片側だけで六つの動輪がある、見たことの無いほど巨大な蒸気機関車だ。
煙室ドアには、プレートの代わりに二つの八角形の板が横に並んで付いていて、その下に大きなスカートがある。
おかしいのは、機関車と炭水車の後ろだ。
車両の左右と屋根の上に戦艦大和であるような三連装主砲に似たものが付いている車両が連結されているのだ。
いわゆる、戦闘車両的な何かだ。
その次につながれている客車は、前後が外に出られる展望デッキになっていて、どうやって乗り降りするのか疑問に思った。
戦闘車両と展望車以外は、こげ茶色の昔ながらの客車で、最後尾にはこれまた巨大な青い電気機関車が繋がれている。
この異常な状況にもかかわらず、胸の奥から込み上げるものがあった。
そう、僕は鉄道にも興味があるのだ。
こんな変なところにある列車で、しかも人の気配が全くない。
このチャンスを逃すまいと、僕はその奇妙な列車に近づいた。
まず先に、地面にしゃがみ込み、車両の下を覗いた。
「これは……」
見たことの無い機器が客車下に密集していて、それでいてコンパクトだった。
実際に台車に触ってみたりもした。
この列車は、僕らが普段乗るような電車よりも遥かに大きい。
ふと顔を上げると、蒸気機関車の煙突から煙が出ているのに気付いた。
誰かいるのかもしれないと、列車から離れようとすると、客車の扉がプシュッと開き、梯子が下りてきた。
その音と動きに、思わず体がビクッとはねた。
それから僕の身体はピクリとも動かず、時間だけが流れる。
この列車はまるで「乗れ」と言っているかのように、扉を開けっぱなしにしている。
いつまでもこうしていても埒が明かないので、若干怯えながら、乗ることにした。
「お邪魔します……」
車内に入った僕は、ボソッと言いながらお辞儀をした。
中を見渡すと、見たことのある普通の客車だったが、照明がついていないから少し不気味だ。
戦闘車両の方へ向かったが、戦闘車両の中は以外にも狭い通路のみでそれ以外は何も無かった。
張りぼてとも思ったけど、それにしては出来過ぎていて、どう見ても本物だった。
戦闘車両の先には、窓のない分厚い扉があり、それを開けると、今度は黒く窓のない扉が姿を現した。
それに触れようとすると、自動で開き、扉の向こうにはアニメやSF映画なんかである、薄暗い戦闘指揮所にあった。
デスクやシート、タッチパネルなどが左右均等に配置されていて、それらを見渡せるように扉の近くにもシートがある。
奥の中央には大画面、横にも大きめの画面があり、見たことのない文字が表示されている。
その部屋に足を踏み入れると、それまで薄暗かった部屋が一気に明るくなり、壁は白く、所々に青白い小さな光が見えた。
僕は驚いて「だ、誰かいますか!?」と叫んだ。
その声に反応するかのように、横の画面が光り、色々な単語が表示された。
僕は中へと進み、なんの単語が表示されいるのか確認した。
でも、それらは僕には読めなかった。
ただ、沢山の何語か分からない単語の中で、一つだけ文字の色が濃くなり、その単語だけ僕は読むことができた。
その単語は「日本語」だった。
「何で日本語が…?」なんて疑問に思っている暇もなく、周りのモニターに表示されている文字が次々と日本語に置き換わっていく。
混乱と恐怖が僕の頭をグルグルと回転していて、辺りを見回すと、今度は中央の画面が光り出し、どこからか、落ち着いた雰囲気のした女の子の声が聞こえた。
「初めまして、私の名前はコスモス。貴方を所有者(マスター)として登録し、歓迎します」
コスモス?何を言っているのか、そもそも声の主が誰なのかも分からない。
「君は誰?どこにいるの?」
「私は戦略次元走行列車『コスモス』。貴方の列車です、マスター」
なんだ、列車かぁ…列車!?
うん、え?列車…?
列車が、僕に話しかけてる…?
