• カテゴリー別アーカイブ 小説作品
  • E D・♪いつかは死ぬほど愛したい

    1.出逢った人の数
      憶えては いないけれど
      私の運命は いつも
      誰かに 揺すられていた
       夢の彼方の 王子様
       現世(うつしよ)の恋人(あなた)
       いつかは終わる この恋は
       心を 怯えさせる
      あなたと一緒に死にたい
      永遠が愛を守るよう
      あなたと一緒に死なせて
      この手に 鋭小刀(ナイフ)を 握りしめて
       紅(あか)く染めて風の中で二人
       煌(きら)めく 風精(シルフ)になるの
    2.自分を持てなくて
      他人(ひと)を気に しすぎてた  臆病な心は いつも
      誰かに 流されていた
       それでも 待ってるばかりで
       逃(の)していた 恋
       今度こそ 別離(はな)れはしない
       幸せなまま いたい
      あなたと一緒に死にたい
      永遠は愛を包みこむ
      あなたと一緒に死なせて
      その手を 私の 首にかけて
       蒼(あお)く深い海の中で二人
       揺らめく 人魚になるの
    3.宇宙(そら)に耳かたむけ  沈黙の 声を聴いた
      見えない未来(ゆめ)みつめ いつも  誰かに 私まかせた
       あなたの優しさ信じて
       ついて来たけれど
       恋が 愛に 変わる時に
       合心(ひとつ)になれるかしら
      あなたと一緒に死にたい
      永遠の愛が欲しいから
      あなたと一緒に死なせて
      この手を あなたの 首にかけて
       星降る夜空の中で二人
       輝く 星座になるの
      あなたと一緒に死にたい………
      あなたと一緒に死なせて………
      あなたと一緒に死にたい………
      あなたと一緒に死なせて………

     
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  • S c e n e7・未 完(これから)

     ピンボーン♪ と門の呼鈴(チャイム)を鳴らす。
     すると、小時(しばらく)してから、なんの返事も無しに玄関の押戸(ドア)が開いて、命くんが顔を出した。
     私は、ニコッと微笑んで小さく手を振った。
     二人とも今日から、二週間ぶりの学校。
     勿論、一緒に行こうって誘ったのは私。
     命くんが門を出ると途端(すぐ)に、私は命くんの手を取って、トットコ歩き出した。
     あの日───、病院で目を醒ました私の目に最初に写ったのは、白い天井と、涙を流す私のお母さんとお父さんの顔だった。
     ───命くんは!?
     と訊こうとしたけど、喉を切っていたせいで、声が出せなかった。
     でも側で、それを察してくれた夏子さんに、命くんが息を吹き返したことを知らされて、私も涙を流した。
     私の喉と左手首には、もう塞がったけれども、命くんの後を追った時の傷が明確(はっきり)と残っている。
     この傷は消えることは無い。
     ううん、消すつもりも無い。
     だって傷(これ)は、命くんを好きになった証印(しるし)。
     命くんのためなら、死ぬことだってできるんだっていう誓印(しるし)。
     情けない事だけど、この傷が無ければ、命くんのことをずっと好きでいつづけられるか自信が無い。
     でも、この傷が在(あ)る限り、私は………。 荒川の土手の所まで来ると、土手の上を生徒たちがゾロゾロと歩いていた。
     私と命くんも土手を登って、登校する生徒たちの中に混じった。
     でも、命くんの歩速に合わせていると、どんどん後ろの方になってしまう。
     不意に、背中をドンと叩かれた。
    「フッちゃん、早くせい。先に行っちゃうよ」
     叩いた主(ぬし)は、森川都茂世。私たちを抜いて、先に行こうとする。
    「トマトの薄情者ォ!」と抗議をすると、今度は佐藤佐智子が、
    「早く行かないと遅刻しちゃうもの」と抜いて行った。
    「サッチまで、それはないでしょう!?」
     ───しょうがない、ちょっとばかし急ぐか。
     と思ったけど、やっぱりやめて、先を行くトマトとサッチに叫んだ。
    「こっちは病み上がりなんだからねェ!」
    「ねえ?」と命くんに同意を求めたけど、黙って小さく笑うだけだった。
     すると突然、堅強(ガッシリ)とした手で右腕を掴まれた。
     振り向くと相手は、織田信雄だった。
    「まあ、緩(ゆっ)くり来いや。どうせ教室に入ったら、騒がしくなって授業にならんだろうからな」
     そう言って大将は手を振り、トマトとサッチを追って行った。
     その背中に向かって命くんが、
    「ありがとう」と言い、私も言った。
     そして命くんに、
    「じゃあ、楽裕(のんび)り行こうか」と笑いかけたけど、命くんは小さく笑って黙諾(うなず)くだけ。
     ───もう!
     私は、命くんの手を引くのをやめて、腕を絡ませた。
     ポッと顔を紅らめる命くん。
     照れちゃって、可愛い(^▽^) 命くんはまだ、私とお喋りをしてくれない。
     それどころか、私の名前も呼でくれない。
     でも、まだ馴れないからだよね。
     これから、これから。
     これからだもの。
     私はその間に、もっともっとも───と、命くんのことを好きになるんだ♪♪♪

     
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  • S c e n e6・復 活(いきてかえる)

    「………これが………、これが命くん…なんですか………? この光の球が、命くんなんですか!?」
     制服の胸元と左の袖口を自分の血で染めた私は、跼坐(しゃが)んで、排球(バレーボール)くらいの大きさの光の球を両手で抱えた。
     光の球は鋭い眩しさじゃない、優しくて柔らかい光を発(だ)している。
     そして光の球を胸に抱くと、確かに命くんを感じた。
     臆病な、けれども温かい命くんを。
     私は、さっき尋ねた、目の前の女の人を見上げた。
     ううん、人じゃない………。
     綺麗な顔をしているけれど、燃えるような赤毛が腰まであって、その腰から下は蛇のような躯躰(からだ)をしている。
     そして頭には、黒く捩じれた角が生えていて、蝙蝠のような翼で裸の上半身を覆っていた。
    「その少年に、もはや闘う命力(ちから)は無い」と彼女は薄紅色の唇から小さな牙を覗かせながら言う。「本当に、お前の躯躰(たましい)を使ってしまって良いのか? 今なら…、お前だけなら……、確実に生き返れるのだぞ」
     私は激しく首を横に振った。
     そして命くんを、ギュッと強く抱き締めた。
    「命くんの…、怒りを耐(こら)えて、憎しみを抱いた心が、あの赤褐色(あかい)龍を生んでしまったのなら………、それが命くんの躯躰(こころ)を苦しめているというのなら………、私も…私のせいも………」彼女の獣のような瞳を見つめて、「お願いします。命くんを助けることが‥‥‥、生き返らせることができるなら、私は……私は、このまま死んでも…構いません」肉体じゃないはずなのに、涙が溢れてくる。「お願いします!!!」
     彼女は、私を見据えて応(こた)えた。
    「……了承(わか)った。ならば願うがいい、少年の躯躰(たましい)を己(おの)が躯躰(たましい)の内に入れることを。祈るがいい、躯躰(たましい)と躯躰(たましい)の合心(ごういつ)を」
     私は、その言葉に従って、光の球を胸に抱きながら強く願った。
     命くん! 私の中に…、入って!!
     彼女は、蝙蝠のような翼を大きく広げると、両腕を紅(あか)く濁った空に向かって高く突き上げ、祝詞(いのり)のような言葉を唱えた。
    「『怒り』の世界は、此処(ここ)に在り。我こそは『怒り』の主(あるじ)、女王にして祭司、統括者なり。形なく、姿なく、心より生れたる『怒り』たちよ、我に耳傾け、聞き従え! この地に、『怒り』の神殿を建てよ!!」
     地面から炎が吹き出して、アッという間に周りを取り囲んで、炎の壁になった。
     紅く濁った空さえも焼き潰(つく)してしまいそうな程の勢いで燃えている。
     彼女は、さらに祝詞(いのり)の言葉を続けた。
    「我は『怒り』の神殿の門を開(ひら)き、我が血筋に連なる者の統括したる『愛』の世界と通ずることを得ざらしめん。形なく、姿なく⊥心より生まれたる『愛』たちよ、我に耳傾け、聞き従え!我が玉座の前に集いて、二つの躯躰(たましい)を一つとし、業(カルマ)を断つ力を与ええよ!!」
     私の躯鉢(からだ)が淡く光り始め、胸元や袖口なんかに着いていた血が消えていった。
     やがて光が増してきて、頭の先から爪先(つまさき)まで光に満ちた時、制服が霧のように散って、胸に抱いていた光の球が───命くんが私の中に入って来るのを感じた。
     ───温かい──────。
     そして、命くんが完全に私の躯躰(からだ)に入ると、満ちていた光が少しずつ消えて、制服も元に…ううん、血が着いていない…戻っていった。
     突然! 炎の壁の一部が縦に裂けた。
     咆哮の轟きが聞こえる。
     赤褐色(あかい)龍だ!!
     彼女が唸る。
    「私の結界を破るとは……、なんという『怒り(ちから)』だ!」私の方を見て、「優子! 躯躰の制御(つかいかた)は全て命に委(ゆだ)ねろ!! 命! 優子の想いを無駄にするな!! 今こそ勝て!!私がしてやれる事は、ここまでだ!!」
     その言葉に呼応して胸の奥が熱くなり、躯躰(からだ)の自由が私から離れた。
     ゴオッと一気に飛び上がって赤褐色(あかい)龍の頭上を越えると、両手を真下に突き出した。
     掌が熱くなって白よりも白い光が、初めて夢の中で見た時とは比較(くらべ)ようもないくらいに太い束になって赤褐色(あかい)龍を撃った。
     赤褐色(あかい)龍の上半身が消し飛んで、辺りの赤茶けた地面が深く抉(えぐ)れた。
     ───凄い!!!
     でも赤褐色(あかい)龍は、炎の龍巻に姿を変えていく。
     その間に私の躯躰(からだ)は、右手に刀を創り現(だ)した。
     刀の周りを稲妻が包み、雷鳴が轟く。
     刀を構えて、炎の龍巻へと突っ込んだ。
     中で刀を大きく振るうと、炎の龍巻は裂けて無数の炎(ひ)の粉になって飛び散った。
     だけど油断はできない。
     予感は当たった!
     飛び散った炎(ひ)の粉が幾つかに集まって、炎の弾丸(たま)となって後ろから襲って来た。
     何発かは躱(かわ)したけど、避けきれなくて左肩を撃ち抜かれ、千切り飛ばされてしまった。
     ───痛い!!
     地面に突っ伏して私の躯躰(からだ)が動けない間に、炎の弾丸(たま)が集まって炎の龍巻になり、赤褐色(あかい)龍に戻った。
     赤褐色龍の巨大(おおき)な手が迫る。
     ドン! と叩き弾かれて、私の躯躰(からだ)は炎の壁の外に飛ばれた。
     背中から地面に激突して、いよいよ動けなくなる。
     赤褐色(あかい)龍は、咆哮をあげて巨大(おおき)な翼を広げると、紅(あか)く濁った空に舞い上がった。
     炎の壁を越え、、私の躯躰(からだ)を目がけて墜ちて来る。
     ───逃げられない──────!!!
     すると私の躯躰(からだ)が一瞬パアッと光って、胸の辺りから光の球が飛び出した。
     ───命くん!?
     命くんはグングン昇って行って、赤褐色(あかい)龍に体当たりした。
     その衝撃で、赤褐色(あかい)龍の着地場所が、私の躯躰(からだ)から僅かに逸れた。
     地面が、ズズズン!! と大きく揺れる。
     そして赤褐色(あかい)龍は、すぐに起き上がると、命くんに向かって飛び上がった。
     口から炎を吐いて命くんを襲う。
    「命くん! 戻って! そのままじゃ殺(や)られちゃうわ!!」
     そう叫ぶと、赤褐色(あかい)龍の吐く炎を躱(かわ)しながら光の球が明滅して、私の心の中に命くんの想いが伝わって来た。
     それは───。
    「私に還(かえ)れって言うの!? 否よ! 今さら! 私、命くんを好きになったんだもの!! 命くんと一緒にいたいんだもの!!」
     私は、右手に持っている刀を杖の代わりにして、なんとか立ち上がろうとした。
     でも、うまく立てなくて前のめりに倒れてしまう。
    「還(かえ)ったって、命くんがいないなら、生き返っても私…、」上半身を起こして、光の球を見上げる。「なんのために『ここ』に来たと思っているのよ!!!」
     言った瞬間、命くんが赤褐色(あかい)龍の長い尻尾に叩き落とされてしまった。
     私は飛んで、命くんの所へ行こうとしたけど、フラフラして上手く飛べない。
     命くんの方は、すぐに飛び上がって赤褐色(あかい)龍に向かって行った。
     でも炎の息に曝(さら)されて、なかなか赤褐色(あかい)龍の懐に飛び込めないでいる。
     ───あっ、危ない!!
    「命くん! 私を一人にしないで!! 私、命くんとちゃんと話をしてみたいの! 交遊(デート)してみたいの! 交際(つきあ)ってみたいの! 接唇(キス)してみたいの! 初めて、初めて真剣(ほんき)で好きになったのに、このまま逢えなくなるなんて、絶対にイヤアアアアア!!!」
     苦戦している命くんを助けようと刀を振るったけど、刃先から放たれた雷光は狙った通りには当たらなかった。
    何度やっても赤褐色(あかい)龍に傷ひとつ負わせられない。
     ───無益(ダメ)だわ。
     やっぱり使い方が分かっている命くんじゃないと。
    「命くん! 私の中に入って!!私のこと好きなんでしょ!? 私のためなら、どんな事だってしてくれるんでしょ!? 命くんの懸想文(ラブレター)読んだんだからね!! だから…、だったら! 私の躯躰(からだ)を使って!! お願い! 命くん!! 一緒に戦ってええええええええええええ!!!」
     光の球が、一瞬カアッと強く光って、私の方に向かって来た。
     ───命くん!!
     そこへ、披女の呼び声が届いた。
    「二人とも、こちらへ来い!」炎の壁の内(なか)か
    ら呼ぶ。「この神殿の中でなければ、合心(ごういつ)はできん!!」
     その言葉に従って、命くんと一緒に炎の壁に飛んで向かったけど、私は上手く飛べなく
    て、追って来る赤褐色(あかい)龍の方が速かった。
     ───追いつかれる!!
     そう思ったら、前を飛んでいた命くんが反転して、赤褐色(あかい)龍に向かって行こうとした。
    「不許(ダメ)─────────!!!」
     私は泣き叫びながら右手の刀を捨てて、光の球を掴み止めた。
     そこへ、赤褐色(あかい)龍の吐く炎が襲いかかってくる。
     私は光の球を…、命くんをギュッと胸に抱きしめて躯躰(からだ)を丸めた。
     躯躰(からだ)が炎に包まれる。
     ───熱い!! でも………!!
     ───私が護(まも)ってあげるんだから!
     ───私が必ず助けてあげるんだから!!
     ───現在(これ)から、永遠(ずっと)!!!
     炎に包まれた中、突然フワッと私の躯躰(からだ)が
    光り始めて、炎を遮断(さえぎ)った。
     しかも私の腕の中で、しだいに光の球が大きくなってきて、命くんの姿に変わっていく。
     ───これは!?
     ───命くんはもう、命力(ちから)を消耗しちゃって、姿を維持てなかったはずじゃ………。
     そして、命くんの姿が完全に元に戻った時、私は命くんを抱いている右腕に力を込めた。
     頬を命くんの髪に擦り寄せると、二人とも光に包まれて、私よりも小柄な命くんの躯躰(からだ)が、私の躯躰(からだ)の中に沈み始めた。
     まさか、合心(ひとつ)に成れるの?
     私たちの命力(ちから)だけで………………。
     ───命くん‥‥‥、愛してる。
     ───愛してる。
     ───愛してるわ。
     ───愛してるわ。
     命くんの躯躰(からだ)が私の躯躰(からだ)の中に完全に沈み込むと、さっき捨てた刀がどこからともなく右手に戻って来て、千切れたはずの左腕が現出(あらわ)れ、両手で刀を握りしめた。
     赤褐色(あかい)龍に向かって、吐き出す炎の中を、刀を構えて猛烈な速度(スピード)で突き進んだ。
     熱くない。
     苦しくもない。・
     躯躰(からだ)から発(で)ている光が、炎を全く寄せつけない。
     刀の刃が稲妻を纏(まと)って、雷鳴を轟かせる。
     そのまま私の躯躰(からだ)は、赤褐色(あかい)龍の口の中に飛び込んで行った。
     ドゴオオオオオオオオオオオオオ!!!
     赤褐色(あかい)龍の背中から突き抜けて振り向くと、一度は四方八方に吹さ飛んだ炎の欠片(かけら)が一つの所に集まって、また炎の龍巻に変(な)ろうとしていた。
     無益(ダメ)だ。
     何度やっても………。
     何か、何か決め手になる方法は………!?
     ───どうすれば!?
     そう思った瞬間(とたん)に、私の躯躰(からだ)は炎の龍巻の中に飛び込んで行った。
     しかも、両手で持っていた刀を消滅(けし)て。
     ゴオオオオ!!と渦巻く炎に呑み込まれる。
     ───命くん、何をするの!?
     返事(こたえ)は直接(すぐ)に返ってきた。
     ───そっか……。そうだね…。そうかもしれない。
     ───分かったわ。やっみよう!!
     今なら、今ならできるはずだから。
     私は、命くんを愛している。
     愛し始めているって言った方が正確かもしれないけど。
     そして命くんも、私のことを想ってくれていた。
    ううん、想い続けてくれていた。
     だから………、だから──────。
     炎の渦に巻き上げられながら、私の躯躰(からだ)は光を増していった。
     そして光の内(なか)に炎を吸い込んでいく。
     命くんの『怒り』が生んだ、赤褐色(あかい)龍を。
     見える、見えるわ。
     心の中に、まるで実景(パノラマ)のように、命くんの『怒り』が、『憎悪』が───。
     自分の身体(からだ)の脆さへの怒り、虐(いじ)めた級友(ひと)たちへの怒り、私のことを好きなのと同時に抱いていた憎悪(にくしみ)が──────!!!
     そんな『怒り』の炎を吸い込んでゆく私の躯躰(からだ)は、決して苦しくない。
     私は、全開(めいいっぱ)い心を開いて、この『怒り』を抱きしめることにしたから。
     逃れようと猛り狂った炎は、でも大きく波打(うね)りながら渦を巻いて躯躰(からだ)の中に入っていった。
     炎の龍巻は、しだいに炎が失われ、小さく小さく小さく小さく成ってゆき、更に、どんどんどんどんどんどん小さく成るとやがて掌の上に乗るくらいの大きさになった。
     そして小炎(それ)を握ると、ついに炎は消滅(きえ)た。
     やっ…た、やったね……。
     終わった………………。
     終わった………。
     終わった…。
    「凄いものだな」
     いつの間にか、彼女が後ろに立っていた。
     振り返ると、彼女が『怒り』の神殿と呼んでいた炎の壁は、まだ激しく燃え続けていた。
    「自己(みずから)の意志で合心(ごういつ)するとは‥‥‥」私の躯躰(からだ)を蝙蝠のような翼で覆う。「ついて来い。現世に還(かえ)してやろう」
     私の躯躰(からだ)は、彼女の翼に守られるようにして、燃え盛る炎の壁の中に入って行った。
    「…私は、この『怒り』の世界の統括者として、心の暴走を抑止する役目を担(お)うてはいるが、実際(ほんとう)に私にできることなど…、何も無い………。だから人間たちよ‥‥‥、怒りも、憎悪(にくしみ)も、心を滅ぼす想(もの)を、」炎の壁を通り抜けた。「『愛』の世界に移す術(すべ)を‥‥‥忘れるな………………」翼を開いて私の躯躰(からだ)から離れる。「自己(みずから)の意志で、合心(ごういつ)できたお前たちなら………………………」
     私の躯躰(からだ)は彼女を振り向いて、黙って諾(うなず)いた────────────。

