コスモス 第六話「夜空に咲く花」

 八月の上旬、午後五時。

 僕とイオは今、家の前で凛音と里久が来るのを待っている。

 最近はコスモスやイオと会ってばかりで、里久たちと遊んでいなかった。

 さすがに里久たちとも遊びたいと思ったので、今日、イオも連れて街で行われる花火大会に行くことにした。

 事前に二人には、イオは、つい最近陸部の練習で知り会った他校の友達ということで説明してある。

 イオはいつもの車掌服姿ではなく、紺青の布に、ところどころ秋桜の模様がある浴衣を着ている。

 さすが、コスモスが作っただけあって、サイズはピッタリだ。

 普通に似合ってる。

 僕はというと、Tシャツとジーンズのシンプルな服装で、これで良かったのか今更不安になってきている。

 道の向こうに、角から歩いてこっちに向かってくる二つの影が見えて来た。

 よく見てみると、白くカラフルな水玉模様の浴衣を着た凛音と、チェック柄のTシャツと半ズボン姿の里久だ。

 良かった、里久も同じ感じの服装だ。

「久しぶり、里久。凛音」

「おう」

「待たせてごめんね」

「いや、ピッタリだよ」

 里久は相変わらず寝癖が目立つけど、凛音は学校で見る時より綺麗な気がする。

「あ、この子がイオちゃん?可愛いね」

 イオに気づいた凛音は僕の横に行く。

「え、えと、あの、イオです。よろしくお願いします!」

 僕以外の人と会うのが初めてだからか、声が震えさせながら、二人に深々とお辞儀した。

「おう、俺、加藤里久。よろしく」

「私は夏川凛音。よろしくね」

「は、はい!」

 今はイオは二人に怯えてるけど、凛音や里久の性格なら、きっとすぐに仲良くなれるはず。

 それまで、出来る限りサポートしよう。

「じゃ、行こっか」

 凛音が仕切り、僕たちは花火会場まで歩き始めた。

「宿題やってるの、里久?」

 歩きながら、里久に話しかける。

「あーずっとゲームしてたから、あんま進んでない」

 笑いながら答える里久。

「多いよね宿題」

「お前やってんのか?」

「やってない」

 本当にコスモスに会いに行きすぎて、あまり宿題に手を付けていないんだ。

「イオちゃんって陸部だよね。種目とかって何やってるの?」

 唐突に凛音が質問する。

 しまった、細かい設定とかの打ち合わせとかはしていない。

「えっと、あの…」

 イオは困った顔で助けて欲しそうに、僕に視線を送った。

「い、イオは、短距離やってるよ」

「ふーん、そうなんだ」

 とっさに適当なことを言ってしまったけど、納得してくれたみたいだ。

 

