コスモス 第三話「人造少女」

 朝、カーテンの隙間から差し込む光が顔に当たり、目が覚めた。

 耳を澄ますと、外から小鳥のさえずりが聞こえ、心が澄んだような気分になった。

 僕はあくびをしながら床に足をつき、ベッドを降りて、掛布団を整えた。

 力が入らない手でカーテンを開けると、窓の外には青空と雲が幻想的に輝いていた。

 こういう日の朝は、心地良く、ふわふわするような気がする。

 さて、と僕はその景色を後にし、ふらつきながら階段を降りて台所へ行く。

 母さんは先に起きていて、朝ごはんを作っている最中だった。

「おはよ、慶介。ちょっと待っててね。もうすぐ朝ごはん作り終わるから」

 朝だからか、母さんの声がいつもより優しく聞こえる。

「うん、おはよう。母さん」

 僕はダイニングチェアに座り、包丁でトントントンと何かを切っている母さんの後ろ姿をボーッと見つめる。

 テーブルには、みそ汁、野菜、煮物などのおかずが並んでいた。

 あとは、母さんが今切ってる何かと、ご飯を並べるだけだ。

「ご飯は僕がやるよ」

 僕は立ち上がって、母さんの右隣に行く。

「ありがとね」

「うん」

 炊飯器の蓋を開け、お茶碗としゃもじを取って、ご飯を掬う。

 ちらっと母さんの方を見ると、喉と左手首の傷が見えた。 

 なんでも、母さんが僕ぐらいの年に、父さんを助けた時についたらしい。

「父さんも、もう起きてくるかな」

「そうね、よそってあげて」 

 僕は三人分のご飯を、テーブルに運んだ。

 テーブルにご飯を置いていると、二階から人が降りてくる音がした。

「おはよう。あ、慶介はちゃんと早起きしてるんだね」

「おはよう、父さん」

「おはよ!アナタ」

 いっそう明るい母さんの声で、台所は一気にほのぼのとした雰囲気になる。

 母さんがきゅうりや大根の漬物が乗ったお皿ををテーブルに置いて、父さんはお箸を配っている。

「いただきます」

 三人の声が揃ったと思ったら、今度はカツカツとお箸が食器に当たる音がする。

 あの日、コスモスと出会った日から二日、一度も呼び出していなかった。

 今日はコスモスに会おうと思い、僕は早めににご飯を食べ終える。

 使った食器を流しに持って行き、汚れを洗い落していると、後ろで母さんが言った。

「慶ちゃん、今日は私もお父さんも帰りが遅くなりそうだから、先にご飯食べてて。夕飯は冷蔵庫の中に置いておくから。」

「ごめんね、最近仕事が忙しくなっちゃって」と父さんも言う

「ううん、いいよ。・・・・僕もこれから友達のとこに行ってくる」

 食器を洗い終えたら、次は着替えて、歯を磨く。

「行ってきます」

 仕事に行く両親より先に家を出る。

 朝なのにもう日差しが熱い。

 人気がなく死角の多い公園に足早で向かって、そこで携帯のアプリを開くと「通信します」と表示された。

「コスモスです。何か御用ですか、マスター」

「あ、えっと。その……目立たないようにコスモスに乗りたいんだ」

「分かりました。装甲車を送りますからそれに乗ってください」

「あ~装甲車か……って装甲車!?」

「はい、もう送りますね」

 装甲車というワードにビックリしたけど、それ以上に装甲車を積んでいることに当惑した。

 そして近くの道路に、この前のトンネルが道路に出現して、装甲車らしき車が出て来たことで困惑した。