     
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  • S c e n e5・終 焉(おわりのとき)

     その日の昼休み─────。
     私は屋上に上がり、さらに梯子を使って昇降口の上に登った。
     風が強い上に、防護柵(フェンス)も何も無いから、かなり怖い。
     まあ、そんなに端まで行かなきゃいいんだし、屋上の防護柵(フェンス)との問に1メートルくらの隙間があるから校庭の花壇に真っ逆様という事も無いでしょ………。
     こんな場所(ところ)に来たのは、当然(もちろん)私の意志じゃない。
     大将に誘われたから。
     お昼休みに生徒も先生も居ない場所(ところ)なんて、そうは在りはしない。
     でも、この季節に屋上に来る人なんて、まず存無(いな)い。
     それも、昇降口の上だなんて。
     だから此処(ここ)を選んだんだろうけど……。
     ───う…、鼻水が出そう。「ねえ…、いったいなんの…」用なの、と先に登った大将に訊こうとしたら、大将は足を投げ出すようにドッカと座って言った。
    「ホッペタ、大丈夫か?」
    「う、うん」と青黒い痣になった左頬を手で押さえてみせた。
    「大変だったな、止めようとして叩(はた)かれるなんて」
     正面から拳で殴られた事は言わなかった。
     首を絞められたことも。
    「平気よ」と大将の隣りに体育座りをする。
     体を丸めていないと寒いから。
    「しかし…、古谷が命を護(かば)うなんて、思わなかったよ…。あんなに嫌ってたのに……」
    「今だって同じよ‥…」
    「…古谷………?」
    「チビで、暗くて、脆弱(ひよわ)でさ…。なんの魅力も無くて……。私の理想(このみ)じゃないわ。あんな男(やつ)、大っ嫌いよ!」 でも大将は、この前のように怒ったりはしなかった。
     困ったような表情(かお)をして、ただ黙っているだけだ。
     私は膝の問に顔を埋(うず)めて、摩(かす)れそうな声で訊いた。
    「ねえ、教えて欲しいの………。天野くんのことを‥‥‥、小学校の時代(ころ)のことを‥‥‥」
     私は顔を起こして、大将を鎚(すが)るような目で見上げた。
    「……教えて‥‥‥…」
     大将も私を見返した。
     遠くを見つめるような目で。
    「あいつは…、いつも震慄(おびえ)ていたんだ。死ぬかもしれない‥‥‥、いつも。だから…、だから逆に明るかった。勿論、嘘態(フリ)だったが……。それでも、誰よりも優しかった。俺は…、あいつを凄いと思った。だから………、友達になった。そしてあいつは、歪邪(まが)った事が許せなかった。それで喧嘩を度々した。だが、あの身体(からだ)だ。発作を起こすこともあって………。そのせいで、身体(からだ)が脆(よわ)いくせに生意気だと、虐(いじ)められるようになったんだ」
    「サッチを助けたって………?」
    「ああ…、それからだよ、あいつが自己閉鎖(とじこも)るようになったのは」
    「どうして?」
    「今日の安田みたいにしちまったのさ」
    「え?」
    「いや、あん時は相手に机を当てちまった。佐藤を戯(からか)って泣かせた奴等を、叩き倒滅(のめ)しちまったんだ」
    「天野くんが、あんなに力があるなんて………」
    「普通の力じゃあない…‥‥‥」少し言葉を選ぶようにして、「…超常能力…というのを信じるか?」
    「スプーン曲げとか?」
    「その超常能力を持ってるんだ、命は。古谷(おまえ)を助けた能力、安田に机を投げつけた能力(ちから)………」
     私は、どんな表情(かお)をしたらいいのか困惑(とまど)い、声が裏返りそうなのを押さえて言う。
    「でも、手で……」
    「例えば…、スプーンを曲げるのに十の力が必要(いる)として、超常能力を六だけ使い、残りの四を手で曲げたとすれば‥‥‥…」
    「だから、片手であんなに軽々と‥‥‥」
    「自分が爆発した時、制御(コントロール)できなくなってしまうことを恐れて、耐える方を選んじまったんだ」私の瞳の奥までを見つめるような目で、「……信じるか………?」
     返事(こたえ)は決まっている。
     私は黙って諾(うなず)いた。
    「命のこと、好きになれるか………?」
    「もう好きになり始めているわ。ただ……」
    「ただ……?」「好きでいつづけられるか………、自信が…無い……。目が…、天野くんの目が醒めて、いつもの天野くんを…、今のままの天野くんを……好きでいつづけられるか…、それが分からない………」声が涙声になってくる。「こんな…、こんなこと思う私に、天野くんに好かれる資格…ある…? 私に、天野くんを好きになる資格…ある……………?」
    「それは…、」と大将が言葉を迷わせると、トマトの声が届いた。
    「ふ-ん、フッちゃんも成長したんだ」
     声のした方を振り向くと、トマトが梯子を登りきって昇降口の上に立っていた。
     トマトの後ろからは、サッチも梯子を登って来る。
     トマトは、サッチが登りきるのを待たないで私に近づいて来ると、ボソッと囁(つぶや)いた。
    「莫迦(ばか)よ、フッちゃんは………」
     ───え? と私は困惑(とまど)う。
     すると、今度は大声で怒鳴った。
    「莫迦よ!! フッちゃんは!!!」
     そこヘサッチが駆け寄って来て、トマトの肩を押さえつける。
    「トマト、何を………」とサッチが訊いたけど、トマトは日常(いつも)の頬の赤味を顔中に広げて、矢継ぎ早に、私に言葉を浴びせかけた。
    「フッちゃんて、いっつも我儘(わがまま)で、男の子たちに色々と請求(ねだ)ったりなんかしてさ、あたいの僻(ひが)みもあっけど、いっぱいいっぱい我耐(がまん)してたんだぞ! フッちゃんの美人を鼻に掛けた高飛車(タカビー)なところ、大っっっ嫌いだったんだから!!!」と息を切らせる。
     迫力負けしてしまって、何も言い返せない。
     ううん、言い返す気にならないんだ。
     大将が立ち上がって、トマトの興奮を宥(なだ)めようとする。
    「コラコラ、どうした。頭の回路が乱電(ショート)しちまったのか?」
     トマトはぺタンと座り込んで、静かに…だけど強い口調で言った。
    「………でもさ、フッちゃんて話しをすると楽しいし…、自分に素直で…正直でさ、優しい所もいっぱいあるって分かってたから………、好き……」
     ───えっと……。
    「だからさ…、莫迦(バカ)なことに悩んじゃ……、悩むことないよ。好きになったってんなら、それでイイじゃん。好きになる資格だの、好かれる資格だのってさ…」ニッと笑って、「気づいたのは褒めてあげる」
    「……ありがとう……」と私は素直な気持ちでお礼を言った。
    「だけど、」とトマトはサッチを振り向いて、「良いの? 簡単に断想(あきら)めおって」
     トマトの言い方(よう)に、サッチは苦笑する。
    「いいの…、いいの。だってアタシは……、フッちゃんが…。アタシは…、天野くんを護(かば)って、助けてあげられなかった‥‥‥。アタシ、アタシの方こそ、天野くんに好かれる資格なんか……、好きになる資格も……無い………」
     サッチは足を…、ううん、爪先から頭の先までフルフルと振るわせて涙を滲(にじ)ませた。
    「そんなの…関係無いって、トマトも言ったでしょ!」と私は勢い良く立ち上がった。
     でもサッチは、「許不(ダメ)…、許不(ダメ)、アタシは‥‥‥」私から顔を反向(そむ)けて、「許不(ダメ)………」
     そして、みんな黙り込んでしまった。
     冷たい風の音が、耳を掠(かす)めて鳴りつづける ビュウビュウと。ビュウビュウと。
    「後で…」不意にサッチが振り向き、「お見舞いに行くの?」と涙を拭(ぬぐ)いながら訊いた。「え? うん」と短く答える。
     サッチはニッコリと微笑んで、
    「アタシの分も、お願いね」と言った。
     でも私は、「嫌よ。私は、私の分しかお見舞いできないもん」と答えた。
     四人(みんな)は、小さく笑い合った。
     ──────────────────────────。
     放課後───。
     私はまっすぐ病院に向かうと、三階に上がった。
     だけど──────。
     なんか…、様子が異訝(おか)しい。
     数人のお医者さんや看護婦さんたちが、忙しそうにバタバタと天野くんの病室(へや)を出たり入ったりしている。
     緩(ゆっ)くりと近づいてみた。
    「優子ちゃん!?」
     突然(いきな)り後ろから声をかけられて、ビクッとしながら振り向くと、夏子さんだった。
    「あの…、天野くんは!?」「それが、今朝(けさ)病院を抜け出しちゃって…」
     ───抜け出した!?
    「それで!?」
    「その……」と夏子さんは言葉を濁らせた。
     そこへ、天野くんの病室(へや)の向かい側にある空いた病室(へや)から、三~四十歳くらいの女の人が出て来た。
     かなり疲れた顔をしている。
    「あなた…、もしかして古谷さん‥‥‥?」と話し掛けられた。
     この女の人…、天野くんのお母さん……!?
    「そうです。古谷優子です! 同じ学級(クラス)で…、天野く…命くんに川で助けてもらった………」
     思わず膝を折って床に手を付いた。
    「請恕(ごめん)なさい!! 私のせいで…、こんな………」後は言葉にならなくて、額を床に擦り付けた。
     命くんのお母さんの手が、そっと私の左肩に触れる。
    「いいんですよ。あなたも子どもを助けようとしたのでしょ? その子とあなたが助かっただけでも…。もともと小学校にも上がれないだろうと覚悟していました。そのあの子も最後に人助けができて………」「そんな! 最後だなんて…」と顔を上げた。
    「……もう、不能(ダメ)なんです…。さっきも一度、心臓が止まって………」と目頭を押さえる。
    「そんな………」
     お母さんの流す涙に誘われて、私も涙が込み上げてきた。
     その時、命くんの病室(へや)の中の喧騒が、さっきよりも騒がしくなった。
     夏子さんも慌てて病室(へや)に入る。
     空いた病室(へや)からは、命くんのお母さんよりも少し老けた感じの男の人が飛び出して来た。
     命くんのお父さんに違いない。
     命くんがいる病室(へや)の中では、いったい何が起こっているのか‥‥‥。
    「脈拍、心拍ともに不整!」
    「呼吸も微弱になってきています!!」
    「電気衝撃機(カウンターショック)の用意! 強心剤!!」
     そんな会話(やりとり)が、病室(へや)の外にも激しく聞こえてくる。
     私も、命くんのお母さんとお父さんも、病室(へや)の前で固唾を飲んだ。
     息をするのも忘れる程の緊張に包まれる。
     一分過(た)ち、二分過(た)ち、三分…四分………。
     後は分からない。
     そして……、病室(へや)の中が急に静まり返った。
     半開きの病室(へや)の引戸(ドア)が、そっと開(ひら)いて、夏子さんが小さな声で知らせた。
    「……入って下さい‥‥…」
     その言葉に導かれるようにして、命くんのお母さんとお父さんは、黙って病室(へや)に入って行った。
     私は…、入って行けなかった。
     床に付いた膝に力が入らなくて、立ち上がることさえできない。
     お医者さんの重苦しい声が、病室(へや)から洩れてきた。
    「この心臓は機能していません。延命措置を望むのでしたら、それも可能ですが、一生植物人間のままでしょう。……十六時四六分。この時点をもって、臨終にします。判って下さい」
     そして、命くんのお父さんの、「……はい………」という、絞り出すような低い声だけが聞こえた。
     ───死んだ…?
     ───命くんが…死んだ………?
     ───死んじゃったの………!?
     ───まだ…、「ありがとう」とも、「好き」だとも言ってないのに…、伝えてないのに!!
     ───命くん!!!
     ───そうだ、あの夢──────!!
     夢の中で命くんは赤褐色(あかい)龍に食べられて、今日はその赤褐色龍が命くんの身体(からだ)から出てきた。
     そして、私を助けてくれた光の球……。
     もしかすると、あの夢は夢じゃないのかもしれない。
     命くんの魂は、そこに居るのかもしれない。
     それなら、それなら私、それなら私も………。
     私は悠然(ゆっくり)と立ち上がって向かい側の空いた病室(へや)に入ると、引戸(ドア)を閉めた。
     鞄を開けて、乱暴に中身を強撒(ぶちま)ける。
     欲しい物は、彫刻刀───。
     今日の美術で使うはずだった彫刻刀。
     可塑性製箱(プラスチックケース)を開けて、小刀を取り出す。
     そして婦下服(スカート)の衣袋(ポケット)からは、命くんの懸想文(ラブレター)の入っている水色の封筒を出して、左手に握り締めた。 右手に持った小刀の刃先を左手首に当てる。
     冷鋭(ヒンヤリ)と冷たい。
     ───怖い───。
     ───怖いけど‥‥‥…。
     陽が沈んで暗紫色(うすぐら)い空の見える窓に閃(ちら)っと目をやると、蛍光灯の光が反射している中に、赤褐色(あかい)龍に襲われている命くんの姿が見えたような気がした。
     ───命くん────────────!!!
     小刀を持った手に力が入って、手首を切りつけた。
     ───痛い!!! グシャと封筒を握り潰してしまう。
     それでも私は、悲鳴を押し殺しながら何度も何度も、何度も切りつけた。
     血が垂落垂落(ダラダラ)とたくさん流れて、白い床に赤い血溜まりが広がっていく。
     だけど‥‥‥‥。
     これじゃ無理(ダメ)だ………。
     こんなんじゃ……。
     もっと、もっと一気に……………!
     突然、引戸(ドア)が開かれて、目頭を手布(ハンカチ)で押さえながら命くんのお母さんが入って来た。
     そして、私に気がついた。
    「あなた………………!?」と駆け寄って来る。
     咄嗟(とっさ)に窓際に逃げて、持っていた小刀で、私は私の喉を切り裂いた──────。

