コスモス第2章9話「どうすればいい」

 列車にしてはお洒落で、落ち着く雰囲気のラウンジカーに、僕はイオと2人っきりだった。テーブルの上には朝食に用意されたサンドイッチと紅茶。イオの怪我が治ってから、まだ数時間ほどしか経っていない。

 窓の外には、岩の壁。コスモスは未だ、渓谷の底で停車している。

 コスモスの自己修復自体はとっくに終わっていて、いつでも発車できる状態だった。ただ、敵がどこに潜んでいるか分からない以上、無闇に発車できなくなったのだ。

 ん。サンドイッチの中のレタスがシャキシャキしてて美味しい。ハムの味が口に広がっていく。

「今のところ、反応はないんだよね?」

 僕は紅茶を啜りながら、天井に向けて声をかけた。

「はい。半径5000km以内に敵時空列車と思われる反応はありません。でも……」

「姿を隠して潜伏しているかもしれないんだよね」

「そうです」

「やっぱり、前に襲ってきたステルス艦と、今回の敵は同じ?」

「可能性は高いです。もしそうなら、私のレーダーではどこに潜伏しているか分かりません」

「このまま発車して最大戦速で逃げるっていう手もあるけど……………」

「そこなんですよね。どうしても敵の詳細な性能が分からないので、振り切れるかどうか…………」

「そうだよねぇ」

 困ったな。前は何とか一杯にして振り切れたけど、今回も同じように行くかは分からない。僕もコスモスも、そのことを懸念している。そもそも本当に振り切れていたのかな?

 何故か分からないけど、敵には僕らがこの世界に来た事までバレて、追いつかれてしまっている。ってことは、もしかしたら相手はこのコスモスと同等の速度ということになる。

「もし、前に襲って来たのと今回の敵が同じで、しかも時空列車だったとして、コスモスにそのデータはないの?」

「すいません。私には他の車輛のデータはインプットされていません。あるのは、一部の異世界のデータだけです」

「そっか。じゃあ、コスモスと同じ速度で走れるのかもしれないんだね」

「若しくは、私の造ったレールの跡を追跡されたのかもしれません」

「そんなこと出来るの?」

「出来ます。ただそれには相当の解析装置が必要です。それを敵のステルス列車が持っているかは判りません」

 それってつまり、敵は複数いるってことになるんじゃ……?ステルス性能で相手の姿が見えないから、勝手に敵は一編成の時空列車だと思ってたけど、本当は何編成もいたって不思議じゃない。

 あり得ない話じゃない。もし、仮に、列車が複数いるすると、ますます迂闊に発車できない。

 例えば、待ち伏せされてたり、それこそ大量にミサイルを撃ち込まれるかもしれない。「バリアー全開で突破すれば、ミサイルの雨を撃ち込まれても大丈夫なんじゃ?」

「シミュレーションしてみました。計算上は上手くいきます。でも、それはあくまで計算上の話です。実際にどうなるか、私にもなりません」

「あの……」と横からイオが手を挙げた。

「どうしたの?」

「私が外に出て調査するのはどうですか?命令してくだされば、ちょっとそこまで走ってまわってきます」

「それはダメ。イオは病み上がりなんだし、相手が強かったでしょ。今度また襲われたら、どうなるか…………」

「あ……」と小さな声。「ごめんなさい…………」

 イオは表情を曇らせ、俯いてしまった。

「ううん。こっちこそごめんね。イオが弱いって意味じゃないんだ。今回は、その、相手が悪かったというか、僕は、イオに怪我をして欲しくなくて、その………」

 どうにかしてフォローを入れようとしたけれど、僕の思いとは裏腹に、言葉が詰まってしまい、自分の声が小さくなっていくのを感じる。相手が傷つかないよう、言葉を慎重に選ぶことが、こんなにも難しいだなんて、知らなかった。