 装甲車に近づき小さな窓を覗くと、運転席には誰も乗っていなかった。

 少しゾッとして固まっていると、ドアがひとりでに開き、勢いで車に乗る。

 装甲車の中は硬そうな座席が四つ、真ん中には大きな台、天井にはハッチ、後ろにかなり大きな荷物が置けそうなスペース、ハンドルの周りには沢山のスイッチがあった。

 ドアを閉めると、ハンドルとアクセルが勝手に動き、トンネルへ戻る。

 トンネルの中は、やはり水色を基調とした世界が広がっていて、コスモスが停車していた。

 あっという間にコスモスの横に着き、客車が縦に割れると、車はその中に入った。

 多分ここは、格納車だ。

「ありがとう」

 僕は車にお礼を言って降りると、戦闘指揮所へ向かう。

 車内は、僕の暑い街と違ってとても丁度いい温度だ。

「おはようございます、マスター」

「おはよう、コスモス」

 部屋に入ってすぐにどこからか、声が聞こえ、挨拶を交わした。

「今日はコスモスについてもっと知りたいから、列車を中から見ていこうと思う」

「分かりました。それと、先日報告した通り、生産車にてアシスタントヒューマノイドが一体生成を完了しています」

「うん、じゃあ、見て回りながら確認するよ。ありがとう」

「どうぞ、ごゆっくり」

 僕は指令室でコスモスに見送られ、列車の中の探検を始めた。

 戦闘車両のすぐ後ろに繋がれている展望デッキのある一号車の内装は、普通のボックスシートと網棚があるシンプルなデザインで、見た目は昔の車両そのままだった。

 それからしばらく歩いて、普通車、ラウンジカー、食堂車、お風呂搭載車、主人専用個室、客室、医務室と、本当に列車なのか疑いたくなるほど、コスモスの設備は、生活するのに十分なほど揃っていることが分かった。

 そして最も驚いたのが、次の車両、ある程度なら何でも作れる生産車。

 もしかしなくても、この列車はチートだ。

 アシスタントヒューマノイドがどんなものなのか確かめるために、胸を弾ませながら僕は生産車に入る扉を開けた。

 生産車の中は、右を見ても、左を見ても、動いていないメーターや機械だらけで、使用される前の小さな工場のようにも見えたけど、それよりも目を引くものがこの車両の中央にあった。

 それは、縦に長い円筒形の水槽の中に、衣類を何も身に着けていない少女が眠っているというものだった。

 僕はゆっくりと水槽に近づき、手で触れてみる。

 すると、水槽は一瞬光り、中の水が抜けだした。

 僕は驚いて、後ろへ何歩か後ずさりしてしまった。

 そして、ガラスが下がると同時に少女はその場に倒れた。

「あの、大丈夫?」と声をかけると、少女は起き上がり、ゆっくりと目を開け、こちらを見る。

 輝くほど白い肌、緑色の瞳、白い髪には水が滴っている。

 僕がそっと近づくと、少女はぼーっとした表情で、弱々しい声を発した。

「うぅ……あ…?」

「や、やあ。えっと…こんにちは」

 とっさに思いついた挨拶をしてみた。

 けれど、少女は何も答えなかった。

「この子、言葉が話せないの?」

「はい、まだ言語についての情報を取得していませんので、教えるしかありません。ただ飲み込みが早いため、すぐに会話できるようになりますよ。私もお手伝いします、マスター」