     
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  • S c e n4・困 惑(とまどいながら)

     明日(あした)から学絞か………。
     昼間のうちに退院して家に帰った私は、夕食の後すぐに寝間着(パジャマ)に着替えて寝床に入った。
     本当は生活練習(リハビリ)のために、数日(しばらく)は自宅療養っていうのをしなくちゃいけないんだけど、家の中に籠(こも)ってはいたくない。
     勿論、サッチやトマト、それに大将と顔を合わせるのは、ちょっと抵抗ある。
     でもサッチとは早く会って、ちゃんと話をしないといけないと思うし、大将には天野くんのことを、もっと良く教えてもらいたい。
     それに………………。
     それに………?
     フウッと溜め息が漏れる。
     私って、こんなに色々と思い悩む性格だったっけ?
     自分でいうのも変だけど、私はもっと、なんて言うか、楽天家だと思ったんだけど。
     ───なんか、私が変わっていくみたい……。
     あっ、また考え込んじゃう。
     ───えーい、もう寝ちゃえ!!
     枕もとの点灯器(スイッチ)で部屋を真暗(まっくら)にして、寝床(ベッド)に潜った。
     また、あの夢を見るのかな?
     嫌(や)だけど………。
     怖いけど………。
     あの赤褐色(あかい)龍は、絶対に倒さなきゃいけない気がする。
     倒さなきゃ………。
     だから私は、静かに瞼を閉じると、自分からあの夢の中に入ることを望んだ───。
     ドゴオオオオオオオオオオオ!!!!!!
     全躯(ぜんしん)が轟音の振動に包まれて、私の意識の目が開(ひら)いた。
     濁った紅(くれな)い色の空の下に、あの赤褐色(あかい)龍が目の前に立ちはだかっていた。
     私の躯躰(からだ)は、この前使った刀を出そうとする。
     でもね刀が完全に現出(あらわ)れる前に、赤褐色(あかい)龍の胸の辺りが眼伏(まぶ)しく光って、無数の火炎(ほのお)の鱗が銃弾のように飛んできた。
     避(よ)けなきゃと私が思っても、躯躰(からだ)が動かない。
     ───当たる!! と恐れた時、一瞬(タッチ)の差で刀が完全に現出(あらわ)れ、刀に纏った光で全ての鱗を打ち払った。
     赤褐色(あかい)龍の胸の辺りが、また光り始める。
     躯躰(からだ)は静かに刀を構えなおした。
     力を溜める。
     火炎(ほのお)の鱗が飛び出すのと同時に、大きく刀を振るった。
     今度は雷光(イナズマ)が、ドゴーン! という轟音を引き連れて、火炎(ほのお)の鱗を吹き飛ばしながら、赤褐色(あかい)龍に向かって行く。
     命中──────!
     赤褐色(あかい)龍は雷光(イナズマ)に引き裂かれると、この前と同じように炎の龍巻に姿を変えた。
     その強烈な熱風(かぜ)に躯躰(からだ)が吹き飛ばされる。
     躯躰(からだ)が起き上がった時には、もう炎の龍巻から赤褐色(あかい)龍に戻っていた。
     さっきよりは一回り小さくなっている。
     躯躰(からだ)は、刀を構えて腰を低くした。
     もう一度、斬りかかるつもりだ。
     赤褐色(あかい)龍も首を前に突き出して、巨大(おおき)な足で赤濁色(あかい)地面を鳴らしながら突進して来た。
     私の躯躰(からだ)は地面を蹴って宙に舞った。
     そして、刀を振り下ろす。
     ドゴーン! 
     ドドドドドドド!!
     ドガァーン!!!
     赤褐色(あかい)龍の躯躰(からだ)が幾つにも避けて、地面に散乱した。
     そして………、動かない、動かない。
     動かない………………。
     ───やった? やったの? 今度こそ………。
     躯躰(からだ)が恐(ゆっく)りと近づいてみる。
     突然、ゴオン! という轟音(おと)を立てて、散乱していた赤褐色(あかい)龍の躯躰(からだ)が、炎を吹き上げて連なりだした。
     ───囲まれた!?
     連なった炎は、私の躯躰(からだ)を囲んだまま炎の龍巻に変化した。
     躯躰(からだ)が、炎の龍巻に巻き上げられる。
     ───熱い──────!!!
     あまりの熱さに、今にも目を醒ましちゃいそう。
     そして、空高く巻き上げられた所で、炎の龍巻は赤褐色(あかい)龍に姿を戻して、落下する私の躯躰(からだ)を、長く突き出した口で喰らいついてきた。
     鋭く巨大(おおき)な牙に、躯躰(からだ)を噛み砕かれそうだ。
     ───ああああああああああああああああ!!!
     ───痛い!!! 痛い!!! 熱い!!!
     右手に持っていた刀が次第に透き通ってきて、ついには消えてしまった。
     牙は、どんどん躯躰(からだ)に喰い込んでくる。
     両手で必死に牙に抵抗しても、まったく敵(かな)わない。
     ───痛い!!! 熱い!!! 苦しい!!!
     ───もう、不耐(ダメ)、目が醒めちゃう!!!
     そう思うと、私の躯躰(からだ)は、いよいよ牙を押さえきれなくなって、牙が一気に喰い込んできてしまった。
     その瞬間(とき)、私は躯躰(からだ)から離れた。
     そして見た───!!!
     私が離れた躯躰(からだ)は、───天野くん───!?
     あの日の、私が溺れた日の、制服の白い背広中着(ワイシャツ)姿の天野くんが………。
     必死に手を伸ばしたけど、届かない。
     スウッと、目の前が見えなくなってくる。
     ───天野くん!!!
     目の前が真暗(まっくら)になっていく数秒(しゅんかん)、天野くんの躯躰(からだ)が赤褐色(あかい)龍の牙に噛み砕かれ、無残に飛び散るのが見えた─────────。
    「いやああああああああああああああああ!!!」
     絶叫(ぜっと)して、私は寝床(ベッド)を跳ね起きた。
     ───天野くんが死んじゃう!
     ───天野くんが死んじゃう!!
     ───天野くんが死んじゃう!!!
     夢のはずなのに、夢のはずなのに、そんな気がする。
     ───天野くんが死んじゃう!!!
     ───天野くんが………………!!
    「優子っ、どうしたの!?」
     押戸(ドア)の向こうからお母さんの声がして、ハッと我に返った。
    「大丈夫、なんでもない。ちょっと…、怖い夢を見ただけだから………」
    「そう…。学校に行くなら、早く仕度しなさい。お父さんも、もう出たわよ」
    「はーい」
     私の返事を聞いて、お母さんは一階(した)に降りて行った。
     私は、若草色(ライトグリーン)の窓掛(カーテン)を開けて部屋の中に朝日を取り組むと、すぐに風呂(バス)で熱い湯浴器(シャワー)を浴びた。
     ───あー、憂鬱。
     さっき見た不吉な夢。
     そして、サッチのこと。
     この二~三日乱雑混線(グシャグシャ)になっている頭の中が、いよいよ乱電(ショート)を起こして煙を噴いてしまいそう。
     当然それは、外面にも現れちゃって。
     一応、湯浴器(シャワー)を浴びてから、お肌の手入れを念入りにやって髪も梳かしたけど、ああ…私の美貌が………。
     どうにか気を取り直して学校へ行って教室に入ると、安田くんをはじめとした男子たちが私を迎えた。
     私はサッチとトマト、それと大将の姿を求めて教室を見渡してみたけど、見当たらなかった。
     サッチとトマトの机に鞄は掛かっているのに………。
     とりあえず男子達(とりまき)に囲まれたまま、自分の席に着いた。
     そして、他愛ない無駄話(おしゃべり)をする。
     だけど………。
     日常(いつも)なら、今までなら男子たちと無駄話(おしゃべり)をしていると楽しかったはずなのに、今日は違う。
     今は違う。
     疎厭(うっとお)しい。
     ───どっか行ってよ!
     ───私は…、私は………。
     私は、左隣りの天野くんの席を見つめた。
     鞄は掛かっていない。
     机の中も空虚(カラッポ)。
     日常(いつも)のことなのに………、寂寞(さびし)く思える。
     天野くんの席は、此処(ここ)に在るのに。
     此処(ここ)に在るんだよ。
     今までは、級友(みんな)に虐(いじ)められて居場所が無かっただろうけど………。
     あっ、大将が居たね。
     …私も、私もいるから………。
     此処(ここ)が…、私の隣りが………、天野くんの場所だよ……。
     きっと、きっと助かるよね。
     また、学絞に来れるようになるよね。
     ───天野くん………。
     不意に、周りが騒(ざわ)ついた。
     ───何? と思ったら、目の前に天野くんが現れた。
     ───えっ? えっ? えっ? どうして………。
     天野くんは、私のことを閃(ちら)っとだけ見て、すぐに席に着いた。
     声を掛けようと思っても、なんて言ったらいいのか逡巡(ためら)っちゃって……。
     逡巡(ためら)っている間に、私に纏(まと)わりついていた安田くんと、その付録のような笹木順一(ささきじゅんいち)の二人が、天野くんに謔(から)んでいった。
     実際のところ、天野くんを直接(ちょく)に虐(いじ)めているのは、この二人なんだ。
     二人が挑戯(ちょっかい)を出すから、級友(みんな)も乗っているんだ。
     安田くんは、いつも…いつも天野くんを虐(いじ)めていた。
     酷い時には、天野くんの髪の先を点火器(ライター)で焦がしたこともある。
     その時…私は、級友(みんな)と…一緒に笑って……見ていた………………。
     天野くんは怖々(オドオド)して、なんの抵抗もしなかったけど、泣いたりもしなかった。
     それを安田くんは‥‥‥…。
     私は‥‥‥‥‥‥。
     沸々(フツフツ)と胸を苛々(イライラ)させるモノが湧いてくる。
     これは……、『怒り』──────。
     誰に───?
     私が思い巡らせている間に、安田くんは天野くんの足を粘々(ネチネチ)と蹴ったりした。
     天野くんは、ただ黙って俯いて耐えている。
     ───助けなくちゃ……………。
     ───助けなくちゃ……………………。
     安田くんを怒鳴りつけようと思ったけど、声が出ない。
     ───天野くんを…、助けなくちゃ‥‥‥。
     息を深く吸い込んで、拳をギュッと握る。
     そして私は、椅子を倒す勢いで立ち上がった。
     椅子が後ろの机にぶつかって、ガツンという大きな音がした。
     私を取り巻いていた男子たちが、喫驚(ビックリ)して私を見る。
     安田くんも笹木も、音で振り向いた。
     私は吸い込んでいた息を、言葉と一緒に一気に吐き出す。
    「ちょっと! やめなさいよ!!」
     安田くんは勿論、取り巻いている男子たちばかりか、教室中の級友(みんな)が私を見て目を白黒させた。
    「…な、なんだよ」と、やっと言葉を見つけたみたいな安田くん。「こんな奴の肩を持つつもりかよ、優子?」
    「気安く『優子』なんて呼ばないで!!」
    「何カリカリしてんだよ。入院生活で抑緊(ストレス)溜まってんのか?」
    「そんなんじゃないわよ! 私は…」ちょっと逡巡(ためら)って、「天野くんを虐(いじ)めるのをやめなさいって言ってるの!!」
     すると安田くんは、
    「虐(いじ)めてるんじゃないよ。戯(からか)ってるんだよ」と私の言ったことに驚いた感じで答えた。
     だから私は速々(スタスタ)と近づいて、安田の頬を思いっきり叩敲(ひっぱた)いた。
     ───こんな男(ヤツ)を、ちょっとでも好意(イイ)と思っていたなんて──────!!
     頬を押さえた安田が、驚きと怒りの混じった表情(かお)で私を睨んだ。
    「痛(て)ーな! 何すんだよ!!」と手を伸ばしてくる。
     ウッ…。
     咄嗟(とっさ)に身構えると、私に届く前に、堅(ごつ)い手が横から安田の腕を掴んだ。
     その手は誰かと思って顔を向けると、登校して来たばかりらしい大将だった。
