コスモス第2章10話「再開」

「お待ちしておりました」

 指定された場所に着くと、1人の少女が礼儀正しく深々とお辞儀した少女がいた。

「あ、えっと。こんにちは?」

「こんにちは」

 少女が顔を上げると、先日逢ったあの子だった。イオと死闘を繰り広げた時とは違って、今は白と黒を基調としたメイド服を着ている。黒く長い髪は相変わらず後ろで結ってポニーテールにしているけれど、メイドの姿をしているだけで、印象がガラリと変わった。あの時は、血も涙も無い、とにかく怖い暗殺者って感じだったけれど、今は仕事の出来そうな、1人の仕事人という感じだった。年齢は僕とそんなに変わらなさそうなのに、ずっと大人びて見える。

「こちらです」とメイド姿の少女は、柔らかい笑顔を僕らに向けた。

 あの時殺気を発してた女の子が、こんな表情もできるんだな。

 少女は背をこちらに向けて、先導した。僕とイオは彼女の後ろをついていく。

 森の中を進んでいく。森は、なんだか薄暗くて少し不気味に感じた。こんな森には不釣りあいなメイド。異様な空気のように思えた。

 僕は森とか、自然とかそういうのは好きだけれど、この不気味さには押しつぶされるような気がした。

 ふと、イオが僕の服の裾を引っ張る。彼女の顔を見ると、表情は硬く未だ信用しきれていないという感じだ。

 瞳は緑色のままだが、目は鋭く、目の前のメイドを観察し、怪しい動きを見せたらすぐに応戦しようとしているのが見て取れた。

 確かに、先日あんな事された後じゃ簡単に信用できるものではない。だから、何か不審な動きを見せたらすぐに逃げ、コスモスに助けてもらえるように予め2人と決めてある。コスモスはいつでも発車出来るように命令したのだ。イオは僕の左後方に立ち、何があってもすぐに対応できるようにしている。僕も、今道案内してくれているメイド少女とは一定の距離を保っている。

 ただしこの程度の距離では、アシスタント・ヒューマノイドである彼女にはすぐに詰められてしまう。

 そうしてこれから起こり得る全ての事柄に警戒しながらしばらく森を歩いていくと、やがて開けた場所にでた。その光景はハンザの世界のものを思い起こさせるものだった。一つの大きな道のように、木が生えていないところがあった。メイドの少女は立ち止まった。

「私です。ステルスモードを解除してください」

 数秒後、蒸気の噴き出す音がどこからともなく聞こえ、徐々に目の前に影が現れた。

「これが、あのステルス列車………!」

 それまで何もないはずの緑の芝生の上に、堂々とそれはあった。

 水色の車体の蒸気機関車で、煙室扉の真ん中にポツンと大きいヘッドライトがついた、なんというかイメージと異なり可愛らしい車両だった。後ろにはコスモスにもついていた白い戦闘車両と客車が繋げられていた。コスモスとは違って、車体の上半分が白く、下半分が水色に塗装された客車が何両も連結されていた。客車の乗降口の一つが開くと、梯子が出てきて、僕らを迎えるように、機関車がポッポっ!と汽笛を2度鳴らした。

「こちらからご乗車になれます。足元にお気を付けくださいませ」

 少女は礼儀正しく、列車に乗るように促した。

 不安と恐怖はあったけど、僕たちは梯子を掴み、この奇妙な列車に乗り込んだ。内装は、コスモスのものより質素に感じた。

「発令所へご案内します。私についてきてくださいませ」

 少女と僕、イオは3人で車内の廊下を歩いた。左手に窓、右手に個室なのは変わらないらしい。

 連結幌を通ると、機械的な重々しい扉が勝ち構えていた。少女が近づくと、扉は独りでに開いた。僕とイオも彼女に続き、部屋へ入って行く。ここが、発令所……。

 見回してみると出入り口のとことは薄暗く、奥の方は明るくなっている。 

「お二人をお連れしました。凛音様」

 心臓が一回だけ、ドクッと強く波打った。少女の口からあまりにも聞き馴染んだ、でも最近は会うことも話すこともなかった人物の名前が出たのだ。耳を疑った。期待をしないように、たまたま名前が同じだったのだと、決めつけようとした。そうじゃなかったら僕の頭の中は混乱でどうかなると、本能的に分かっているのだ。

