イオはその槍を相手から奪いとると両手で槍を握り、膝で折って真っ二つにしてしまった。比較的、僕らの近くにいて、馬車を囲っていた盗賊たちも仲間を助けるため、イオの方へ向かった。

 彼女は武器を持っている相手に怯むこともなく、どんどんなぎ倒してしまう。紅い瞳のまま、無表情で戦うイオの姿は、SF映画なんかで見るような戦闘用のアンドロイドに見えた。感情もなく、ただ人を殺すだけの殺人マシーン。

 以前に彼女に抱いていた恐怖は、今はもうない。代わりに、悲しみが浮かんできた。イオはコスモスに創られた人造人間。その目的は僕のサポートであるが、こんな風に戦闘もこなしてしまう。命令すれば、きっと人だって殺せるんだ。そんな表情をしている。機械的な彼女の戦い方は、普段の可愛らしい表情と仕草をしてみせる彼女からは想像できない。お菓子を美味しそうに食べ、一緒に読書をして、笑顔を向けてくれるその姿は、人間の女の子そのものだった。しかし、今、こうして僕の命令に従い、他人のために戦ってくれている。それが悲しかった。彼女を兵器のようにしてしまうことが悲しかった。そういう風に見ているわけじゃない。それでも、僕には何一つできやしない。だから、どうしてもイオにどうにかしてもらうしかないんだ。 

 イオはなおも戦い続けている。どこかで体術を学んだわけでも、軍隊のような訓練を積んだわけでもないはずなのに、強い。彼女の動きを見ていても、意外にも動きはでたらめのようにも見える。そんな彼女の動きが、何故通用しているのかといえば、それは彼女の持つ身体能力にある。単純に速いのだ。人間を遥かに超える反射神経で反応し、人間に出来ないような動きが出来る。だからこうして、大人の男を相手にここまで戦える。

「か、彼女は、一体………」

 近衛兵の1人、若い金髪の人がそう漏らす。自分は一体何を見ているのか、という表情である。無理もない。今、目の前で戦っているのは、おそらく辛い訓練を積んできた彼よりもずっと年下の女の子なのだから。しかも、その相手は自分たちが苦戦していた盗賊たちなのだから、仕方がない。苦戦?盗賊相手に兵士が負ける、なんてことがあるのかな?馬車の護衛をしているような兵士なら、多分強いはずなんだけどな…………。兵士たちの方を見ると、立っている者の足元に倒れている数人の人影があった。同じく鎧を着ているようだけど、様子がおかしい。彼らの身体からは、赤い何かが流れている。あれは、盗賊にやられた人?つまり、もうすでに戦ってたってこと?

 何か引っかかるものを感じ、イオに視線を移した。ちょうど、彼女は後ろへ大きく下がっていた。

「どうしたの?!」

「ご主人様、絶対にこっちへ来ないでください。この人、強いです」

 見ると、イオと対峙するように立っていたのは赤い髪をした、長髪の男が、ニヤニヤと笑いながら、日本刀のような刀を肩にかけている。その男は、何やらボソボソと1人呟いている。やがて右手を天に向けてかかげると、手の上に火の玉が出現した。

「な、何あれ!?」

「火炎魔法だ!全員、陣形を整え!防御魔法!」

 兵士の隊長のような人だろうか、髭を生やしていて、刻まれた皺には歴戦の猛者を彷彿させる。彼の号令により、兵士たちはハッと我に返り馬車の前に密集しだした。彼らも口々に何かを唱えている。徐々に彼らの目の前に、緑色の半透明の壁のようなものが形成され始める。

 火炎魔法?え?この世界、魔法あるの?

 自分の耳を疑った。魔法、それはファンタジーの世界なんかでよくある、ありふれた力だ。しかし、そんなものは存在しないはずだ。小説の中だけの、もしくは映画にしか登場しないフィクション。しかし、目の前の、あの男の火の玉といい、兵士たちの緑色の壁を見れば、厭でも本物だと分かる。コスモスのような超兵器が存在し、ハンザたちのように他の世界が存在する以上、魔法を使う世界があっても不思議じゃない。ってことは……………。