    「何すんだ、放せよ!」と叫んだ安田は、大将を睨み上げたものの、無言の威圧に押されて沈静(おとなし)くなった。
     笹木は安田を置いて、速々(サッサ)と逃げ出した。
     大将が悠然(ゆっくり)と周りを見渡すと、教室中が静閑(シーン)と静まり返った。
     さすが大将。
     そこへ予鈴の合図(チャイム)が鳴って、私に纏(まと)わりついていた男子の一人が、
    「あっ、一時問目…美術だったっけ? 急がないと…」とか言っちゃって自分の席に戻ると、他の級友(みんな)も狼狽(わらわら)と散って、美術道貝を鞄や鉄棚(ロッカー)から出して教室を出て行った。
     そして私が、大将に俯いたまま、
    「ありがとう」と言うと、突如(いきな)り天野くんが立ち上がって、廊下へ歩き出した。
    「あっ、待って!」と呼び止めたのに、そのまま天野くんは教室から出て行ってしまった。
     天野くんが大将にお礼も何も言わないで、無視して行っちゃうなんて………。
     私は大将の方を振り返って、
    「あ………あの…」と足りなかったお礼の言葉を継ごうとすると、大将はニッコリと微笑んだ。
    「お前が護(かば)ってくれたもんで、困惑(とまど)ってるだけさ。早く行きな」
    「え?」と私の方がチョット困惑(とまど)い、「うん。でも…、いつの間に天野くん………」
    「さあ…、それは……。まあ、貝合は悪くなさそうだから……」本鈴の合図(チャイム)が鳴った。
    「と、いけね。急ごうぜ」
    「うん………」
     大将に急(せ)かされて美術室に行くと、サッチとトマトがいた。
     どうやら、私が登校して来る前から美術室に来て作業をしていたようだ。
     私に気づいたトマトが、サッチに声を掛ける。
     そしてサッチも私を見たけど、ちょっと微笑(わら)って天野くんの方を指差した。
     ───行けって言っているの?
     サッチと話をしたいのに……………。
     私の思ったことが判ったのか、サッチは眼応(ウィンク)してみせた。
     だから私は、取り敢えず天野くんの方へ行った。
     出欠は取り終えちゃったのか、先生はいない。
     美術の授業は、いつも出欠だけ取ったら、それっきり先生は隣りの美術準備室に自分の作品を作りに行ってしまう。
     だから授業中は割りと自由なんだけど、出欠を取るのに間に合わないと欠席扱い。
     ───あ~あ………。
     私は、日常(いつも)のように空いている天野くんの隣りに座ることにした。
    「ねえ、道貝無いんでしょ? 私の使っていいよ」と声を掛けてみる。
     でも、天野くんは私の方を振り向いてもくれない。
     その天野くんが持っている木彫像(さくひん)を見て、私は思わず息を飲んだ。
     ───似ている!
     ───ううん、同じだ!!
     ───あの夢の中の赤褐色(あかい)龍に!!!
     ───なんで‥‥‥!?
     ───恐怖(こわ)い!!!!!!
     私は道具を天野くんの机の上に置いて、学級(クラス)別の作品棚(スペース)に自分の木彫像(さくひん)を取りに行った。
     私は、翼を広げた鳥を彫っているんだけど、これがなかなか………。
     まだ色も塗れない‥‥‥。
     棚にある木彫像(さくひん)を手に取ると、後ろの方でガタンッという音がした。
     振り向くと、また安田が天野くんに挑戯(ちょっかい)を出している。
     まったく、懲りないんだから。
     私は、乾々(カツカツ)と学生靴(くつ)の底を鳴らすようにして近づいた。
    「ちょっとォ、何回言えば判るのよ!?」
    「え-つ!? なに?」と耳に手を添えて、巫山戯(ふざけ)て訊き返してくる。
     ───ムカッ!
     安田は天野くんに故意(わざと)らしく倒れかかると、足を蹴り飛ばして、
    「あっ、悪(わ)りっ悪(わ)りっ、ゴメンな、故意(わざと)だけど」とお道化(どけ)てみせた。
     どう見たって、悪意に満ち満ちている。
     でも天野くんは、日常(いつも)のように怖々(オドオド)はしていなかった。
     今まで見せたことも無いような鋭い目つき。
     そう、まるで…あの赤褐色(あかい)龍のような目つきで、安田をギラッと睨み上げた。
     私は安田の肩を掴んで、
    「やめなさいよ。天野くんだって怒るわよ」と言った。
     ───そうよ、天野くん。やられっぱなしでいることないわ。
     ───私も助けてあげるから………。
    「大丈夫さ。怒ったりなんかしないよ。天野(こいつ)、何も言わないし、やり返す勇気だって無(ね)ェって」と安田は、私の言ったことを無視して、同じ箇所(ところ)をガツガツと何度も蹴る。
    「安田!!!」と私が手を振り上げた瞬間(とき)、足を蹴り飛ばして、
    「あっ、悪(わ)りっ悪(わ)りっ、ゴメンな、故意(わざと)だけど」とお道化(どけ)てみせた。
     どう見たって、悪意に満ち満ちている。
     でも天野くんは、日常(いつも)のように怖々(オドオド)はしていなかった。
     今まで見せたことも無いような鋭い目つき。
     そう、まるで…あの赤褐色(あかい)龍のような目つきで、安田をギラッと睨み上げた。
     私は安田の肩を掴んで、
    「やめなさいよ。天野くんだって怒るわよ」と言った。
     ───そうよ、天野くん。やられっぱなしでいることないわ。
     ───私も助けてあげるから………。
    「大丈夫さ。怒ったりなんかしないよ。天野(こいつ)、何も言わないし、やり返す勇気だって無(ね)ェって」と安田は、私の言ったことを無視して、同じ箇所(ところ)をガツガツと何度も蹴る。
    「安田!!!」と私が手を振り上げた瞬間(とき)、天野くんが立ち上がって、安田の左頬を殴りつけた。
     しかも、木の彫像で。
     彫像の長い首は折れ、安田の左頬からは血がツ───ッと流れた。
    「てめェ、何しやがんだ!!」
     怒った安田が、天野くんに掴みかかろうとする。
     でも、天野くんはフワッと躱(かわ)して、反対に安田を突き飛ばした。
     約3メートルも──────。
     そして、天野くんは美術用の重い机を片手で軽々(ヒョイ)と持ち上げた。
     上に乗っていた私の調色板(パレット)や彫刻刀の入った可逆塑性製箱(プラスチックケース)が床に落ちて散乱する。
     そんな…、天野くんが………、こんな…。
     私と同様に驚いた、ううん、驚きに加えて恐怖に駆られた安田は慌てて引戸(ドア)の方に逃げ出した。
     その背中に向けて、天野くんが机を投げつける。
     ───当たる!! と思ったら、安田に当たる寸前で机は床に落ちて、ドゴン! という音を立てた。
     机が安田に当たるのを止めたのは、大将だった。
     でも、さすがの大将も効いたらしくて、机を叩き落とした右腕を抱えで蹲(うずくま)ってしまった。
     教室中に女子の悲鳴が上がる。
     天野くんは、廊下に逃げ出した安田を追って行ってしまった。
     騒ぎに気がついた美術科の先生が教室に入って来た。
    「どうしたんだ!?」と級友(みんな)に訊く。
     私が大将に駆け寄ると大将は、
    「命を追ってくれ!」と叫んだ。
     私は後ろで呼んでいる先生を無視して、廊下に飛び出すと、足音のする階段を駆け降りた。
     一段、二段、三段と途中の段を跳び抜かしながら降りて行く。
     腰が軋(きし)んで痛い。
     それでも一階に降りると、───見つけた!
     安田と天野くんが、玄関から校庭に出て行く後ろ姿を。
     そして二人は校門を抜けると土手に向かって行った。
     土手の向こう側に姿が消える。
     私も後を追って行って土手の上に立つと、川の近くで二人が殴り合っていた。
     ───違う!
     安田が一方的に殴られているんだ!!
     ───こんなことって……!?
     安田が倒れても、天野くんは容赦なく蹴り続ける。
     安田の方は、もう抵抗することもできないのか、顔とお腹を腕で覆(おお)って蹲(うずくま)っている。
    「やめて、天野くん! 殺す気!?」
     駆け寄って、天野くんを後ろから押さえつけた。
     けれど天野くんは、安田を蹴るのをやめようとしない。
    「もう、充分(いい)でしょ!? 死んじゃうわ!!」
     すると天野くんは、悠(ゆっく)りと私の方に身体(からだ)を向け、突如(いきな)り私の顔をめがけて拳で殴りかかってきた。
     少(わず)かに鼻を逸れたものの、真正面から殴られた私は仰向けに倒れて、後頭部(あたま)を土面(じめん)に打ちつけてしまった。
    「何するの!?」
     驚きと、頭と頬がジンジン痛んで、涙がボロボロ出てくる。
     でも天野くんは黙ったままで、今度は胸の谷間を蹴りつけられた。
    「うっ、うげェ、げホッ、ゲッ、ウウぅ………」
     あまりの苦しさに、悲鳴が声にならない。
     ───天野くん、なっ、なんで‥‥‥?
     そう訊く間も無く、天野くんは私のお腹の上に馬乗りになって、首を両手で強く締めつけてきた。
     涙と苦しさに霞む目で見た天野くんの表情(かお)
    は、まるであの赤褐色(あかい)龍そのものにも見えた。
    「あ、アマ野…クン。どうシて‥‥‥」と、潰れそうな喉から声を絞り出す。
     そして、意不鮮明(ボンヤリ)してきた私は、
    「ゴめん…なさィ…、ごメん……、許…しテ……、ごめン‥‥‥‥」と何に対してか自分でも判らずに、謝り続けた。
     でも私の首を締める天野くんの手には、さらに力が込められた。
     ───天野くん……、許して………。
     息が…詰まる……。
     気が‥‥‥遠くなって‥‥‥‥‥‥。
     その時、空に黒い点が現出(あらわ)れた。
     その点が、みるみる大きくなっていく。
     良く見ると、中心に向かって渦を巻いているみたいだ。
     その黒い渦の奥から、排球(バレーボール)くらいの大きさの白く輝く光の球が飛び出して来た。
     猛烈な速度(スピード)で迫って来る。
     そして、光の球は、天野くんの背中に直撃した。
     天野くんは暴(もが)き苦しんで、私の首から手を放した。
     そして、私の胸に倒れ込む。
     すると背中の辺りから、あの赤褐色(あかい)龍が現出(あらわ)れた。
     グングン巨大(おおき)くなっていく。
     な、なんでこんな現世(ところ)に!!??
     耳が張り裂けそうな咆哮(こえ)をあげた赤褐色(あかい)龍は、黒い渦の中に戻って行こうとする光の球を追って、巨大(おおき)な翼を羽揺(はばた)かせた。
     あの光の球、天野くんを感じた気がする。
     ───どうして………。
     光の球が黒い渦に飛び込み、赤褐色(あかい)龍も黒い渦の中に姿を消した。
     そして黒い渦も、次第に小さくなっていって、霞んで消えた………………。
    「おーい、古谷ァ!!」
     土手の上の方から、大将の声がした。
     ザッ! と駆け降りて来る。
     私の頬の痣(あざ)を見て、
    「大丈夫か! どうしたんだ?」
    「あっ、うん……、赤褐色(あかい)龍が‥‥‥」
    「ああ? 何を言ってんだ?」
     ───え?
     見ていないの?
     あんなに巨大(おおき)かったのに………。
    「それより命は!?」
     言われて、私の胸の上に倒れている天野くんに触れてみたけど、ピクリとも動かない。
     慌てて大将が天野くんを抱き起こした。
    「クソッ、発作を起こしたか!!」
     違う、そうじゃない。
     でも今は、さっき見た光景さえも現実だったのか鮮明(はっき)りしない。
    「古谷、救急車を!!」
     心無(ボウ)っとしていた私は、
    「う、うん!」と短く返事をして土手を駆け登った。
     すると後ろから、安田の呻(うめ)き声が聞こえた。
     振り向くと、安田は上半身を無理に起こして呆然としていた。
     私だってそうだ。
     いったい、何が起こったっていうの‥‥‥?
     ────────────────────────。