「ありがとね、ナナミ」

 もう1人の女の子の声が少女にお礼を口にした。その声は繊細で、可愛らしくて、僕の人生の大半で聞いてきた声だった。声のトーンは少し低いかなとは思ったけど、それでも彼女の声を聞いただけなんのに、無意識に、無自覚に涙を流している僕がいた。

「貴方があの列車のマスターね?ゆっくりとこっちにきて」

 素直に指示に従い、一歩また一歩と踏み出した。目をこすり、はっきりと通された部屋の奥を見る。階段が数段あり、その上に居たのは背もたれの高い上品な椅子に座る1人の女の子だった。彼女は両手を太ももの上に置き、鋭い眼差しで僕を見つめている。

「貴方の名前は?」

「………天野、慶介」

「本当に?」

「うん。本物の天野慶介だよ」

「……幼稚園の時、泣き虫だったあの天野慶介?」

「うん。幼稚園の時にすぐに泣いちゃって、君たちに守られてた天野慶介だよ」

「小学生のころ……捨てられてる子猫が……野良犬に襲われそうになってるのを、泣きながら止めに入った?」

「うん、捨てられた子猫を野良犬から助けようとして、お気に入りの服をボロボロに破かれた天野慶介だよ」

「中学……1年生になってすぐの陸上部の………大会で………レーンを間違えちゃって失格になった?」

「うん、初めての大会で隣のレーン走って失格になった天野慶介だよ」

 女の子の声はどんどん震えていき、涙が頬を伝い、手の甲に落ちている。

「本当に……本当なんだ。夢じゃ……ないんだ」

 ここまで来たら、僕でも理解できる。彼女は本物だ。

 本当に、本当の、本物の……。

「……久しぶり。凛音」

 夏川凛音。

 僕の幼馴染であり、親友の1人。

 お互いに涙を流した。

 溢れてくるそれを袖で拭くものだから、しめぼったくなっている。

「凛音様。こちらをどうぞ」

 ナナミ、と呼ばれた少女はいつのまにか凛音の横に立っており、白いハンカチを手渡した。受け取った凛音は涙を拭くわけでもなく、それで鼻をかんだ。

「よかったぁ……生きててくれて……。イオちゃんも、ほんとに生きててくれてよかったぁ……!」

 いつもの元気も、先程の威圧感もなく、今は純粋に、自分の感情のために泣いている、同い年の女の子の姿が目の前にあった。

「凛音……さん?」

 イオはまだ困惑しているようだった。いや僕も整理が追いつかないけども。

「だから、疑う必要ないっていったやん」

 凛音の後ろから、これまた聞き覚えのある、同い年くらいの男の声がした。

「里久!!!」

「よっ」と前までとなんの変わらない軽いノリで里久は返した。

 まさか、凛音だけじゃなくて里久まで生きていてくれたなんて!

 思いもよらないこの奇跡にまた、涙が溢れた。もうすでに死んでしまったと思っていた友達にこうして会えたことは、僕の人生で一番の幸運だったと思えるほどの出来事だった。

 凛音は立ち上がって、いつもの調子に戻って少女の方に手を向けた。

「紹介するね!この子はナナミ!アシスタント・ヒューマノイドって言う人造人間?らしいんだけど色々助けてくれてるの!」

「ナナミです。よろしくお願いいたします」

 先ほどと同じように、深々とお辞儀をするナナミ。その姿は本物のメイドそのものだった。いや、本物のメイドなんて見たことはない。僕が本物のメイドと思ったのは、ラノベとか漫画とか、アニメで見たもので、それが本物かどうかは分からないけれど、とにかうそれらしいものだった。