 花火会場の外の空きスペースには、もしもの時のために消防車が数台停まっている。

 会場の中はすでに大勢の人々で賑わっていて、僕らの近くで小さな子供たちが楽しそうに、キャッキャッと走りまわっている。

 周りには、浴衣を着ている人も少なくはない。

 年上のカップル、同い年ぐらいのグループ、家族連れも多いようだ。

 花火を見るための広場や屋台、どこを見ても人がいる。

「先に席とっておこうか」

 僕がそう提案すると、みんな賛成してくれて、さっそく見やすい位置を探す。

 家族連れで着ている人が多く、テントや大きめのレジャーシートを敷いてる。

 真ん中あたりまで歩くと、丁度四人分くらい開いてるスペースを見つけた。

 僕と里久はすぐにレジャーシートをひろげる。

「じゃあ、荷物置いて皆それぞれ何か買ってこよ」と凛音が言う。

 とりあえず、花火が打ちあがるまでの時間、僕たちは屋台で何か買うことにした。

 里久と凛音は射的屋に並び始め、僕はイオと何か夕飯になるものを買おうと順番に屋台を見て回る。

 しばらく歩いていると、イオが立ち止まってどこかを見つめている。

 視線の先にあったのはとリンゴ飴だった。

 食べてみたいのかもしれない。

「ちょっと待ってて」

「え?あ、はい」

 屋台の方へ近寄り、お財布から小銭を取り出して、屋台の優しそうなおばさんに渡すと、一番美味しそうなリンゴ飴を手にしてイオの所に戻る。

「ご主人様?」

 はい、と僕はリンゴ飴を差し出す。

 イオは少し驚いた顔をして、僕とリンゴ飴を数回、交互に見る。

 ゆっくりと手を伸ばし、リンゴ飴の棒を掴む。

「それは、リンゴ飴って言って、舐めて少しずつ食べるんだよ」

 イオは小さく口を開けてリンゴ飴を舐め、また驚いた顔をする。

「美味しいです。この前のチョコとはまた違う甘さで」

 気に入ってくれたようで、ペロペロと舐めている。

 近くのたこ焼き屋さんで買い物をし、他の屋台で焼きそばや飲み物を買う。

 その間もイオはずっとリンゴ飴を舐めている。

 次はどこに行こうかな、と周りを見ると、設置された仮設トイレに並ぶ人の大行列が、目に入った。

「イオ、トイレは大丈夫?」

 コクリッと頷くイオ。

 あ、食べてる最中に、しかも女の子に訊いたのは無神経だったかもしれない。

 というかイオはトイレに行くのかな。

「「おーい、そっちなんか買った(か)?」」

 人ごみの中から出てきて、両手に二本ずつラムネを持ち、腕からビニール袋をぶら下げた凛音と、やたら多くの景品を抱えた里久の声が揃った。

 合流した僕たちは、とっておいた席で買った物を食べながら花火が打ち上がるのを待つ。

 イオはリンゴ飴の中のリンゴを食べ終えようとしている。

「イオ、リンゴ飴のゴミはこの袋に入れて」

「はい」

 イオは棒を袋に入れ、持ってきたウェットティッシュを取り出し、口元を拭く。

「さっき皆のラムネ買ってきたから飲もうよ」

 凛音が全員に手渡して言う。

 僕はイオの分を含めて二百円を凛音に渡す。

 里久も渡す。

「はい、イオ。凛音がラムネ買ってきてくれたよ」

 イオはラムネを手にしているが、見たこと無いそれをどうすればいいのか分からず、困惑している。

「イオちゃんは、ラムネ飲むの初めて?こうするんだよ」と凛音がなんだか楽しうに教えている。

 テンションが高い凛音と、それを楽しんでいるイオの二人が笑いあってる姿が微笑ましいと思う。

 僕と里久もたこ焼きを食べながら動画配信者やアニメ、ゲームなどいつも通りの話をしている。

 すっかり空が暗くなり、星が所々に見える。

 気づけば、花火の打ち上げ開始時間の一分前となり、胸が高鳴るのを感じた。

「花火ってどんなのです」

 「打ち上げ十秒前」

 アナウンスの声が会場全体に響き渡る。

 五、四、三、二 一、と会場にいる人たちがカウントする。

「ゼロ!」の声でビュン!という音と共に一気に花火が打ち上がり、鳥肌が立つ。

 ドン!という音が体の中、心臓まで響き、これが、花火なんだと改めて知る。

 色鮮やかな光の花びらが散り、すうっと消えてゆく。

 イオの方へ目をやると、イオは音にビックリしたのか目を丸くし、口をわずかに開けたまま動かない。

 それから、花火がドンッと大きな音を立てるごとに、肩を小さくビクッと動かしている。

 僕はイオに近づき、肩を軽くトントンと叩き「大丈夫?」と声をかけた。

 さらに驚いたのか、僕の方にバッと振り向いた。

「えっと……はい、大丈夫です」

 しばらく間があってから、花火の音でかき消されそうな声が返ってきた。

 困惑した表情だったのが落ち着いた表情に戻り、僕はそれを確認すると、もとの姿勢に戻し、再び花火を見る。

 イオはどうやら、皆がこの半日を見て楽しんでいると理解したようで、さっきの困惑した表情とは打って変わって興味津々にその花火を見つめている。

 ヒューヒュー、ドンッドンッ、ジャラララ…と音を何重にも重ねながら、紅い花火、オレンジ色の花火、緑の花火など、色も形も様々な花火が、次々と打ち上げられた。

 この夜空に花が咲いて、散っていったのだ。

 僕は、そんな花火をどこか切なく感じた。

 花火の光がラムネの瓶に残った水滴を輝かせ、ビー玉の中には花火が映し出される。

 これだけの迫力なのに、星のように儚い。

 会場の周りの建物にまで、ドンッ!という音がぶつかっている。

 僕たちは夢見心地になっていた。

 里久は携帯を手にして、僕たちや花火を撮っている。

 