     
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  • S c e n e3・変 遷(うつりかわる)

     空気が重い───。
     空気が熱い───。
     ここは、何処───?
     濁った紅い色の空が広がっていて、紅蓮の炎を噴き上げる山々が連なっている。
     現実の世界だとは思えない。
     夢……?
     夢にしたって、こんな光景は初めて見るし、恐(すご)く生々しく感じる。
     なんか、見ていると、こう…胸が吐気(ムカムカ)してくる光景。
     ───あっ、飛んだ!?
     人間が空を飛べるわけ無いのに、ましてや飛ぼうなんて思ったわけじゃないのに、私の躯躰(からだ)はグングン空に昇って行く。
     突然、ゴゴゴゴゴゴゴという大きな地鳴りがした。
     すでに、遥か下方(かなた)に遠離(とおの)いた赤茶けた地面が亀裂割れて、みるみる盛り上がる。
     ド ン !
     と地面が吹き飛ぶと、赤褐色鱗(あかいうろこ)に覆われた巨大(おおき)な龍が現れた。
     ───なんなの!?
     そりゃあ夢なんて不条理(いいかげん)なモンだけど、こんな支離滅裂(むちゃくちゃ)なのは……。
     赤褐色(あかい)龍が、巨大(おおき)な躯躰(からだ)のそのまた何倍もある翼をひと振りして、もの凄い勢いで迫って来た。 鋭い牙のならんだ口を大きく開いて!!
     ───襲われる!!
     でも私の躯躰(からだ)は逃げようとしないで、両手を下に向けて突き出した。
     私の意志じゃない。
     躯躰(からだ)が勝手に動く。
     すると、突き出した手の先が熱くなっていくのを感じて、白い光が一筋、掌からに赤褐色(あかい)龍に注(そそ)がれた。
     赤褐色(あかい)龍は白い光に貫かれると、真逆様(まっさかさま)に赤茶けた地面に墜ちて行った。
     ズズズン!
     と空気さえも揺さぶる音が轟いて、巨大(おおき)な躯躰(からだ)が地面に滅(め)り込んだようだ。
     と思ったら、パアッと炎の龍巻に姿を変えて襲って来た。
     今度は私の躯躰(からだ)も逃げようとしたけど、逃げ切れなかった。
     熱い───────!!!
    「キャアアアアアアアアアアアア………」
    「……アアアアアアアアア!!!」
     ガバッと寝台(ベッド)で跳ね起きた私は、息を切らせて汗まみれになっていた。
     今のは…何?
     なんでこんな夢……。
     ???????????????
     ブルッ───。
     あっ、御手洗(トイレ)に行きたくなっちゃった。
     桃色(ピンク)の運動上着(ジャンパー)を羽織って、薄暗い廊下を 室内履(スリッパ)でパタパタさせながら御手洗(トイレ)に行った。
     まだチヨット腰が痛い。
     ───シクシク。
     そして、用を済ませて病室(へや)に戻ろうとすると、ふと階段が気になった。
     一階上の305に天野がいる…はず……。
     そう思ったら、いつの間にか私は室内履(スリッパ)を手に持って、ソロリソロリと階段を登って行った。
     なんとなく緊張─────。
     壁に張りついて、ヒョイッと廊下に顔だけ出す。
     すると、薄暗い廊下に一ヶ所だけ電灯(あかり)が光晄(こうこう)としているのが見えた。
     廊下に人影が無いのを確かめて、近づいてみる。
     電灯(あかり)が光晄(こうこう)としているのは、総硝子(ガラス)張りの集中治療室らしかった。
     硝子(ガラス)張りの下、床上五~六十糎(センチ)くらいまでは普通の白い壁になっているから、そこに隠れて室内(なか)を覗いてみると、中年のお医者さんが一人と、二人の看護婦さんが、いろんな機械を前にして何かをしている。
     私は、這うようにして集中治療室の前を通り過ぎると、すぐ隣りが305なのに気がついた。
     名札(ネームプレート)を確かめる。
     間違いない。
     『天野 命』、そう書いてある。
     そして、「面会謝絶」とも。
     305の引戸(ドア)には、閉止具(ストッパー)が仕掛けてあって、拳ひとつ分の隙間が開いていた。
     そして、隣りの集中治療室から伸びている沢山の電線(コード)の束が、引戸(ドア)の隙間から真暗な病室(へや)の中に入っている。
     その隙間から室内(なか)を覗いてみると、映像出カ装置(ディスプレイ)に写し出された呼吸数や心拍数、血圧値なんかを示しているらしい赤や緑の電算(デジタル)数字が、パパッパパッと不気味に変化していた。
    「天野……」
     不思(ふい)に声を漏らした時、隣りの集中治療室の硝子(ガラス)張りの引戸が開く音がした。
     ハッと振り向くと、看護婦さんが瓶か何かを抱えて出て釆た。
     ───逃げなきゃと思うけど、まだ腰が安定(しっかり)していないから、とてもじゃないけど走れやしない。
    「古谷…さん…………………?」
     そう言って近づいて来た看護婦さんは、夏子さんだった。
     ───怒られる!と思ったのに、夏子さんは優しく訊いた。
    「どうしてこんな場所(ところ)に?」
    「あ…あの…私‥‥・‥‥」
     どう答えたらいいの?
     思わず305に目が閃(ちら)っと行く。
     すると、
    「いいわ。黙っててあげるから、早く部屋(へや)に戻りなさい」
     私は小声で、
    「すいません」とだけ言って、来た時とは反対側の階段の方に行き、夏子さんにペコリと頭を下げてから、階段を降りた。
     そして病室(へや)に戻ると、運動上着(ジャンバー)と手に持っていた室内履(スリッパ)を放り出して、寝台(ベッド)の中に潜り込んで俯せになった。
     布団の外に手を伸ばし、封筒を取ってギュッと胸に抱きしめる。
     なんだか悲しくで哀しくて、何故こんなに悲哀(かな)しいのか良く判らないけど……。
    「あした、明日…読むからね、天野…くん…」
     そして、いつの問にか…、眠った‥‥‥。
     墜ちる! 墜ちる!! 墜ちる!!!
     カッと目を見開くと、赤茶けた地面が目の前に迫っていた。
     スレスレで躯躰(からだ)を翻して着地したかと思うと、すぐに横に跳んだ。
     さっき着地した場所(ところ)に、ズンッ!!と赤褐色(あかい)龍の巨大(おおき)な手が滅(め)り込んで来た。 これ、さっき見た夢の続き!?
     でも、赤褐色(あかい)龍は考える時間なんか与えてくれない。
     すぐに手を地面から抜いて、鋭い爪を嵐のように振るう。
     その爪よりも速く躯躰(からだ)が避(よ)ける。 いったい、どうなっているの?
     躯躰(からだ)が勝手に……。
     ───あっ!
     赤褐色(あかい)龍の手がグンッと合脂(ゴム)のように伸びて来て、躯躰(からだ)を貫かれた。
     激しい痛みが─────────────走る!!!
     夢の中の痛みで、また私は跳び起きた。
     肩で息をして、汗がダラダラと流れてくる。
     私は、夢の中で貫かれた胸やお腹の辺りを擦(さす)ってみた。
     もちろん、なんともない。
    「な、なんなの? なんで…、こんな夢…。どうして………」
     窓の淡黄(クリーム)色の窓掛(カーテン)は、朝日の光で白く煌(きらめ)いていた。
     ふと気がつくと、右手の掌の中で封筒をグシャグシャに握りしめていた。
     いっけない、まだ読んでないのに!
     慌てて封筒を整える。
     整えて…整えたけど……、どうしても中の便箋を取り出すことはできなかった。 読まなくちゃと思うのに。
     昨日、読むって誓ったのに──────────────。
     ──────────────────────────。
     ───結局、一日中封筒を見つめるだけで便箋を出さずじまいだった。
     トマトとサッチも釆なくて、ただ時間を無駄にしてしまっただけって感じ。
     ───あ~あ、明日には退院か。
     いわば、二週間近くも食べて寝るだけだったわけよね。
     身体形(プロポーション)を美(もと)に戻すだけでも大変だわ。
     それでもちゃんと夕食を食べて、すぐに横になった。
     豚になる………(*o*)。
     気づかないうちに流れていく時間───。
     止めることのできない時間───。
     ううん、前に何かの映画で、「時間(とき)は過ぎゆくと、お前もそう思うか? 否(いな)、断じて否(いな)だ。時間(とき)はただそこに停滞(とどま)り、我々だけが移ろいゆくのだ」っていう台詞(セリフ)があった。
     だとしたら私………、 ───何をしているの?
     ───何をしたいの?
     ───何をしたらいいの?
     ───何をできるの?
     何もしないでいると、訳の判らないことばかり考えてしまう。
     封筒を手にしてみる。
     ───この中に示唆(ヒント)があるかも………。
     ───答えが…あるかも………。
     ───天野くん─────────。
     指先が、ごく自然に便箋を取り出そうとする。
     その同時(とき)、コンコンと引戸(ドア)が軽叩(ノック)された。
    「はい?」と返事をする傍ら、不意(とつぜん)の事に封筒を布団の中に隠してしまう。
     引戸(ドア)が開き、「古谷さん、消灯の時間よ」と入って来たのは、夏子さんだった。
     昨日の事もあるから、調子(バツ)が悪くて、私は横になったままで返事をした。
     そして、「あの…、昨日は請怒(ごめん)なさい」
    「そうね。駄目よ、あんな時間にあんな場所(ところ)をウロウロしてちゃ」
    「あの…、それで、天野くんは…‥‥‥?」
    「……本当は、むやみに他(ほか)の患者さんの事は教えちゃいけないんだけど……」と溜息をつき、「また寝台(ベッド)を抜け出して来られても困るから‥‥‥」
     そう言って、夏子さんは教えてくれた。
     あの日から、ずっと天野くんは昏睡したままで、危ない状態が続いているらしい。
     それを聞いて俯いた私に、夏子さんは力強く言う。
    「大丈夫よ。私たちが二十四時間交替でつきっきりなんだから、あなたの命の恩人を死なせはしないわ」
    「お願いします!」と応えた後で、ハッと疑問が湧いて、寝台(ベッド)から跳び起さた。
    「天野くんが私を助けたって、どうして誰も教えてくれなかったんですか?」
     夏子さんは声を秘(ひそ)めて、「あの子の親御さんに口止めされたのよ…」
    「どうして!?」
    「あなたに余計な、配をさせたくないと…」
    「余計だなんて‥‥‥、そんな!」
    「あなたは、誰から訊いたの?」
     今度は、私が声を秘(ひそ)める。
    「……友達に……………」
     そして、黙り込んでしまった私を見て、夏子さんが、こんなこと言ってくれた。
    「‥‥‥あなた、明日退院だったわよね? お 家(うち)に帰る前に、あの子に会っていかない?」
    「え?でも……」
    「私が勤務(はい)ってる時に、ちょっと病室(へや)を覗くくらいなら……。あの子にお礼を言わずには帰れないんでしょ?」 私は黙って諾(うなず)いた。「でも、このことは誰にも内緒よ」と唇の前に人差し指を立てる。
     そして夏子さんは病室(へや)の電灯(あかり)を消すと、次の病室(へや)へ向かった。
     明日───、天野くんに会いに行く。
     たぶん、何も訊くことはできないだろうけど、何かこう、胸が悸々(ドキドキ)する。
     心臓がトクントクンいっている。
     明日………。
     ………今夜もまた、寝たらあの夢の続きを見るのかな?
     あの、怖くて生々しい夢を。
     ───イヤ!
     ───見たくない!
     ───眠りたくない!
     そうは思っても、スウッと眠りに引き込まれそうになる。
     その度に、寝ちゃ不可(ダメ)って意識を戻す。
     ───あっ、また!
     私は、思い切ってガバッと起き上がった。
     ブンブンッと頭を乱暴に振って眠気を醒ます。
     そして、フウ───ッと長い溜患。
     何気なく伸ばした手が、枕元灯(ライト)を点けた。
     白い光が眩しくて、数秒(ちょっと)、目を閉じる。
     そして、静(ゆっく)りと目を開けると、花瓶の近くにポツンと置いてある封筒が見えた。
     ───甚(ひど)く気になる。
     ───今読みたい。
     ───すぐ読みたい。
     ───読まずにいられない。
     心の奥に沈めておいたモノが、衝動的に湧き上がってきて、いつの問にか、もう中の便箋を取り出して開(ひら)いていた。