「まさか、イオちゃんもナナミと同じ人造人間だったなんてね」

「私もびっくりです。まさか、凛音さんがここにいるなんて……」

 イオは僕の前に出て、凛音に近づいた。

 凛音は立ち上がり、イオを抱きしめた。

「イオちゃんだったんだぁ!」

 凛音は頬に涙を流しながら、イオを強く抱きしめているようだ。イオの方は、まだ困惑しているようで、状況を飲み込めていない。

「俺は加藤里久。よろしくな」

「知ってるよ!いいよここで小ボケ挟まなくて!!」

 堂々と、さも初対面の人のように装い、「よろしくな!」と片手をあげて自己紹介する加藤里久にすかさずツッコミを入れる。

「そしてもう一人、私たちを助けてくれてるのがこの子!アジサイ!」

 イオを離し、今度は両手を広げて得意げに紹介する凛音。

 何となく察しはついていた。この列車こそが、僕たちが再開出来た理由。この列車もコスモスと同じようなものなら、当然意思を持っていることになるのだ。

 僕は彼女?彼?からの返答を待った。

 しかし、一向に第三者の声が聞こえる気配がない。

「アジサイ?自己紹介して?」

 そう促されて、やっと応答する気になってくれたようで、かすかな息遣いが聞こえた。

「わ、わ、私は、ご、護衛用次元走行列車、あ、アジサイです……」

 酷くどもった、弱々しい印象の女の子の声が、天井から聞こえた。

 しょうがないな、と言いたげな表情で、凛音はすかさずフォローを入れた。

「アジサイはちょっと人見知りの子みたいで、話すときに緊張しちゃうみたいの。ごめんね!アジサイ!いい感じだったから元気出して!」

 どうやら、列車にも色々と個性があるらしい。コスモスとばっかり話していたから、というよりか、コスモス以外の次元走行列車とコミュニケーションをとったことがないので、皆あんな感じなんだと思っていた。

 というか、話すときにどもるって、列車の口どこ?ってそうじゃなくて………。

「生きて………たの?」

「幽霊に見えるか?」

 フンッと鼻息が聞こえそうなほど、ドヤ顔で立っている里久。なんでそんなに自慢げなの。生きててくれて嬉しいけどさ。

「いや、本物の里久に見えるけどさ。でも、どうして……。あの時、あんなことになってたのに……。それにアジサイが助けてくれたって、どここで出会ったの?そもそもどうやって出会えたの……?一体、どういう……………。」

 未だに状況が掴めず、混乱している自分がいる。

「んー質問多いなー、じゃあ、一個ずつ説明するね。」

 凛音は朗らかに言った。その声のトーンと表情に反して、違和感を覚えるほどに、瞳は暗く沈んでいる。

「でも、その前に……………」

 凛音は僕とイオの前に立った。真剣な表情で僕らを見る凛音。次の瞬間……。

「ごめんなさい!!!!!!!」

 大きな声が発令所内に響く。

 凛音は深く、深く、バッと頭を下げた。彼女の長い髪が、地面の方へと垂れる。

 突然の事に困惑し、僕は里久の方に視線を送った。それに気づいた里久はどこか気まずそうにして目を逸らしてる。

「ど、どうしたの………」

「私なの!」

 震える声で、顔を見せないまま震える声で凛音が言った。

「へ?」

「私が、慶介をここに連れて来るように命令したのも、慶介の列車を攻撃したのも、イオちゃんをボロボロにしちゃったのも、私のせい!」

 僕は彼女が言わんとしていることを理解した。凛音はこの列車の主。全ての権限は彼女にあり、アジサイという列車も、ナナミという少女も、彼女に服従している。どんな命令も喜んで引き受ける。それは凛音が命令したことで、コスモスにミサイル攻撃して、僕を襲わせ、イオを傷つけたことを意味する。

 まさか、そんな…………!今までずっと一緒にいた友達に殺されかけるなんて……。

 心がモヤモヤとする。黒い靄が広がり、シンオウが締め付けられ、気持ち悪さが増していく。

 裏切られたということ?なんで……なんでなんだ……凛音!

 親友に裏切られたということの衝撃は、僕には大きすぎた。

「慶介。凛音も、俺も何も知らなかったんだ。お前の列車が、まさかお前のものだったなんて……」

 里久もこちらに向かいながら、凛音を庇うように言う。

 何も、知らなかった……………?