「まずい!!イオ!!逃げて!!」

 イオも僕も、魔法を使う相手は初めてだ。物理攻撃しか知らない僕たちは、魔法への耐性はない。男は火の玉を浮かべる手を、イオに向けようとしていた。

「装甲車、イオの前へ!」

 命令を受けた装甲車はアクセルを全開にし、イオとその男の間に割って入った。丁度どのとき、装甲車の窓に火の玉が当たったのが見えた。

「ご、ご主人様!?」

「イオ、今すぐこの装甲車の影に隠れて!」

 僕は男のいる方とは反対側、イオのいる方のドアを開けて、車外へと出た。イオの手を引き、影に隠れるように誘導した。

「ご主人様、逃げてください。敵は、何か不思議な装置を隠し持っています!もしかしたら、腕に小型の火炎放射器を持っているのかもしれないです」

「相手は魔法を使うんだ」

「魔法?」

 やっぱり、イオはあれをコスモスと同じように化学で作っているものと認識している。本当にそうだったら、むしろ対処しやすかったかもしれない。でも実際には違う。ここでは魔法が使われている。ただの生身の人間と戦うならまだしも、相手が魔法を使ってくるのなら話は別だ。今は逃げないと、こっちがやられてしまう。いや、でも、馬車の方を助けないと…………。

「あぁ?なんだ?これは、変わった馬車だな?さてはお前ら、異世界人だろ?」

 ハッと僕は顔を上げた。先ほど魔法を撃ってきた男が、装甲車の屋根の上に立っている。

「面白い。こいつは俺らが使ってやるよ」

 ニヤリ、と嫌らしい笑みを浮かべるその男は、刀を振り上げた。

「ご主人様!」

 イオは僕を抱き抱え、後ろへと飛んだ。

 あ、危なかった………………。

 刀は確実に僕の首を狙う機動だった。あと一秒おそかったら僕は死んでいたかもしれない。背中に嫌な汗が冷たく流れ、はぁ、はぁ、と恐怖に呼吸が乱れる。

 横にあるイオはやはり無表情、いや、若干の殺気を放っており、敵を睨みつけている。

「ちっ躱したか。ほんとに、ちょこまか動く嬢ちゃんだ。頭、あいつら殺しちまってもいいですかい?」

 男は後ろを振り向いた。「頭」と呼ばれた男、つまりは先ほどの長は「あぁ」と頷いた。こちらが魔法に耐性がないのを見抜いたのか、イオに倒されなかった男たちは、一斉に何やらボソボソと呟いている。あれはきっと、呪文だ。

 まずい、これ以上、魔法を使われたらどうすることも………………。

 そう思っていた瞬間、けたたましい足音が聞こえてきた。

 見ると、馬に乗ってこちらへ向かってくる兵士たちの姿。増援部隊なのだろうか。ここにいる近衛兵たちに比べて、勇ましく見えるのは気のせい?

 土埃をあげ、真っ直ぐと来ている。

「騎士団だ!」

 盗賊の1人が叫んだ。騎士団?あれが…………。先頭で騎士団を率いているのが騎士団長だろうか。徐々に顔がはっきりしてきた。黒く長い髪は風に靡き、凛とした表情でこちらへ向かってくる。あれは、女の人……………?

 そう女性だった。女騎士が騎士団を先導しているしている。あっという間にたどり着き、近衛兵たちは、まるで希望の光を見るように士気を取り戻した。一方、盗賊の方はというと、その女騎士を見るなり怯えたような表情になった。魔法を撃ってきた男に関しては舌打ちをして睨んでいる。

「かかれ!」

 その女騎士は剣を抜き空に矛先を向けると、部下たちに盗賊を縛り付けるように命じた。部下たちも手練れの様で、馬から降りるとすぐに盗賊たちを拘束していった。残念ながら盗賊の長と魔法を撃ってきた男の2人の姿はいつの間にか消えていた。彼らもまた、やり手だったのだ。

 馬車の中からは歴史の教科書でみたような中世ヨーロッパの装いをした老人と、それなりに年を取った中年男性が降りてきた。兵士たちの話を聞く限り、どうやら彼らは商人のようで、品を運んでいる最中だったそうだ。商人って、もっとなんというか、簡素な馬車に乗っているイメージだったけど、今回守ったこの馬車は、大きくて造りもしっかりしているな、と素人ながらにそう思った。しかも護衛まで付けていたのだ。その護衛が苦戦するような盗賊だったのか。確かに、魔法を使ってきて、想像より厄介だった。