     理由(わけ)の判らない緊張感が思考を鈍らせて、胸を息苦しくする。
     ───な、何よ。
     懸想文(ラブレター)なんか、飽きるくらいって言ったら大袈裟だけど、見慣れた物じゃない。
     なんでこんな………。
     悪口が出そうになって、考えるのをやめた。
     落ち着いて………、落ち着いて……………。
     まず、一行目から。
     ゆっくり。
     しっかり。
     一字一句を胸に刻み込むようにして読んでいく。
     正直言って、こんな風に懸想文(ラブレター)をちゃんと読んだのって、初めて貰った小三の時以来だ。
     読んでいる私と同じく、書いた天野くんもよほど緊張していたに違いない。
     黒の署名筆(サインペン)で書かれた文字が、可笑(おか)しいくらいに緊(きっち)りと書いてある。
     でも……、コレ本当に懸想文(ラブレター)なの?
     確かに、形式通りの告白の言葉は書かれているけど、全体に散りばめられた文章は、何かが違う。
     何処かが違う。
     もう一度、最初から読み返してみる。
     もう一度、最初から読み返してみる。
     もう一度、最初から読み返してみる。
     もう一度、最初から読み返してみる。
     何度も何度も、初めから終りまで読み返してみる。
     そして、今までに他の男の子たちから貰った懸想文(ラブレター)とも照らし合わせてみた。
     碌(ろく)に読んだこと無いけど。
     さらに───。
     ───自分なら…、自分ならどう?
     ───自分なら、どんな懸想文(ラブレター)を書く?
     ───好きな人にどんな……。
     ───真剣(ほんとう)に好きな人には…‥‥‥…。
     そうやって、頭の中で自分なりの懸想文(ラブレター)の文章を創(つく)ってみて、ハッ! と気がついた。
     ───そうだ!
     コレには、つきあって下さいみたいなことが、全然、全く書かれていないんだわ!!
     私のことは死ぬはど好きみたいなことを書いておいて、私のためなら如何(どんな)ことでもするみたいなことを書いておいて、何も私に求めていない。
     何も………。
     それどころか、『私』そのものを求めていないみたい………………………。
     ───どうして?
     ───好きだという想(こと)だけを告げて、それだけなの?
     ───そんなのってあり?
     ───私…、どうしたらいいの?
     ───何をして欲しいの?
     ───私は…、何も判らないのに。
     ───知りたかったのに。
     ───天野くん………、あなたは………………、いったい………なんのために………………………。
     全身を締めっけていた緊張の糸がプッツリと切れ、崩れるように寝台(ベッド)に横になった。
     泣きはしない。
     涙だって出てこない。
     でも、なんだか悲しくて哀しくて、耐えられなかった。
     便箋をっかんでいた手に力が入って、クシャッと折れ曲がる。
     ───起きていたくない。
     ───起きていたくない。
     ───眠りたい。
     ───眠ってしまいたい!
     そう思うと、いとも簡単に眠気が訪れて、夢の中へと引き込まれてしまった。
     ズキッ!!
     夢の中に入ってすぐ、強烈で激しい痛みが躯躰(からだ)を駆け巡って目を開いた。
     すると、目と鼻の先の距離で、赤褐色(あかい)龍の口がガヴァッと大きく開いた。
     躯躰(からだ)は、その口の牙から逃(のが)れるために後ろへ跳ぶ。
     そして、右手がカアアアアアアアッと熱くなってくると、日本刀のような物が現れた。
     稲妻のような光が刃(やいば)の周りを包んでいて、雷鳴のような音が轟く。
     ───なんなのコレは!?
     そんな私の質問(かんがえ)を無視して、躯躰(からだ)は刀を大きく振り降ろした。
     刀の刃先は届いていないのに、ドン!
     という凄い音がして稲妻のような光が飛んで行き、刃(やいば)の代わりに赤褐色(あかい)龍のお腹を切り裂いた。
     そうしたら、その切り口から炎が噴き出して来て、炎の勢いで後ろに飛ばされ、岩に叩きつけられた。
     炎の熟さと打撃の痛さで、目を醒ましそうになる。
     でも躯躰(からだ)は、ヨロヨロと立ち上がって刀を構え直した。
     すると、なんだか躯躰(からだ)が膨脹(ふくら)むような感じがしてきた。
     まるで、力を溜めているみたい。
     ううん、そうなんだ!
     躯躰(からだ)じゃなくて、刀が倍くらいに大きくなっていく。
     そこへ、赤褐色(あかい)龍が頭から突っ込んで来て、大きく開けた口の奥がポウッと紅い色に光る。
     炎を吐くつもりだ!
     そう思った瞬間(とき)には、もう全身が炎に包まれた。
     ───熱い!!!
     だけど躯躰(からだ)は逃げようとしないで、ただ耐えていた。
     そして、刀を悠然(ゆっく)りと斜め下に構える。
     赤褐色(あかい)龍が息継ぎをしようとしてなのか、炎を吐くのをやめた瞬間、躯躰(からだ)は下から上へと思いっきり刀を振るった。
     ドゴオオオオオオオオオオオオオ!!!
     と周りの熱い空気を揺さぶる音が轟いて、刀から放たれた光が赤褐色(あかい)龍の巨大(おおき)な躯躰(からだ)を真っ二つ切り裂いた。
     赤褐色(あかい)龍の絶叫が耳を劈(つんざ)く。
     なのに赤褐色(あかい)龍は、炎の龍巻に姿を変えると、数秒(すぐ)にまた無傷な赤褐色(あかい)龍に戻ってしまった。
     こんな………。
     これじゃ際限が無いわ!!
     ん? でも………。
     さっきより少し小さくなっているような………。
     ───そうだわ!
     ───確かに小さくなってる!!
     ───あと何度かやってみれば………。
     躯躰(からだ)もそう思ったのか、両手で刀を正面に構えた。
     あっ、この感覚………飛ぶ!?
     思った瞬間(とき)にはもう、躯躰(からだ)は弓から放たれた矢のような勢いで、赤褐色(あかい)龍の頭上を越えた。
     それを追って、赤褐色(あかい)龍が炎を吐きながら顔を上に向ける。
     躯躰(からだ)はその炎の中に突っ込むと、墜ちるままに赤褐色(あかい)龍の口の中に飛び込んでいった。 刀から放った光が、赤褐色(あかい)龍の躯躰(からだ)の中で暴れ回る。
     赤褐色(あかい)龍の躯躰(からだ)の中は、まるで炎の柱の中を潜(くぐ)り抜けているみたいだ。
     どんどん、どんどん、どんどん巨大(おおき)な躯躰(からだ)の奥にまで墜ちていく。
     熱い!
     熱い!!
     熱い!!!
     もうダメ…。
     意識が………。
     このまま、また目が醒めちゃうの?
     ───そんなのイヤ!
     ───そんなのダメ!
     何故だか判らないけど、この赤褐色(あかい)龍に負けちゃいけない気がする。
     ちゃんと倒すまでは………、耐えなきゃ…。
     グッと意識を『何か』とに強攫(しがみ)つかせて耐えていると、唐突に赤褐色(あかい)龍の躯躰(からだ)を突き抜けて地面に激突した。
     動けない。
     はずなのに、躯躰(からだ)は横に飛び出して赤褐色(あかい)龍の下から脱出した。
     すぐに刀を構え直すと、力を溜めながら赤褐色(あかい)龍を見上げる。
     赤褐色(あかい)龍は、仁王立ちになったまま動かない。
     動かない。
     動かない。
     突然───、地面を揺さぶる程のを咆哮(ほうこう)あげた。
     その衝撃波(こえ)のせいで、躯躰(からだ)がよろけて尻餅をついてしまった。
     そして、また炎の龍巻に姿を変えてから赤褐色(あかい)龍に戻ると、翼をひと振りして濁った紅い色の空へ飛び去って行った。
     ゴウッ!と熱風が少しのあいだ吹き荒れる。
     ………逃げられちゃった………………。
     あれだけやったのに、まだ生きているなんて………。
     ま、いっか。
     一応…、勝ったんだもんね。
     うん、そうだ。
     勝ったんだ。
     やっつけたんだ。
     ───やった────────────!!
     私は寝台(ベッド)の上で上半身を起こして、思いっきり万歳をしていた。
     自分が夢から醒めたことに気がっいて、そのうえ、万歳の姿態(ポーズ)をしている自分の恥ずかしさに、慌てて寝台(ベッド)に潜った。
     そ~っと頭だけを出す。
     誰も、いない……よね。
     安心して、ホゥ…と胸を撫で降ろした。
     そして考える。
     今日は退院の日。
     うれしいはずなのに、引っ掛かっている。
     天野くんのこと。
     私は…、好きになったのかな。
     すごく、すっごく気にはなっているけど…………判らない。
     今…私は、天野くんの側(そば)にいてあげたい。
     天野くんの近くにいてあげたい。
     でも、それは…。
     それは……………?
     また、頭の中が乱雑混線(グシャグシャ)になってくる。
     私はいったい、何に拘(こだわ)っているんだろう?
     朝の検温と、朝食を済ませた後も同じことを繰り返し繰り返し考えていた。
     そこへ、コンコンと軽叩(ノック)の音。
     あっ、お母さんかな?
     ───退院か…。「は-い、どうぞ」
     そう返事をしてみせると、入ってきたのは夏子さんだった。
    「今ちょっとイイ?」
    「え? あの…」
     ───なんですか?
     と訊こうと思ったら、「昨日の約束、今なら諒承(O.K)なんだけど」と言われて思い出した。
     ───そうだ、天野くんに逢いに行くんだ。
     私は、早急(すぐ)に室内履(スリッパ)を履いて運動上着(ジャンバー)を羽織ると、夏子さんの後ろをペタペタと付いて行った。
     三階に上がって、天野くんの病室(へや)の前で、「意識はまだ回復していないけど、今朝は安定してるから」と夏子さんは小声で言い、静かに半開きの引戸(ドア)を開けると、私だけを病室(へや)に押し込んで、素早く引戸(ドア)を戻した。
     一昨日(おととい)は、真暗(まっくら)で判らなかったけど、今は蛍光灯の光の中で、天野くんは寝台(ベッド)に横たわっていた。
     ロには可塑性物質製(プラスチック)の酸素口当具(マスク)が、額には脳波を測定するためらしい電線(コード)が何本も付けてあって、腕に刺してある点滴の針が痛々しい。
     不耐(たまら)ず目を反向(そむ)けると、寝台(ベッド)の横にある心電図や脳波計、呼吸計とかが目に入った。
     赤や緑の電算(デジタル)数字で示された数値が、増えたり減ったりを繰り返している。
     私は、なんだかそっちの方が怖くなって、天野くんの方に目を戻した。
     緩(ゆっく)りと近づいて、天野くんの顔を覗いてみる。
     こんなに真面裏面(マジマジ)と、天野くんの顔を見たのは初めて。
     今まで、単に脆弱(ひよわ)なだけだと思っていた私よりも色白な肌は、なんだか艶(なまめ)かしいくらいだ。
     それに、しっかりと閉じられた瞼に鮮明(はっきり)と入っている横線(スジ)は二重だということを示しているし、睫(まつげ)も長いみたい。
     もしかして天野くんって………、可愛い(0^-^0)
     ヤダッ、私ったら何を考えて………。
     ───あ…ま……の…くん。
     ───あ・ま・の・くん。
     ───天野…くん。
     ───天野くん。
    「天野くん」
     心の中で…小さく声に出して…呼んでみる。
     勿論(でも)、返事は返ってこない。
     深く、沈(ふか)く、眠りつづけている。
     まるで、眠り姫のように………。
     眠り姫を起こすことができるのは、お姫様を愛する王子様の接唇(キス)だけ………。
     配役が逆だけど、もし口当貝(マスク)が付いていなかったら、私は………接唇(キス)をしていたかもしれない。
     ───目を醒まして!!!
     そう強く祈りながら。
     天野くん………、なるべく………早く…ね。
     待っているから。
     目が醒めるの、待っているから。
     そうしたら…、そうしたら、交遊(デート)しようね。
     不意に、引戸(ドア)から夏子さんが頭だけ覗かせて、「もういい?」と小声で訊いた。
     私は、
    「はい」と短く答え、急いで廊下に出た。
     夏子さんが、素早く引戸(ドア)を戻す。
     振り返って、半開きの引戸(ドア)の隙間から閃(チラ)っと見えた天野くんに、心の中で私語(つぶや)いた。
     ───好き…だよ……。