「あの日、あの時、慶介の列車が、慶介を攫っていったと思ってて……。超空間で偶然」見つけたとき、助けなきゃって思って……・それで……」

「そんな……」

「本当に!本当にごめんなさい!!」

「わ、分かった。後で、後でその話聞くから、だから落ち着いて、ね?」

 僕と里久は凛音を椅子に座らせ、落ち着かせようと宥めた。しばらくしゃくり上げながら泣いている凛音だったけど、やがて落ち着きを取り戻した。

「落ち着いた?」

「うん……ごめんね、みんな」

 凛音は感受性が豊かな性格だ。正義感も強い。里久の言う通り、何も知らなかったんだろう。僕を殺す意思はなかった。ただ気になるのは、僕でなければ、問答無用で殺していたのかどうかだ。

 正義感の強い凛音なら、誰かを殺そうとしたりなんてしないはずだ。むしろ人殺しを忌み嫌い、どんな相手でも突っかかってしまうだろう。

 そんな彼女が、今回のような事件を引き起こしたとは、僕には考えづらい。

 僕らが会わない間に、一体、凛音と里久に何があったんだ………………・

「えっと、じゃあ、お互いに話そう。何があったのか」

「その前にさ、慶介にも、ほら、いるでしょ?慶介の列車」

「あぁ、コスモスのこと?」

「そう。その子も話に加わってほしいなって。お話、出来るんでしょ?」

「うん。アジサイと同じで会話できるよ。呼ぼうか?」

「仲間外れは良くないから」

 優しい微笑みを浮かべ、凛音が言う。

「その必要はないようです」

 イオにコスモスを呼んで貰おうとすると、ナナミが横から口をはさんだ。

「どういうこと?」

「こ、こ、こういう、こと、です……………」と今度はアジサイの声がした。

 彼女の言葉の直後、発令所の天井にスクリーンが映し出された。

 そこに映っていたのは先ほど歩いてきた森の空だった。ある一点を覗けば、何の変哲もない空だった。蒼い空に見える、クネクネと動く線のような物。その線はだんだんと太くなっていき、姿がはっきりと見える。

「あれって………」と僕。

「慶介を探しに来たんだね」と凛音。

 そう、渓谷で待機するという命令を無視して、コスモスは徐行運転をしながら、空を蛇行しているのだ。

「慶介様の居場所が分からなくなったから来たのでしょう」

 ナナミは淡々と言った。

「どういうこと?」

「この列車は電子戦を得意とする護衛時空列車アジサイ。常に妨害電波を出し、また熱光学迷彩によって姿を隠しています。その気になれば、相手の列車にハッキングして、自分が存在しないように細工出来るのです」

「そうか、だからコスモスのレーダーに映らなかったんだ」

「はい」

 そうか、僕とイオがアジサイに乗ったことで、コスモスからすれば僕たちが突然いなくなったように感じるのか。

「あ、あ、あの列車、か、かなり必死みたいです。各種レーダー、お、及びセンサーをて、展開してい、います。お、お、音響センサーをつ、使っているみたいです。は、ハッキングして偽装し、しますか?」

「だめ、アジサイ。ステルスモード解除。コスモスちゃんにこっちだよって教えてあげて」

「り、了解……す、ステルスモード、妨害電波、熱光学迷彩を、か、解除、します……」 

 モニターに映るコスモスが蛇行をやめ、こちらに向けて進路を取った。

「り、凛音様、つ、通信が、は、入りました……」

「繋いであげて」

「か、かしこまりました……」

 モニターの端が四角く塗りつぶされて、「SOUND ONLY」と書かれている。

「こちら戦略時空列車コスモス。私のマスターとイオがいるはずです。至急、返してください」

 コスモスの声だ。冷静さは欠いていないみたいだけど、明らかにいつもと違って怒気が含まれている。

「コスモス!僕は無事だよ!大丈夫だから安心して!」

「私も無事、コスモス!」

「コスモス、目の前の列車の横について」

「……本当に、ご無事なんですね?マイマスター」

「信じて」

「……御意」

 コスモスは空中で進路を変えると、アジサイに横付けし、停車した。

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