コスモス 第七話「夏休み明け」

 夏休みも残り数日、僕は人生で一番の困難に直面していた。

 花火の日から今日までほぼ毎日、イオも呼んで里久たちと遊んでいた。

 その結果、宿題にほとんど手を付けていなかった。

 課題は山積み、残り時間は一週間、僕はちょっと絶望した。

 でも、まだ諦めるわけにはいかない。

 急いで数学のワークを机に広げ、焦って震える手でペンを走らせる。

 計算問題は結構できる方で、スラスラと解くことが出来た。

 でも、どうしても一分ごとに時計をチラッと見る。

 クーラーがきいてるはずなのに、汗が流れる。

 文章題や図形は凄く苦手だけど、凛音が教えてくれた範囲はあまり苦戦しなかった。

 なんとか二時間で出来た。が、あまりにも集中して頭をフル回転させすぎたせいで疲れたので、一旦休憩にする。

 ゴロンと、床に寝転がり、窓の向こうの木を見つめる。

 外は穏やかな風が吹いているようで、枝が優しく揺れている。

 ふと、イオの姿が頭に浮かぶ。

 あの日、花火大会の日、イオは二人の男を倒す強さを見せた。

 僕より一個年下ぐらいの女の子が大人に勝った。

 そのうえ、家の屋根から屋根を僕を抱えたまま飛び越える身体能力。

 今まで、小さい子にするように接していたけど、あの日、初めてイオをなんとなく怖いと感じた。

 その日の後、イオと会うと、僕は気まずい雰囲気だと感じたけど、イオは何も感じていないのかいつも通りに接してくれた。

 それからはオススメの映画を一緒に観たり、里久や凛音たちと一緒にテレビゲームをしたり、出掛けたりして沢山遊んだ。

 会うたびに、イオの日本語の発音がよくなっていた気がする。

 そういえば、里久や凛音にはイオの正体やコスモスのことを打ち明けていない。

 別に二人に隠す必要は無いけど、信じてもらえるかも分からないし、他の人にも知られる危険性がある。

 コスモスとイオは、どう考えてもオーバーテクノロジーの塊だ。

 興味ある人間がそれを見つければ、何をされるか分からないし、もしそうなったら大騒ぎになり、周りの人の迷惑になる。

 どうにかして隠し通したい。

 でも、里久はたまに、出逢ってすぐの人の本性を見抜く。

 だから、里久に対しては隠し通せる自信がない。

 この前遊んだ時も「イオって本当に人か?」と言われた。

 いつか、二人に打ち明けよう。

 そうやってうだうだ考えていたら、眠気がやってきた。

「ちょっとだけ」

 クーラーの冷気とわずかな温かさに包まれ、僕は仮眠のつもりで眠りについた。

 

 白い世界が広がる。

 目をこすり、辺りを確認すると、薄っすらと景色が見えてきた。

 僕は学校の校庭で一人佇んでいた。

 いや違う、前にも後ろにも、僕の学年の人達が現れた。

 凛音と里久を見つけ、二人はそっと微笑み、僕は手を振る。

 突然誰かの悲鳴が聞こえ、凛音が空を指さす。

 大空には、黒く大きな影が僕らに目掛けて迫って来る。

 僕はその得体の知れない影に、恐怖で足がすくみ、一歩も動けなくなる。

 逃げたいのに、逃げられない。

 もう駄目だ、と思った瞬間、目の前に少女が立つ。

 顔は見えなかったが、他人には思えなかった

「君は誰?」と訊ねようとした時、一瞬で校庭が火の海になった。

 

「うわっ!!!」

 僕はパッと目を見開いた。

 夢?起き上がり、何もない天井や壁をボーッと見つめる。

 起きてから少しして、行き場のない虚しさに襲われる。

 時計をみると、午後五時をさしていて、仮眠のつもりが、長く眠ってしまったようだ。

 それにしても、今の夢は何だったんだろう。夢?

「何か夢を見てたっけ?」

 思い出そうとしても、頭の中に壁があるみたいに、自由に考えることが出来ない。

 いつものことか、と気に留めないようにして、国語のワークを取り出し、再びペンを走らせる。

 

