コスモス 第二十話「二人は僕が守る」

 僕とイオはコスモスで朝食を食べて、身支度を整えてからハンザの家に来ていた。

 建物の外にはベンチがあって、ハンザと二人で座った。

 暖かく湿った風が優しく頬を撫でている。

 青く澄み渡った空に浮かぶ白い雲は緑色の山々に影を落としている。

 平和な景色だった。

「今日はどうするつもり?」とハンザはゆっくりと口を開き訊いてきた。

「今日はコスモスに乗って遠くの方で情報探してみるつもり。それが終わったら……この世界を出て行こうと思う」

「そっか……ごめん。こんな事になって」

「気にしないでよ。僕もイオもここにこれて良かったって、そう思ってるんだから」

「ありがとう、慶介」

 僕は視線をイオに移した。

 彼女は空をヒラヒラと舞う蝶を追いかけている。

 そういえば、イシカの姿が見当たらない。

「イシカは?」

「昨日の事で、部屋に閉じこもってる」

 やっぱりそうか……。

 僕でもあの光景はまだ脳裏によぎるし、恐怖も悲しみもまだ覚えている。

 あの年の女の子ならなおさらだと思う。

 やっぱり………。

「許せないな」

「慶介は気にせずにここを旅立つといいよ。……これは僕達の問題だ。大丈夫、何とかなるさ」

 ハンザはそう言って、乾いた笑顔を浮かべた。

 その姿は本当に辛そうだった。

 何か力に慣れたらいいのに……。そう願っても、僕にはどうすることも出来ない。

 会話が途切れて、気まずい沈黙が続いた。

 その沈黙を破ったのは、どこから聞こえてくる聴いたことのない音だった。

「ご主人様、何か来ます!」

 イオは草の上を走って僕達に近づくと、一番低い山を指さした。

 目を凝らしてその方向を見つめた。そこには何やら影があった。

 黒い……車?

 車輪はないが、その流線形の乗り物はどう見ても車だった。

 土ぼこりをあげ、あっという間に、はっきりと姿形が分かるほどに接近していた。

 それはハンザの家の目の前に停まった。

 車のような乗り物からは、5人の赤紫色の服を着た男たちと、黒い服を着た1人の男が降りて来た。

 ハンザ達の服とは違って襟が付いていて、どちらかというと、僕の世界であったスーツによく似ている。

 黒い服の人は、たぶん偉い人。その後ろで静かに立っている5人の人は護衛か部下なんだうな。

 黒い服の人は僕らを見つけると、歩み寄ってきてコスモスを指さした。

「君たち、あの細長い船の持ち主を知らないか」

「コスモスは僕の列車ですけど……」

 隠してもしょうがないと思い、素直に答えた。

「あの、あなた方は?」

 僕の質問に彼はこう答えた。

「我々は特別総合防衛会社SAMAELの者だ」と名乗った。

 正直、企業名を言われてもさっぱり分からないんだけどな……。

「例の企業だ」とハンザが耳打ちをした。

 例の企業──表向きは世界を守る防衛会社。しかし裏では罪のない人々を殺戮している組織。

 この人たちが、街の人を…!

「君がこの間の街襲撃事件の犯人であるとの容疑がかかている。あの船を操り、人々を襲ったとな」

「そんな!!」眼の前の男から発せられた存外な言葉に、ハンザが声を挙げる。

「変な船が来て、街を襲ったんだ!慶介はただ街を救うためにその船に攻撃しただけで……。あれはお前たちの仕業だな!!」

「………こちらの記録ではそこの少年の船が暴走した、と書いてある。話は尋問室で訊こう」

 どういうわけか、事実が塗り替えられてるようだ。

「それがお前たちのやり方か!?そもそも、警察でもないのになんで連行するんだ!?」

 困惑して一言も発せないでいる僕の代わりに、ハンザが叫んだ。

「この世界を防衛する者として、脅威となり得るものは排除する。当然のことだ。抵抗するなら、こちらも容赦はしない。この場で射殺する」

 黒い服を着た人が片手を上げると、今まで無言で後ろに立っていた部下達は、胸元から銃を取り出して構えた。

「下がってください、ご主人様!!」

 瞳を紅くしたイオは、僕の前に出て姿勢を低く構えて応戦体勢に入った。

 その姿に、相手は一瞬だけ怯んだ。

 僕はイオの腕を抑えた。

「ううん、いいよ、イオ。この人たちについて行く」

 ここはハンザの家だ。中にはご両親もイシカもいる。ハンザたちを危険な目に遇わせるわけにはいかない。

 それに、この人たちの目的も気になる。

「僕とイオが行けばいいですね?」

「後部座席に乗れ」

 男はぶっきら棒に返した。

 結局、僕とイオは目隠しをされ、黒い乗り物に乗せられると一時間ほど揺られた。

 