     
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  • S c e n e2・欠 陥(かけているもの)

     小装飾店(アクセサリーショップ)に寄り道した帰り、私たちは夕暮れのいちばん奇麗な時間の荒川の土手を、小装飾(アクセサリー)の話しで盛り上がっていた。「あ~あ、フッちゃんが羨ましい」と洩らすサッチ。
    「なにがよオ?」と尋ねる私。
    「だってさ、フッちゃんはああゆうのくれる男子(ひと)が多勢(たくさん)いるんだもの」
    「冗談じゃないわ。そりゃあ美男子(いいおとこ)から貰うなら嬉しいけどォ、みんな鏡と相談したらって男子(おとこ)ばっかりなんだからァ、迷惑よ」
    「お-、お-、非道(ひど)いこと言いおって」とはトマト。
     でも私は、
    「事実よ」と言い切った。
    「安田とはどうなのよ? けっこうイイ線いってるんでしょ?」とサッチ。
     サッチが言っているのは、同じ学級(クラス)の安田秀一(やすだしゅういち)くんのこと。
     安田くんは顔も格好(スタイル)も及第点だから、ちょっと好型(タイプ)かなって思って、何度か恋遊(デート)の誘いをOKしたことがある。
    「ん-、でもどうせなら、もうちょっと上の位(ランク)の方が希望(イイ)な。」
     トマトは呆れて、何も言えないという風に肩を竦めた。
     ───!!!!!!!
     唐突に川上、私たちが歩いてきた方向から、男の子の悲鳴がした。
    「えっ!?」と三人同時に川上の方を振り返ると、小学四~五年生くらいの男の子が川を流されて来る。
     そして、その友達らしい男の子が二人、どうしていいのか分からず、溺れてる子を追って川岸を走って来た。
     私は鞄を放り投げ、土手を駆け降り、靴を脱ぎ捨てて川に飛び込もうとした。
     すると、後から追って釆たトマトとサッチに取り抑(おさ)えられた。「ちょっとフッちゃん! 今、何月だと思っとんの?」とトマトが怒鳴る。
     言われなくたって判ってる。
     今は一月、三学期だってまだ始まったばかりだ。
    「だから早く助けるのよ! 放して!」
     そうやって揉めている問にも、男の子が必死に苦暴(もが)きながら、私たちの前を流されて行く。
     思いのほか流れが速い。
     そこへ、溺れた子を追って釆た三人の男の子たちが、私たちに助けを求めて釆た。
    「誰か呼んで来る!」とトマトが土手を駆け登って行ったけど、そんな余裕(ひま)は無い。
     私はサッチの手を払い除けると、溺れている子を追って急駆(ダッシュ)した。
    「ダメよフッちゃん、水が冷たすぎるわ!それにフッちゃんの身体(からだ)じゃ泳ぐのは‥‥‥‥」
     追って来るサッチの叫び声を無視して、私は川に飛び込んだ。
     水の冷たさが肌を刺すけど、そんなものは辛抱(ガマン)!
     全身の機條(バネ)を充分(フル)に使って、グングン男の子に近づく。
     そして、なんとか男の子を腕の中に収めると、岸に向かって泳いだ。
     でも、男の子が激しく苦暴(もが)いてしまって、思うように泳げない。
     もう少し、もう少しで岸に……。
     その時──!
     厳(するど)い痛みが腰を襲った。
     ───しまった!!
     思う間も無しに、下半身が言う事をきかなくなる。
     身体(からだ)が沈んで、ガバガバと水が口や鼻から入って来た。
     閃(ちら)っと岸を見ると、サッチが走って追って来ながら、私に何か叫んでいる。
     でも、だんだん肌の感覚が無くなってくるのと一緒に力が尽きてきて、意識が遠去(とおの)いていく。
     ───せめてこの子だけでも!
     と男の子に手を伸ばさせて、岸に強攫(しがみ)つかせた。
     追って来ていたサッチが、男の子を引き上げる。
     でも私の方は、もう身体(からだ)に力が入らなくて、あっという間に岸から遠離(とおざか)ってしまった。
     ───もう……ダメ………………。
     視界が暈(ぼや)けてきて………、誰かが…、人が二人………………土手を駆け降りて来るのが見え……。
     バシャン!
     ───あ?
     飛び込んだ………!?
     遠くに救急車の警報(サイレン)が聞こえる。
     もう何も見えない………。
     音も聞こえなくなってきた………。
     誰かが私の身体(からだ)をつかんだ。
     そして私は、気を失った────────。
     ────────────────。
     気を失って、まる二日。
     病院の個室で目を醒ました私の目に最初に写ったのは、白い天井と、心配そうに私を覗きこむお母さんの憔悴しきった顔だった。
     意識の戻った私の容体を調べるお医者さんと看護婦さん。
     それと、親戚や学校の男子たちが入れ替わり立ち代わりお見舞いに釆て、それからの二~三日というもの、気の休まる暇も無かった。
     それでも、あの溺れた男の子も助かり、一足先に退院して温安心(ひとあんしん)。男の子の両親にお礼まで言われて、なんだか擽(くすぐ)ったい。
     で、私の方はというと全治十日間で、少なくともあと四~五日は病院生活。
     ───あ~あ‥‥‥。
     でもまあ、トマトとサッチも学杖の帰りに毎日来てくれているから、学校の話題には遅れずにすみそうだけどね。
     ついでに………………勉強も。
     そして入院してから七日目、男子たちも花代がもたなくなってきたのか、お母さんやトマトとサッチくらいしかお見舞いに来なくなった頃、予想外の男子がお見舞いに来た。
     大将───。
     引戸(ドア)を開けて入って来た瞬間(とたん)に、思わず言ってしまう。
    「ど-ゆ-風の吹き回し、大将。私のこと嫌いなんじゃなかったの?」
     それに対して大将は、
    「嫌いだよ」と簡潔(サラリ)と答えた。
     ───ムッ!
    「じゃあ、なんで来たのよ!?」
    「話があってな」
    「話って?」
     大将は即(すぐ)には答えないで、壁に立て掛けてあった鉄製(スチール)椅子を寝台(ベッド)の横に持ってくると、ドッカと座った。
    「……まさか、お前が溺れてる子どもを助けるなんて思わなかったよ。ちょっと見直したぜ」と珍しく私に優しい表情(かお)を見せた。
     でも私は、
    「ありがと」と素っ気なく答えてみせる。
     少し間が空いて………………。
    「腰、壊したんだってな」
    「壊れてたのよ、生誕(もと)から。生まれつき腰が弱くて、小六の時に鉄棒から落ちて決定的に不能(ダメ)になったわ。………体操選手に…なりたかったんだけどね………」
    「知ってるよ」
    「なんでよ!」
     不思(つい)、声が酷(きつ)くなる。
    「前に命から聞いたんだ」
    「天野から?」
    「あいつも、お前の愛好者(ファン)の一人なんだぜ」
    「やめてよ。あんな根暗な背低(チビ)に好かれているなんなて、考えたくもないわ」
     ───いけない!
     口に出しちゃった。
     二人は友達なんだから、怒る…よね?
     閃(チラ)っと目線を合わせると、案の定、キッと睨まれた。
    「な、何よ……」と強がってみせたけど、怖いよー。
     ガタン!
     と椅子を倒しそうな勢いで大将に立たれて、私は慌てて布団を頭から被ってしまった。
    「やっぱお前は、そんな女だったんだな」と大将の低い声。
    「生誕(もと)からそういう性格なのか、それとも、ちょっと顔が美々(いい)からって学校の男どもに持て離されて歪んじまったのかは知らないが、お前には命に好かれる資格は無いな」 私はガバッと起き上がって、
    「どうゆう意味よ!?」と叫んだ。
     でも大将は、
    「そうゆう意味だよ」とだけ答えて、帰ろうとする。
     ───脳天(あったま)きた!!
    「ちょっと! 故意(わぎわざ)そんなことを言いに来たワケ!?」「違うよ。だが、必要が無くなった」
    「何よ、それは!?」
    「いい、いい、もういい」と面倒臭そうに手を振る。
    「戯謔(ふざ)けないでよ! いったいなんの用だったのよ!?」
     するとグッと顔を近づけてきて、
    「命の悪口無しに聞けるか?」と脅(すご)まれ、「・‥…判ったわよ」と不貞腐れぎみに答えて、私は寝台(ベッド)に横になった。
    「それで……?」と訊くと、 大将は鉄製(スチール)椅子に座り直して話し始めた。
    「お前、誰に助けられたか憶てるか?」
    「・・・・・トマトが人を呼んで釆てくれて……」
    「憶てないんだ……?」
     黙って諾(うなず)くしかない。
     すると大将は、小時(しばら)く黙り込んで私を見据え、静かに、でも決然(きっばり)と言った。「命だよ」
     以外すぎる答えに、
     ───えっ!? と頭を起こした。「あの日、溺れてるお前を助けたのは命だ」
    「そんな‥‥‥、信じられないわ。だって……一年の時から、天野が体育に出ているのなんて見たこと無い。いつも見学で……」
    「判ってる。命とは小学絞ン時からずっと…、五年の時から同じ学級(クラス)で、………一度も体育に出たことは無い。水泳も‥‥‥」
    「だったら……!」
    「だが、事実(ほんとう)だ」
    「泳げないのに?」
    「お前だって、泳げないのに子どもを助けようとして川に飛び込んだんだろう? 自分の身体(からだ)に欠陥があるのを知っていながら…」
    「だけど……、私はもともと運動神経は良かったし、体育や水泳も全く不能(ダメ)って訳じゃないもの……」
    「確かに、命の場合は…。命も、知っていながら飛び込んだんだ。お前を助けるために。欠陥があるくせに‥‥‥」
    「何が……?」
    「生まれっき脆(よわ)くてな、心臓が……」
    「心臓…!!」
    「真冬の川の水だ。普通の奴だって発作を起こしかねない。況(ま)して命の心臓じゃ…」と俯き、「一溜まりもなかった‥‥‥。あの考無(バカ)、俺に委(まか)せとけばいいものを…、俺より先に飛び込みやがって……」顔を上げ、「好きだったんだよ、お前が…、お前みたいな奴を……、本気で!!」
     今にも掴み掛かってきそうな、大将の凄味のある表情(かお)に気圧(けお)される。
    「…それで…、どうなったの‥‥‥?」と訊くと、また俯き、「……もう、一週間も意識不明だ。病院(ここ)の305にいる」
     私は、枕に顔を埋もらせた。
     そして………考える。
     ───天野が私を?
     ───あの天野が!?
     ───まさか………!
     体育の時は、いつも隅の方で膝を抱えて見学していた。
     蒼白い顔で、死んだような目で。
     ───その天野が、私を…?
     ───心臓が?
     ───そう言われれば、そんな風にも‥‥‥。
     ───私を‥‥‥?
     ───本当に?
     ───でも、誰もそんなこと教えてくれなかったわ………。
     頭の中が乱雑混線(グシャグシャ)になってくる。
    「…それで……、私にどうしろというの?」声の音域(トーン)が上がり、「どうしろと!?」
     悲しいときと同じような、なんだか判らない霧靄(モヤモヤ)したモノが胸の奥に溢れて息苦しくなってくる。
     でも、涙なんか出てこない。
     だって、悲しくなんかはないもの。
     ただ……。 そのせいで、思わず言ってしまう。
    「やっぱり信じられないわ。天野が私を助けたなんて。あの天野が…」
     そこで大将に、ペチッと軽く頬を叩く真偽(まね)をされた。
     穏やかな表情(かお)で。
    「俺はただ、命がお前に惚れてるってことと、命がお前を助けたんだということを伝えに来ただけだ。だから…」と大将は、何か考える風にして黙り込んでしまった。
     何?
     何を俊巡(ためら)っているの?
     不意に大将は立ち上がり、笑顔を作って言った。
    「まあ、命が目を醒ましたら、礼ぐらい言ってやってくれ。じゃあな」
    「あ…」───待って、と私が声を継ぐ間も無しに、大将は病室(へや)を出て行こうとして引戸(ドア)を開けた。
     するとそこには、唖驚(びっくり)して大将を見上げるトマトと、俯いているサッチがいた。「お前ら…、聞いてたのか」と訊く大将に、「えっと、その…」とトマトが言い訳を探していると、突然サッチは大将をキッと睨み上げ、平手打ちを放って走り去ってしまった。
     その目には、いっぱい涙が溜まっていたようだった。
    「サッチ!?」とトマトが後を追い、大将も、「じゃな」とだけ言い残して、引戸(ドア)を閉めて行ってしまった。
     ポツンと取り残されてしまった私……。
     ───サッチって、もしかしたら……。
     ───でも、なんであんな奴…‥‥。
     ───私を助けたなんて、信じられない…。
     ───本当に…?
     ───だとしたら………。
     ───えっ、でも……。
     また頭の中が乱雑(グシャグシャ)になってくる。
     そんな風に、いろんな思いを巡らせていると、引戸(ドア)がスーツと静かに開いた。
    「サッチ!?」と思わず叫んでしまう。
     でもサッチは、何も言わないまま近づいて来て、自分の学生鞄(かばん)の中から、封の切られた水色の封筒を取り出した。
     それを、涙で目元を潤ませたまま、許乞(すまな)さそうに微笑み、そっと私に差し出す。
    「何? これ?」と受け取った私は、表の宛名が私の名前なのに気がついた。
    「サッチ、これは!?」
    「‥‥‥さっきの大将の話、本当よ。トマトが呼んできたの、通りがかった大将と天野くんを…。天野くんは、フッちゃんを助けようとしたわ。必死で…‥‥」少し言葉を窒(つま)らせて、「封筒(それ)は、天野くんが脱ぎ捨てた標準服(せいふく)の衣袋(ポケット)に入ってたの。衣袋(ポケット)から隠(チラ)って覗いてたのが気になって…、取り出してみてフッちゃんの名前を見たら、そのまま自分の末広服(スカート)の衣袋(ポケット)に入れちゃってた………」 
     涙声になり、
    「請怒(ごめん)…、請怒(ごめん)なさい。勝手に封まで開けちゃって…‥・。開けるつもりは無かったのよ。読むつもりも………」
     ───沈黙───。
    「‥‥‥本当は、破いてしまいたかった! 捨ててしまいたかった! でも…」と涙をポロポロ溢れさせた。
    「請怒(ごめん)…、請怒(ごめん)…なさい‥‥。もっと早く…教えようと…、渡そうと思ったんだけど……。ううん……」と首を横に振り、「アタシ…。アタシ……」
     サッチは言葉を繋ぐことができなくなり、病室(へや)を出ようとした。
    「サッチ、待って!」と呼び止める。
    「私、こんなの貰っても困るわ」口調を明るくして、
    「天野のこと好きなら、私、協力するわよ♪」
     でもサッチは、背中を向けたまま答える。
    「いいの……。いいのアタシは……。天野くんが好きなのは、フッちゃんなんだもん」
    「そんなの…」
    「フッちゃん。天野くん…いい人よ。優しいところも充満(いっぱい)あって………。小学校の頃は、あんな暗い感じじゃなくてね………」
    「同じ小学絞だったの?」
     サッチは、コックリと黙諾(うなず)いた。
    「…アタシもね、天野くんに助けてもらったことがあるの……。六年生の時に…、男子に悪戯(いたずら)されたアタシを、護(まも)ってくれた。だから好きになったの…。なのに‥‥‥なのにアタシは、天野くんが虐められてる時、護(まも)ってあげられなかった。助けてあげられなかった。アタシには、天野くんを好きになる資格‥‥無い。だから……」
    「そんな、資格なんて!」
     でもサッチは、私の言葉を受け取らずに、
    「‥‥‥明後日(あさって)頃には退院でしょ?学絞で会おうね!」と無理に作った明るい声で言って、引戸(ドア)を開けた。
     引戸(ドア)の外には、大将とトマトが立っていた。
     大将がサッチの肩を抱いて、トマトは私に軽く手を振って何も言わずに引戸(ドア)を閉めて行ってしまった。
     また取り残されたような感覚に包まれて、私は視線を引戸(ドア)から手中(てもと)の封筒に移した。
     サッチは直接(ちょく)には何も言わなかったけど、推測(たぶん)これは、天野が私に宛てた懸想文(ラブレター)………。
     大将やサッチには悪いけど、私には天野を好きになんかなれない。
     私は、封筒から隠(ちら)っと覗いている便箋を奥に押し込んで、花瓶の近くに置いた。 そして、布団に潜る。
     潜ってから、ふと思った。
     ───捨てればいいんだ。
     何も律義に取っておく必要(こと)は無い。
     護美箱(ごみばこ)は、寝台(ベッド)のすぐ横(わき)にある。
     私は、寝台(ベッド)から這い出して、封筒を手にした。
     でも───。
     いざ捨てようとすると、逡巡(ためら)っちゃって、また元の場所(ところ)に置いた。
     だって───。
     ───本当に天野が私を助けてくれたの?
     ───本当に私のことが好さなの?
     ───そうだとしてサッチ…、本当に断念(あきらめ)ちゃっていいの?
     ───私は、どうすればいいの?
     ───懸想文(ラブレター)には何が書いてあるの?
     私は、もう一度寝台(ベッド)から這い出して、封筒を手にしてみる。
     だけど、やっぱり逡巡(ためら)っちゃって、また元の場所(ところ)に戻した。
     それを、何度も何度も、繰り返し繰り返し、繰り返した………。
     合間に、お母さんが見舞いに来たり、夕食を食べたり。
     でも上の空で、お母さんの言葉にも生返事だけして、夕食の時も御飯をポロポロ零(こぼ)しちゃって……。
     それでも結局、封筒から便箋を出すのに、何かが吹っ切れなくって、消灯時間にまでなってしまった。
     そして、看護婦さんが夜の見回りに来た。
     名札(ネームプレート)には、小原夏子(おはらなつこ)と書かれている。
    「古谷さん、消灯時間よ。早くお休みなさい」
    「はい・・・」と答えると、夏子さんは電灯(あかり)を消し、引戸(ドア)を閉めて出て行った。
     そして、隣の病室の引戸(ドア)を開く音がした。
     私は布団に潜り、もう数時間以上も考え続けている同じことに思いを巡らせ、それにも疲れると、穏段(しだい)に眠りに入った。
     ──────────────────────。