「そっか、ありがとう、コスモス」

 とはいえ、まず何をすればいいのか分からない僕は、何をするわけでもなくただ固まっていると、少女はヨロヨロと立ち上がり、歩こうと片足を前に出した。

 次の瞬間、彼女はバランスを崩してしまい、僕はとっさに肩を掴んでゆっくりと床に座らせた。

 とりあえず僕の薄い黒い上着と、近くに置いてあった大きめのタオルを少女の身体に被せる。

「ねぇコスモス、この子の服を作ってあげて」

「分かりました。衣類のデザインは自動選択でよろしいですか?」

 女の子の服……どういうのがいいのか全く分からない。

 ここはコスモスに任せるべきだろうか。

「……うん、お願い」

 僕の返事を確認すると、近くの機械が次々と動き出した。

 服が完成するまで時間がかかりそうなので、歩く練習を兼ねて少女をラウンジカーまで手をひいて歩く。

 少女は、歩くスピードはゆっくりで、姿勢も不安定だったけど、僕が歩き方を頑張って教えると、すぐに覚えてくれて、段々手をひかなくても歩けるようになっていった。

 ヨロヨロとしつつも、一両、また一両と車両から車両へ移動し、少女は時々、窓の外を気にしていたように思えた。

 それを繰り返し、ついにはラウンジカーに着くことができ、疲れた僕たちは一息ついた。

「お疲れさま。一旦座ろうか」

「あう……」

 僕は少女をフカフカのソファーに座らせると、すぐに早歩きで車両の隅へ行き、小声でコスモスを呼んだ。

「コスモス、ちょっといい?」

「はい、マスター」

「あの女の子に名前って……」

「ありません。マスター自身がつけられてはいかがでしょう?」

「えぇ!?」 

 女の子に名前を付けたことがない僕には、難題だった。

 かといって、少女や女の子と呼ぶのも変だ。

 「お願いコスモス、名前つけるの手伝って。僕、女の子に名前とつけたこと無いんだ」

 「全力にて承ります。女の子の名前にピッタリなものを、いくつか検索します」

 僕は頭をフル回転させ、五十音順に思いつく限りの名前を口にしてみた。

 コスモスと相談し、色々と名前の案を出すこと数分、少女の名前は「イオ」と決まった。

 やっと決まった、と思ったら後ろから「んう…?」という声がする。

 ビックリして振り返ると、イオが立っていた。

 僕はイオに近づき、名前を教える。

「今日から君の名前は、イオだよ。」

「うお……?」

「イオだよ」

「いー…おー?」

「そうだよ、イオ」

 僕が微笑んで頷くと、イオは僕の真似をするように、微笑み返してくれた。

 その笑顔は純粋そのもので、可愛いと思ったけれど、どこか作り笑いの様にも見えた。

 突然、ピロン♪という音がすると、イオは驚いて僕の背中に隠れた。

「コスモス、イオがビックリしちゃってるよ」

「申し訳ありません。マスター、衣類の生産が完了しました」

「え?ああ、分かった、ありがとう」

 僕はイオの方を向き「こっちおいで」と手をひいた。

「あう……?」

 さっきと同じ要領で、僕たちは隣の車両に移り、イオをお客さん用の個室に連れて行き、部屋の中のベッドに座らせた。

「ここで待っててね」

 僕は生産車両の方へ衣服を取りに行った。

 生産車両に着くと、紺色の衣類が入った紙袋が置いてあり、すぐさまイオのいる部屋へ戻った。

「はいイオ、この中の服を着て」

「う…?」

 まだ僕の言葉が分からないようで、イオは首を傾げた。

 僕は袋を床に置いて、まだシワひとつ無い新品でサラサラした紺色の服や白いブラウスを取り出し、広げて着る仕草をする。

 大げさなくらいに、出来るだけ分かりやすくしようと夢中でそれをしていて、おそらくブラウスに着けるであろう細長い黒いリボンも入っていたため、蝶々結びを教え、他に何かないかと袋の中に手を入れる。

 「他に何か……ん?これは?」

 袋から、新品の白い下着を出してしまい、すぐに腕に抱えていた服と一緒に袋に戻した。

 チラッとイオを見上げると、理解したような表情で紙袋を持ち上げ、身に着けていた僕の服とタオルをベッドに置き、服を着ようとしだした。

「あ…着たら呼んで!」 と焦った僕は目を瞑って急いで部屋を出た。

 廊下で窓の外を眺めながらイオを待っていると、着替えに手こずっているみたいで、部屋の中からガタガタドタンという音がする。

「大丈夫かな……」

 しばらくすると音がしなくなり、静かになった。

 心配になり、ドアに耳を当てると、ゴソゴソしているのが聞こえ、どうやら落ち着いたみたいだ。

「さて、これからどうしようかな」

 溜息をつきながら、窓の方に視線を戻して呟く。

 相変わらず水色の世界、この列車には僕とイオの二人。

 まるで、僕らだけが取り残されたみたいだ。

 そろそろ着替え終わったのか、後ろから足音が聞こえた。

 ガチャッという音で振り返ると、着替え終わったイオがドアを開けて出て来た。

 僕は、服を着たイオに一瞬で見惚れた。

 紺色の生地に銀のボタンが付いている制服、その下のブラウスの襟には、教えた通り黒いリボンが蝶々結びで結ばれていて、下半身は膝までかかるスカートを履いていている。

 視線を落とすと、イオの手には女性の車掌さんとかが被る帽子を握っていることに気づいた。

 僕は、その帽子を手渡してもらい、イオの頭に被せてみると、小さな車掌さんみたいだなと思った。

「とっても似合ってるよ」と言うと、イオはニコッと笑って返してくれた。

LINEで送る
Pocket

 
No tags for this post.