 二学期始業式の当日、重たい瞼を無理矢理開く。

 カーテンから漏れる陽の光がいつもより眩しく感じる。

 ベッドを降りた僕は頭を掻きながら、フラフラと階段を降りる。

 パンを焼いて、母さんが作ってくれたスープをお椀によそる。

 朝ごはんを食べ終わり、歯を磨いていると、ピンポーンとインターホンが鳴った。

「おーい早く来いよ、先行くぞ」

 里久の声が玄関の方から聞こえる。

「ちょっと待って!」

 制服を着て、整えながら返事をする。

 数分後「お待たせ」と、玄関の扉を開けると、里久は呆れたような顔をしていた。

 僕は結局、夏休みの宿題を徹夜で終わらせる羽目になり、起きるのが遅かった。

 そんな訳で、里久を待たせてしまって、申し訳なく思う。

 久しぶりにも感じる通学路を歩く。

 まだまだ蝉は鳴き、太陽は僕の肌を焦がす。

「おはよー二人とも!」

 後ろから凛音の声がしたと思ったら、里久の隣にいく。

 たまたま、登校のタイミングが被ったみたいで、三人で学校に向かって歩く。

「あーあ、学校始まっちったよ。眠いんだよな~」

 里久が疲れたように言う。

「でも、夏休み長すぎてもなんか嫌」

 凛音は学校の方を見ながら応える。

 僕はやっぱり「まぁ確かに」としか反応できなかった。

 学校に着き、教室に入る。 

 久しぶりのクラスメイトたちの顔にホッとして、鞄から提出物を取り出し、ロッカーに入れる。

「体育館履き持って並んでー」

 委員長が皆に呼びかけ、皆はその声で廊下に並び始める。

 やっと着いたのに、これからまた体育館に行かなくちゃいけないと思うと、少し気だるく感じる。

 里久と話しながら、廊下を歩く。

 体育館に着くと、三年の先輩方や一年生の後輩たちがすでに整列していた。

 全学年が揃ったところで、整列し直す。

「一同、礼」

 先生の声で皆が礼をする。

「皆さん、おはようございます。新学期が始まりました。夏休みはどうでしたか?先生は―――」

 校長先生の長い長い話を立ちながら聞く。

 眠気で倒れそうになりながら、どうにか校長先生の話を聞こうと意識するが、長く持たない。

 早く終わらないかな、と体育館の窓や壁を見て気を紛らわせる。

「―――以上で、始業式を終了します」

 永遠にも感じた始業式が終わる。 

 教室に戻ると、椅子にダラッと座る。

 なんとなく、一学期に皆が作った掲示物を見渡して、暇をつぶしていると、担任の先生が入ってきた。

 先生は教卓の前に立ち、全員が座って静かになったのを確認すると、話し始めた。

「おはよう。今日から二学期が始まるからね。夏休みで、気が抜けてる人もいると思うけどね、気を引き締めてね。二学期は校外で宿泊学習あるから、それに向けて、皆で活動して、ね。大丈夫ー?皆話聞いてる?」

 先生のいつも通りのテンションに、数人の笑い声が聞こえる。

 クラスで一番元気な奴が「元気どぅえぇぇぇす」と大声で言い、クラス中が爆笑に包まれる。

「お前は元気すぎだよ。大人しくしてろ。でもいいよぉ」

 先生はにっこり笑い、冗談交じりに言う。

 僕らの担任は、親しみやすく、自分の昔の話をすぐ語るおばさん先生で、ラスボスとも呼ばれているが、なんだかんだ言って生徒から好かれている。

「体育祭も近いから。練習してる?大丈夫?あたしのクラス、毎年毎年ビリから二番目だから。ビリから二番目だから、せめて三位くらいは取って」

 先生が笑いながら、体育祭の話をする。

 来週から二週間、体育祭に向けて特別時間割になる。

 僕と里久は二人三脚リレーに、凛音は六十メートル走に参加する。

 夏休みに練習は全くしていない。

 今日はお昼には帰れるから、里久を誘うことにした。

 

「へぇ、体育祭っていうのがあるんですか?」

 電話越しにイオが言う。

「そう。学校の皆で走ったり、縄跳びしたり、綱引きとかもやるんだよ」

「楽しそうですね。私も参加してみたいです」

「そ、それは難しいかなぁ」

「そうですか・・・」

 イオは、残念そうに言う。

 里久と二人三脚の練習をした後、コスモスを呼ぶアプリで通話できるかの実験がてら、最近のことをイオと色々話しあうことにしたのだ。

「ご主人様は里久さんと息ぴったりなんですか?」

「まだ完全じゃないけどね。イオは最近はどう?僕はずっと宿題やってたけど」

「私は、お料理の本を読んだりして、ご飯を作る練習をしていました!」

「料理?」

「はい。こういうのは身につけた方がいいかもしれないってコスモスが言ったので」

「イオは覚えるのが早いので、出来る事が増えていってますよ」

 コスモスも会話に加わる。

「やっぱり、凄いね。料理はどれくらいできるの?イオ」

「ちょっとです。まだ人にお出しするようなものは…」

 電話越しでも、恥ずかしそうにしているのが伝わってくる。

「そっか。僕は多分しばらく二人に会いに行くの厳しそうなんだ。土日のどっちかに行けたら行くよ」

 本格的に体育祭の練習が始まり、朝練と放課後練も加わるから、絶対に疲労が溜まる。

「お待ちしています、マスター」

「体育祭の練習頑張ってくださいね、ご主人様」

「うん、ありがとう。イオ、コスモス。じゃ、今日はこの辺にしておくよ」

 僕は「おやすみ」と言って通話を切り、お風呂に入る支度をした。

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