     
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  • S c e n e1・関 係(かかわるひと)

     六時間目終了の合図(チャイム)が鳴り、私の号令で全員(みんな)が先生に礼をすると、教室の中は急に騒がしくなった。
     友だちと無駄話(おしゃべり)を始める人や、教室を飛び出して帰る人、箒で芥塵(ごみ)を掃く掃除当番……。
     私はというと、学級日誌を机の上に開(ひら)いた。
     私、古谷優子(ふるや ゆうこ)。
     東京近郊を流れる荒川の近くにある公立中学、鳩ノ巣中学校に通う二年生。
     もちろん、女子。
     今日は日直だったから日誌を書かなきゃならないんだけど、あ~あ、面倒(めんど)くさい。
     そう思いながら鋭鉛筆(シャープぺン)の芯をカチャカチャと出していると、「フッちゃ~ん、早くせェーい!」という剽軽(ひょうきん)な音域(トーン)で、女の子の声が引戸(ドア)の方からした。
     声の主(ぬし)は、森川都茂世(もりかわ ともよ)。
     その名前と、いっつも赤味がかった頬をしているから、級友(みんな)からは『トマト』って呼ばれている、短髪(ショート)の可愛いって感じの子。
    「もう少し待ってよォ、トマトの薄情者ォ!」と抗議をすると今度は、トマトの横に立っている超長髪(ちょ-ロング)で、背もスラッと高い佐藤佐智子(さとう さちこ)が、「早く行かないと混んじゃうもの!」と言った。
     『混んじゃう』というのは、学校の近くにある小物装飾店(アクセサリーショップ)のこと。
     気軽に小物装飾(アクセサリー)を試させてくれるし、お店の一部が小さな喫茶室になっているから、毎日ウチの生徒で賑わっている。
     とうぜん寄り道なんていけないんだけど、卒業生が経営しているってことで、先生も、そこのお店だけは大目に見てくれている。
    「『サッチ』まで、それはないでしょう!?」と言い返してみたものの、あの二人じゃ本当に先に行ってしまいかねない。
     ───しょうがない。 こうなったら高飛車(タカビー)な女になるか。「天野クーン!」と私は、黒板を消している小柄な男の子、天野命(あまの みこと)を呼んだ。
     名前とは裏腹に、死んでいるような瞳で振り向いた、ちょっとどころか、かなり暗い彼は、今日一日の相棒(パートナー)。
     席順を運試(クジ)引きで決めるのに賛成なんてするんじゃなかった。
     まさか隣の席になるなんて、悲劇だわ。
     言っちゃ悪いけど、私は天野が大嫌い。
     ううん、嫌いなのは私だけじゃない。
     暗いし、無口だし、脆弱(ひよわ)だし。 いわゆる虐められっ子。
     そのうえ、虐められても仕返しもしなければ、抵抗もしない。
     そんなだから、よけい級友(みんな)に虐められるのよ。
     なんてことは噫気(おくび)にも出さずに、私はとっておきの笑顔で、天野に日誌を頼んだ。
     自分で言うのもなんだけど、私に頼まれて「NO!」なんて言える男子は滅多にいない。
     思った通り天野は、黙って諾(うなず)いた。
     ───よしよし。
    「サンキュー♪」なんて、心にも無いお礼を言って、私は鞄を整えた。
     すると突然、堅強(ガッシリ)とした手で左腕を掴まれて、キリリと痛んだ。
     振り向くと相手は、織田信雄(おだ のぶお)だった。
     偉そうな名前と、同じ中二とは思えない逞(たくま)しい外見から、級友(みんな)は『大将』って呼んでいる。
     もちろんそれだけの人望もあるんだけど、私は苦手。
     だって、なにかっていうと私に突っ掛かってくるんだもん。
    「何するのよ!!」
    「何するのじゃないだろう? お前、日誌を命に押しつけて先に帰る気かよ!?」
    「いいでしょォ、天野クンも『いい』って答えたんだから。それにィ、今日の号令なんか全部、私がやったんだからね。日誌くらい、いいでしょ。ねえ?」と天野に同意を求めたけど、黙って諾(うなず)くだけ。
     ───モオ!「だからって…‥」と大将の手に力が入る。
     痛(いた)───!
     私は、顔を顰(しか)めた。
     すると天野が黒板の前から駆け寄って来て、たぶん今日のうち初めて口を利いた。
    「いいんだ、大将。僕がやるから……」
    「だけど…」
    「本当に、いいから………」
     どうゆう訳か、天野は大将とだけは口を利く。
     大将も、級友(みんな)が天野を虐めたりする中で、ただ一人味方をしている。
     まさか男色(ホモダチ)とか………………なんてね。
    「ホラ、早く放してよ! 天野クンだってこう言ってるんだから」
    「‥‥‥判ったよ!」と大将は、乱暴に腕を放した。
    「ちょっと煽甘(もて)るからって、イイ気になるなよ古谷!」
    「別になってないわよ!」
     そう言い返して、私はトマトとサッチが待っている引戸(ドア)の方へ走って行った。
     正直、大将に見透かされて腹が立った。
     ───フンッ、いいでしょ!
     私は自分の能力を充分(フル)に使っているだけよ。
     だから序(つい)でに、廊下に出る一歩手前で振り返って、「戸締まりもお願いねェ♪」と天野に冗談(ポース)で投げキッスを送った。
     ───アレ?
     照れちゃったみたい。
     う~ん、私って罪な女の子ね。
     なんちゃって。
    「良いの? 天野に押しつけおって」とトマトが口を尖らせる。
    「いいの、いいの」と答えて、私はトマトとサッチを廊下に押し出した。
     そしてサッチが、
    「ゴメンネ、天野くん(^0^)」と私の代わりに謝って、私たちは教室を後にした。
    「ねえねえ、もしかしなくても天野くんて、フッちゃんのこと好きなんじゃない? いつもフッちゃんのこと見てるみたいだしぃ」とサッチが柔気(にやけ)る。
    「え-っ!? やだァー!!」
    「でも、さっき投げキッスしたとき、紅(あか)くなってたぞよ」とトマト。
    「もう! やめてよねェー。紅(あか)いのはトマトの方でしょ。私は、あ-ゆ-根暗なチビは大っ嫌いよ。ま、私を好きになるのは当然だろうけど♪」
    「あーあ」とサッチが呆れる。「そういうことを言ってると、性格歪んじゃうわよ」
    「もう歪んでるわよ」と私が答えると、私たちは顔を見合わせて笑い合った。

     
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  • OP・♪恋する乙女心

    1. 出逢ったことは 偶然  つき合うことは 必然
      別れの時は 突然
      Once again,Once again,Once again
      初接吻(ファーストキス)に ドキドキ  浮気を知って チキチキ
      許せないまま ズキズキ
      Call me please,Call me please,Call me Please
      閉じこもりたくはないの
      いつでも前向きに
      気まぐれなんて 云わないで
      少しずつ 憶えるの 真実(ほんとう)の愛
      私は 女の子の 原料(マテリアル)なのよ
    2. 好きになるのは 運命  近づくために 懸命
      恋敵(こいがたき)がいて 混迷
      Love me do, Love me do,Love me do
      素敵な人に クラクラ
      ほかの人にも フラフラ
      心(ハート)の中は ハラハラ
      Carr on, Carr on,Carr on
      明日(あした)には どんな恋が   待っているのかしら
      欲ばりなんて 云わないで
      だって まだ 真実(ほんとう)の愛を知らない
      私は 女の子の 蛹(ピューパ)なんだもん

     
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