 そんな風に考えながら、お縄にかかっている男達を見ていると先ほど騎士団を先導していた女騎士がこちらへと歩み寄ってきた。

 彼女を見るなり、イオは警戒し紅い瞳で睨み、構えてた。

「服装を見るに、君たちは異世界人か?」

 驚いた。異世界人という概念が、この女騎士に存在しているのだ。そういえば、さっき盗賊の人にも、異世界人って言ってたな。一体、この世界って……。

「あの、異世界人はこの世界では普通なのですか?」

 思い切って、遠慮がちではあるが、知りたいことについて訊いてみた。女騎士は、僕と目を合わせて、笑った。

「そうだな。この世界では、召喚魔法で召喚される者や転移してくるものがしばしばいる。まぁ、ゆっくりしていくといい」と女騎士さんは快活に答えた。

 この人からは悪意は微塵も感じない。むしろ、とっても優しいくて正義感に溢れている。まったく知らない世界ではあるけれど、この人なら信用してもいいと思えるほどに、不思議なオーラを身に纏っている。

 僕はとりあえず、イオより前に出て、「警戒を解いて」と耳打ちした。「………はい」と彼女の瞳は、いつもの鮮やかな緑に戻った。

「あの、そういえばお名前を聞いてませんでした。僕は天野慶介、こちらはイオです」

 両手を身体の正面で揃え、ペコリッとお辞儀をするイオ。

「私は雅(みやび)=フランシスだ。よろしく頼む」

 フランシスさんは礼儀正しく、堂々と自己紹介をした。声は優しいかったけど、その裏には精神的な強さを感じさせるものがあった。さて、これからどうやってこの世界のことを訊ねようか、なんて思索していると、フランシスさんの方から話題を振ってくれた。

「君たちは、馬車を守ろうとしてくれたと聴いたぞ。我らが到着するまでの間、ご苦労であった」

「いえ、そんな………」ちらっと隣に視線をやると、イオと目が合った。「頑張ってくれたのは、イオなんです」

 フランシスさんは僕からイオに視線を移した。真面目な面立ちで、イオをまじまじと見る。

「ほう、こんな細い身体で…………。そうか、何か特殊スキルを持っていたのか。兵士たちが驚いていた。この若さで信じられないほど身体能力が高いと」

「いえ、それほどでも」

 フランシスさんに緊張しているのか、または照れているのか、イオの声が少々小さく感じた。僕としてはイオが褒められたことが、結構嬉しく感じた。

「いつかこのお礼を」

「お礼なんていらないさ。困っている人を助けるのは騎士の使命だ。それに……私の母も異世界人であられた………」

 胸元のペンダントをぎゅっと握るフランシスさん。その呟きは無意識であったのか、途切れるほど小さく、最後の方はうまく聞きとれなかった。眼差しはどこか寂しそうだった。

 元気だったり落ち込んだりと、感情の起伏が激しい人の様だ。若干の暗い雰囲気を拭うように、フランシスさんは声の調子を明るくし、バッとこちらを向いた。

「これも何かの縁だ。困ったときはいつでも呼んでくれ。可能な限り応えよう」

「はい!ありがとうございます!!」

「そうだ。私達はこれから国へ戻るのだが。どうだ?ついてこないか?」

 国?そっか、この世界にも国はあるか。コスモスが直るまで少しこの世界の事について見て回りたい気持ちもあるな。このままフランシスさんについて行くっていうのもアリなんだ。あとやっぱり、漫画やアニメで見たような「ファンタジーの世界」に興味がある。さっきは驚いてしまったけど、魔法っていうのをもう一回見てみたい。

「あの、じゃあ、お願いします」

「そうか、じゃあ馬車を……………」

「あ、僕らにはあれがあるので」

 僕は装甲車の方を指さした。と、フランシスさんと僕、イオの皆が装甲車に視線を向けると、負傷していない兵士たちが物珍し気に囲っている様子が見てとれた。

「あれが君たちの世界の馬車か。ジドウシャというやつだな」

「知ってるんですか?」

「そういうのを作ったやつがいてな。まぁそいつも異世界人だった」

 どうやら、僕ら以外にも大勢、異世界から来た人間がいるらしい。

「あれは、私の部下だ。少し、注意をしてこよう」

「いえいえ!僕らは気にしていませんから!」

 フランシスさんは微笑んだ。

「そろそろ移動の準備をする。用意が出来たら言ってくれ」

「ありがとうございます」

 そうして、フランシスさんは部下のいるところに、僕とイオは装甲車の方へと、各々が出発の準備を始めた。

LINEで送る
Pocket