 フィナーレの超大スターマインで、爆音に紛れて「おお!綺麗!」「凄い!」と歓喜の声が聞こえる。

 何連射しているかも分からない小さな花火、上を覆うようほど大きな花火。

「以上をもちまして―――」

 花火の終わりを告げるアナウンスで、周りの人が立ち上がり、帰る支度をし始める。

 里久と凛音はレジャーシートを折りたたみ、イオがそこら辺のゴミを集め、僕はそれを袋にまとめる。

 全員が荷物をまとめ終え、最後に忘れ物がないかライトで照らして確認する。

 会場の出口には人が溢れて、大きく長い列になっていた。

 僕たちもそれに並ぶ。

「今年の花火凄かったな。感動したわ~」

 里久が早口で言う。

 たしかに、今年はいつもより派手になっていた。

 個人の提供ですら大迫力だった。

 パチンコ屋さん提供の大スターマインは例年通り、金色で特に派手だった。

「イオちゃんどうだった?」

 歩きながら、凛音がイオの顔を覗く。

「え?!あ、とても綺麗でした!」

 二人はニコッと笑いあった。尊い。

 やっと会場から出られた僕たちは、暗い道を歩く。

 耳を澄ますと、虫の鳴き声が、近くの茂みから聞こえる。

「お前、こういう虫の鳴き声とか好きそうだよな」

「うん、好きだよ」

 僕の趣味が里久に全部バレているみたいだ。

 歩いていると、道の途中にあるコンビニが、明るく光っているのを見つける。

「あ、俺ちょっとトイレ行ってくるわ」

「私も行ってくる!二人は?」

「僕は大丈夫だよ」

「私も平気です」

 里久と凛音はコンビニの中へ入ると、一目散にトイレの方に駆け込み、残った僕らは外で待つ。

「ご主人様、今日は誘ってくれてありがとうございました」

 イオは満足した表情で僕に言う。

 僕だってイオに来てもらえて嬉しい。

「来年も行こうか」

「はい!」

 元気に返事をすると、嬉しそうに体が小さく跳ねた。

「お待たせ」

 横を向くと、里久と凛音が立っていた。

「早いね二人共」

「ああ、まあな。行こうぜ」

 コンビニの駐車場を出て、僕たちは再び夜道を歩いて家へ向かう。

 暗く少し不気味で、でも星が見える、そんな夜道だ。

 T字路に差し掛かると、里久が僕らの方を向く。

「俺らこっちから行った方が近いから」

「あ、じゃあここで別れよ」

「じゃあね、イオちゃん」

「はい、りんね様」

「様…?」

 凛音は首を傾げ、里久も不思議そうに見ている。

 もしかして、僕の友達のだから凛音にも様づけしちゃうのかもしれない。

 ちょっとずつ日汗が流れ始める。

「あ、えっと……」

 どう言い訳しようと凛音を見ると、「ま、いっか」と、里久と一緒に手を振って、歩き去った。

 僕は胸を撫で下すと、二人の背中を見送って、また歩き始める。

 本人たちは否定してるけど、あの二人は傍から見れば、付き合ってるようなオーラを感じる。

「どの辺でコスモス呼ぼうか」

 星を見ながらきく。

「あ、私もコスモス呼べるので、一人で人目のつかない所に行きます」

「そうは言っても一人じゃ危ないよ」

 コスモスや装甲車を呼ぶとなると、街灯が少ないところに行かなくちゃいけない。

 暗いところだと、色んな意味で危険な目にあうかもしれない。

 どうしようか悩みながら歩いて、近くに暗い裏路地と自動販売機がある道に出た。