私とご主人様は、何やら特別そうな部屋──コスモスでいう主人専用室のような部屋──の前に連れて行かれました。

「お連れしました。例の二人です」

 黒い服を着た人間が、扉の前で声をかけました。

「入れ」

 扉の向こうからの返答が聞こえると、黒い服を着た人間は扉を開けて、ご主人様と私に中に入るように言いました。

 部屋の中は、壁一面に金や銀の額縁に収まった絵画の数々で飾られていて、床は紫色と赤色が交互に配色されています。

 人間の美的感覚を未だ理解していない私にとっても、なんだか居心地が悪く感じる部屋でした。

 そしてその部屋の奥の席に、ベージュの色をした服を着た、年をそこそことっていらっしゃる男の人が腰掛けていました。

「何かありましたらお呼びください」

「ご苦労」

 黒い服を着た男の人は出入り口から出ていってしまいました。

「君、名前は何というのかな?」

 男の人は口を開きました。

「先に名乗るべきでは?」

「これは失礼。私は特別総合防衛会社SAMAEL社長、マルム・ミューゼックだ」

「……天野慶介です」

「さっそくだが、今日は慶介君に話があって来てもらったんだ」

「僕は街を襲撃なんてしていませんよ」

「……あぁ、私の部下から聞いたのか。安心したまえ。あれは会社が雇った盗賊にやらせたものだ」

「やらせた?一体何のために……?」

「簡単だよ。我々が彼らから街を守れば、会社への信頼が高まるというものさ」

「そんな……」

 ご主人様は言葉を失っているようでした。

「それより、我々の計画とは裏腹に、盗賊共の船がとある戦闘列車に蹴散らされたわけだが……。君があの戦闘列車の所有者(マスター)だね?そしてその隣にいる少女が列車に作られた人形か」

 ”戦闘列車”それはコスモスの事を指しているというのはすぐ分かりました。じゃあ、その列車に作られた人形というのは、おそらく私でしょう。

「コスモスを知っているんですか?」と訊ねるご主人様。

「これでも異世界の情報は多少仕入れることにしていてね。列車型の次元航行船を建造、運用している変わった世界があるのは知っていた。”次元走行列車”という名称だったか。実際にこの目で見たのは十数年前だ。君はそこの世界出身なのかね?」

「いえ、僕は地球から来ました。コスモスは訳あって…」

「そうか。君のあの列車は見た目こそ古臭い形状の車両だが、中はおそらく、最新鋭なのだろう。そして…」

 男の人は私に視線を移すと、舐め回すように眺めました。

「中々見事な作りだ。人間にしか見えない。君の戦闘列車と、そこにいる人形をぜひ私に譲ってはくれないだろうか?その代わり、欲しいものは何でも、いくらでも与えよう。金も家も人も名声も、君のものだ。だから私に譲ってはくれないか?」

「コスモスとイオを、ですか?」

「そうだ。あれは子供の持つようなものではない。ましてや使い余すだろう。悪い条件ではないはずだ。私は君になんでも提供できるのだから」

 私は俯いてしまいました。ずっと忘れていたんです。私とコスモスはただの道具だということを。私達をどうするかは、全てご主人様次第。彼の決定は絶対で、無視することも拒否することも許されない。ただ命令され、従うだけの存在。持ち主を楽しませ、飽きたら棄てられるだけの存在。人間は欲望にまみれた生き物。欲しい物が手に入ると知れば、私たちは喜んで譲渡されるでしょう。それは当たり前のことなのに、仕方のないことのに……それなのに。

 胸が痛い。

 視界がぼやけ、じわじわと目尻が熱くなるのを感じました。

 分からない……この感情はなに?

 ご主人様の世界が破壊された時と似た感情。胸が締め付けられる感覚。

 これは一体?

 ━━悲しみ?

 私は、ご主人様に捨てられたくない……?

 私は、捨てられることを恐れている……?

 ただのアシスタント・ヒューマノイドが、こんな感情を持つなんて……。

 ああ、でもこの願いはきっと叶わないでしょう。

 ご主人様は人間で、私は道具。

 何も言えずにただ俯きギュッと手を握りしめるだけでした。

 その時でした。

「お断りします」

 はっきりと、堂々と、少しもおくすることなく、ご主人様はそうおっしゃいました。

「何?」

「コスモスも、イオも、僕の大事な家族です。それを兵器や人形というあなたを、僕は信用できません」

「…分かっているのかね?君はとんでもない兵器を所有しているんだぞ」

「二人は兵器なんかじゃありません。僕の家族です」

「家族?馬鹿々々しい…」

「馬鹿々々しくありません。イオは女の子です。お菓子食べて笑って、星や花火を見て感動して、困ってる人を助ける普通の女の子です。人形じゃない!」

「その女の子が、大の男数人で持ち上げらなかった瓦礫を持ち上げたり、建物の二回までジャンプするものか!笑顔を浮かべたって、持ち主である君を喜ばせるためのプログラムにすぎない。君の列車もその人形も、軍用として大いに活用できる大量破壊兵器なのだ。子供一人がどうこうしていい物ではない」

「それでも、貴方には絶対に渡しません。二人は、僕が守ります」

 ご主人様は、いつも私と接する時とは違って、低い声でそうおっしゃいました。その声色は怒気を含んでいました。

「バカな。子供に何ができるというんだね?」

「大切な人を、僕の全てをかけて守ることです」

ご主人様の剣幕に押されて、男の人はそれ以上何も言うことは出来ないようでした。

「失礼します」とご主人様は私の手を引いて、部屋を出て行きました。その手の力は強く握られていて、私は同じくらいの力で握り返しました。 

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