そんなことは、当然すぐに受け入れることなんて出来ない。
でも、だからと言ってこのまま疑ってても話は始まらない。
「貴女は本当に……列車なんですか?」
「はい、マスター」
「じゃあ…この世界は何?次元走行列車って一体…」
「この世界は、マスターがここに来る一週間ほど前に滅びました。原因は不明です。元々は、科学技術が発展した世界で、特に異世界への渡航技術が最も成長していました。その渡航用の手段として、私たちの様な次元走行列車が発明されました。それからしばらくして、単なる移動手段から所有者の娯楽の手段としての機能も追加され、様々な次元走行列車が生産、異世界に輸出もされていました。滅んだ後もこの工場の作業用機械は私を最後に生産し、システム類や各機器などを装備したのち機能を停止しました。私も所有者登録がされていなかったため機能を停止していましたが、私に接近する生命反応を感知して起動しました」
話し終えたコスモスを見て、深く、体の奥から息を吐き出した。
そして頭の中を整理して、やっと理解する。
「僕は本当に、異世界に来たんだ」
今更そのことを実感すると同時に、どこかホッとしている自分がいた。
「ちょっと待って、本当に君が異世界に行ける列車だとしたら、僕の世界にも行けるってこと…?」
「可能です。私は、貴方の命令に従います。どうしますか?」
「帰れる」という事実で更にホッとしたからなのか、僕は元いた世界に帰りたいという気持ちよりも、この世界を見て回りたいという好奇心が上回った。
「じゃ、じゃあ、この世界を見て回りたいんだ。僕を連れて行って、コスモス…さん?」
「かしこまりました。初期設定を開始し、終わり次第発車します」
「うん、お願い」
「それとマスター」
「はい?」
「コスモスとお呼びください」
「あ、はい」
部屋中のモニターに文字がビッシリと表示され、次々と処理されていく。
しばらくすると、中央の画面の文字が引っ込み、白い円が表示された。
その円に重なるように光がグルグル回り、イルミネーションみたいになっている。
「初期設定完了。自己診断プログラム……起動。スキャン開始。圧縮機関圧力上昇完了。同調率80%。各種装備……異常なし。発車準備完了。コスモス、発車します」とコスモスは何かを確認すると、勝手に前の座席にあるレバーが手前に倒れた。
高すぎず、低すぎない、これこそが蒸気機関車の象徴だといえるぐらいの長く力強い汽笛が鳴り響いた。
初めて聞く機関車としてのコスモスの声を聴くと、中央の画面の円は消えて外の様子が映し出された。
コスモスは建物から庭へとゆっくり進んでいた。
やがて、地上のレールから離れ宙を走り始めた。
「自動軌道発生装置…正常に作動中。前進強速。」
「凄い・・・飛んでる」
不思議と、揺れはあまりなかった。
「マスター。生産車両にて、アシスタントヒューマノイドの作成を開始してもよろしいですか?」
「生産車って?」
「必要な物資を生産する車両です」と淡々とコスモスは答えた。
「じゃあ……そのアシスタントヒューマノイドって?」
「はい。私達のような列車では行えない細かい作業や、マスターの警護などの多目的用に、作成及び配備されるのです」
説明している間、中央の画面に人のイラストが映り、解りやすく説明してくれた。
「なるほど、ようするに人造人間ってこと?」
「厳密には少し異なりますが、そうです。ほぼ生体部で構成され、見た目は人ですが骨格は頑丈、身体能力は非常に高く、物覚えも良いです」
それ完全に主より強いのでは?と内心突っ込む。
とはいえ、この列車に、僕一人だけなのも淋しい気がする。
「……分かったよ、じゃあお願い、コスモス」
「かしこまりました。着せる衣類のデザインは自動選択でよろしいですか?」
どういう子なのか分からない以上、ここはコスモスに任せるべきだろうか。
「お願い、コスモス」
「かしこまりました」
中央の画面は外の景色を再び映し出し、他の小さな画面に視線を移すと、やはり列車の周りの景色が映っていたが、あまり実感がわかなかった僕は、この列車の一号車(戦闘列車の次)は前後が外に出られる展望デッキになっていることを思い出した。
「ちょっと後ろの車両に……行くね。展望デッキに出てもいい?」