 突然、大柄の男が一人と小柄お男が二人、裏路地から出て来た。

「ねぇ、ちょっといいか?というか来い」

 僕とイオは驚いて固まっている間に、裏路地へ連れていかれた。

 暗すぎて、三人とイオの影しか見えない。

 大柄の男が顔を近づけて言う。

「お金とかあったら出してくれないかな。何もしないからさ」

 お金!?まさか、アニメや漫画でよくある、カツアゲ!?。

 でも、僕はお金は会場でほぼ使って、残りは四十六円しかない。

「すいません、持ってないです・・・」

 僕は、恐怖で出ない声を無理矢理絞り出す。

 すると、男がいきなり胸倉をつかみ、壁に押し付け、僕は背中を強打した。

「ぐっ……」

「出せって言ってんの!」

 男の怒鳴り声に、恐怖を通り越した僕は、右手と右足を出して、平手で相手のお腹を思いっきり押した。

 不意打ちで溝に入れられた男は、お腹を抱え、うずくまる。

 小柄の男が「このガキ!」と僕に殴りかかり、僕は思わず手を顔の前に出してガードする。

 でも、拳は来なかった。

「いてぇっ!」

 男の腕を掴む影。イオだ。

「ご主人様に危害を及ぼす者と判断しました」

 気のせいだろうか、緑色のはずの瞳が紅く見える。

 イオは、痛がる小柄の男を、地面に叩きつけた。

 小柄の男は、あまりにも痛かったのか、地面に横になったまま起き上がろうとしない。

 今度はもう一人の小柄の男が胸元から何か取り出し、イオの背後を取ろうとする。

 男の手元が一瞬光る。

「ナイフだ!イオ!」

 僕がイオの方へ動く前に、イオは手を前に出し、男の顔に平手を食らわせた。

 三人の男が全員倒れている。

 逃げる時間を稼ぐことが出来たと思った僕は、すぐにイオの手を握る。

「逃げるよ!」

「は、はい」

 イオの手を引いて走り、裏路地から大通りに飛び出すと、横からトラックが来ていた。

「うわっ!!!」

 すぐそこまで来ているトラックにもう駄目だと、目を瞑った。

 でも、僕の身体は浮き、目を少し開けると、街の家の屋根が見えた。

 と思ったら今度は急に落ちた。

「うわあぁぁぁぁぁぁ!!!」

 心臓が浮くような感じがして、一瞬で冷や汗をかく。

 どこか家より高いところに優しく着地した。

「大丈夫ですか?ご主人様」

 イオが僕の顔を心配そうに覗き、僕はハッとして、この状況を確認する。

 この体勢、この感触、イオの顔の位置、間違いない。

 僕…イオにお姫様抱っこされてる。

 いや、これ男女逆!!

「だ、大丈夫。ありがとう」

 そう言うと、安心したのか、イオの表情が柔らかくなる。

「それでは、このまま家に送りますね」

「うん…え?」

 イオは家の屋根から屋根へ走って飛び越える。

 某遊園地のアトラクション並みに怖い。

「降ろしてえぇぇ」

 あ、でもちょっと夜景きれい。

 やっと家に着いたのか、地面に降りる。

「着きました」

 そう言って、僕を降ろしてくれた。

 なんとか平静を装ってお礼を言おうとすると、イオは先に「お休みなさい、ご主人様」と言いながら深々とお辞儀をして、振り返り、また屋根から屋根へ飛び移る。

 誰も見てないといいけれど…

 僕の心臓はまだ落ち着かず、ドキドキし続けている。

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