念のために、コスモスに許可を求めると「お気をつけください」と、僕がそれをするのを快く許してくれた。
さっそく僕は走り、展望デッキのある車両に着き、扉を開けるとビュウーと力強い風が吹き込み、一瞬にして冷や汗が流れ、心臓が大きく跳ねた。
「うわっ、凄い」
一歩ずつ前に出て手すりに掴まり、下を覗くと、かなり高い高度で走っているのか街が小さく見える。
視線を前に、上に、近くへ、遠くへと忙しく移すが、どこを見渡しても動いているものは、僕ら以外に何も無い。
この滅んだ世界には、ただ寂しい風だけが吹いている。
それから数時間、コスモスは世界中を回ってくれたが、どこも同じような状態だった。
この世界にあるのは、住人を佇んで待っている建物と、道にまばらに置かれた乗り物、墜落したのか、或いは放置されたのか、道路に横たわったコスモスと同じ次元走行列車だけだった。
この世界に希望なんてないのを理解した僕は、展望デッキからあの戦闘指揮所に戻った。
「もういいよ、コスモス。この世界を見て回るのは、もういい。僕の世界へ向かって」
「かしこまりました、マスター。地球へ向かいます」
そう言うと空に丸い穴がぽっかりとあいて、コスモスはその穴に入る。
穴の中は、上下左右が水色を基調とした、鮮やかな世界がひろがっていた。
「ここは…?」
「ここは、世界と世界の間の超空間です」
「超空間」
「はい。隣接する異世界と異世界にある、遠いけど近い空間、様々な世界をつなぐ隙間です。私たち次元走行列車はその空間を走るのです」
「凄く、綺麗…」
難しいことはよく分からない。
ただ、この空間の色鮮やかさが、今まで見てきたものよりも、鮮明に目に焼き付いたぼは確かだ。
モニター越しに見て、心の中で静かな曲を流す。
本当に、綺麗だ。
この空間に見とれていると突然、ピロン♪と音が鳴る。
「あと23分で到着します」
「早い………あっ!もう暗くなってるかなぁ」
「問題ありません。私は時間も超えることが出来ます。マスターが来た時間さえお教えいただければすぐに修正します」
「え!?」
あまりにも現実味の無い話に頭は一瞬理解を拒むが、そもそも異世界に来ている時点で今更かと無理矢理にでも理解させ、僕はあの異世界へ行った時の時間をコスモに伝えた。
世界から世界、過去から未来、まるでバスか通勤電車のように簡単に行けるなんて、夢のようだと思った。
コスモスの運転は、全自動で行われているため、10分間何もすることのない僕は、部屋の真ん中の椅子に腰かけた。
あらゆるメーターが機械的に動いている。
「もうすぐ、世界に入ります」
その声でモニターに目をやると、また列車の前に穴が開き、コスモスは超空間から抜ける。
どこに行くのか訊ねられ、僕は「母さんの実家の近くの山で降ろして」とお願いした。
コスモスは山のひらけた所に着地をすると、ガタガタガタゴトン、ギュウゥゥ、ギュウゥゥゥゥゥ、ガタンッと停まる音がした。
列車から降りると、向こうの世界でだいぶ過ごしたはずなのに、あの穴に入った時と同じ位置に太陽はあった。
僕は振り返って「またね」と手を振ると、ボッ!と返事をするかのように短く汽笛を鳴らしてくれた。
そしてドアを閉め、汽笛と共に走り去り、僕はそれを見送った。
親戚の家に帰ると、僕はすっかり疲れ果て、まだ昼間なのに縁側でゴロゴロしながら、外の山や空を見つめて、やがて浅い夢の世界に入っていた。
その日の夜、僕ら家族の並んだ布団の上で、スマホのホーム画面に映る、虹の橋の上を走るSLのアイコンを見つめていた。
実は降りる前に、コスモスが僕の携帯にアプリをインストールしたのだ。
そのアプリは、コスモスをいつでもどこでも呼び出したり、離れたところから命令が出来るらしい。
「今度使おうかな……」
「何独りごと言ってるの?」
お風呂を上がった母さんがいきなりスマホを覗いてきて、とっさに画面を隠いた。
「な、何でもないよ」
「明日は帰る日だから、早く寝なきゃね」
相変わらず、僕の母さんは若く見える……。
「じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ」と母さんは部屋の明かりを消し、隣の部屋へ移った。
僕はスマホを枕元に置いて目を瞑った。