 あぁ、僕は何やってるんだ。1人の女の子を慰めることも出来ないなんて……。いや、そもそも、僕は彼女に守ってもらってばかりだ……。

 申し訳ないという気持ちで、僕もすっかり黙りこくってしまった。イオも、言葉を発しない。明確に気まずい雰囲気が、車内にじんわりと広がる。

 こんな時、里久が居てくれたらなぁ。あいつなら、どんな言葉をかけるんだろう。

 今はもう居ない友達を思い出し、悲しさは増々、僕の心をどん底へと沈みこませた。

「今回の敵は、手練れです。イオのせいじゃないですし、マスターが気にやむことでもありません」

 落ち着いたコスモスの声が、沈黙を振り払った。

「……うん。ありがとう」

 本当に、この子にも助けられてばかりだな。

 僕は自分の頬をパンとはたき、活を入れる。

「よし、とりあえず早くご飯食べて、作戦を考えよう」

 僕とイオはサンドイッチを食べ終え、冷めてしまった紅茶を流し込んだ。

「マスター」

「どうしたの?何か反応あった?」

「それが……何者かが通信を求めています」

「通信?」

「はい。方角、位置共に特定できません。でも、この周波数は、おそらく時空列車……」

 時空列車……。今この状況で通信を求めて来るということは、こちらを襲った敵に違いない。

 コスモス以外の時空列車と友達になった覚えはないし、しかも位置が特定できないときた。

 僕らが隠れるのにしびれを切らして通信してきた?

 この間は襲ってきておいて、今度は対話をする気?

 何が望みだろう……?力量がはっきりしているから大人しく出てこい、みたいな?

 そんな考えが浮かんでは消え、また浮かんではまた消えと、繰り返している。本当に分からないんだ。相手が何を考えているのか。ここで突っぱねれば、2度と話すチャンスはこないかもしれないし、しつこく通信してくるかもしれない。

 とにかく、相手がどうして通信してきたのか、はっきりさせる必要があった。

 大丈夫、コスモスは強い。防御力もあるし、攻撃力だってある。いざとなったら、全速力で逃げよう。

「コスモス。周囲に敵影は?」

「確認できません」

「じゃあ、警戒を厳に。何かあったらすぐに教えて。あと、いつでも発車できるように、機関の準備もして」

「了解しました」

 列車のセンサーか何かが作動したのか、機械音がどこからか聞こえてくる。

「ご主人様、繋ぐんですか?」

 心配そうに、イオがこちらを向く。

「話せる相手なら、話してみないとね。何かあったらすぐ逃げるんだ」

 僕はイオに微笑み、2人で発令所に向かった。

「通信を承諾、回線を開いて」

「かしこまりました」

 前方の様子を映し出していたメインスクリーンは切り替わり、「SOUND ONLY」と表示さている。

 顔は見えないか……。

 数秒間の沈黙。

『こんにちは』

 落ち着き払った声がした。これは、女の子のもの?

「えと、こんにちは」

『貴方、その列車の持ち主?』

「そうだけど」

 何だろう?何が訊きたい?

 それに、この話している相手は、なんだか、そう年齢が離れているようには感じないな。

 頑張って声を低くしようとしているような、威圧しようとするような、そんな声の出し方だ。

 ハンザも、僕と同い年ぐらいなのに1人で次元航行船に乗っていたし、異世界ってやつじゃ、子供がこういうのに乗るのは普通、なのかな?

『白髪の女の子は、アシスタント・ヒューマノイド?』

「それも、そう」

『怪我は?』

「何でそんな事を訊くの?」

『知りたいから』

「教えると思う?」

 本当に分からない……。何が狙いなの?

『まぁ、いいや。貴方、これから指定する場所まで来て』

「指定する場所?」

「マスター」

 メインモニターに、この周辺の地図が表示され、コスモスが停車している点から、東北東に進んだところに、赤いポインターが指し示られていた。

「ここに、来ればいいの?」

「そう。白い髪の女の子と、2人で来なさい」

 変な質問ばかりだと思ったら、今度は唐突に命令か。しかもこちらに有無を言わせない物言いだ。

「理由を教えていただきたいです」

『なんでも。時空列車はそこで待機させて。大丈夫。大人しく従ってくれれば、悪いようにしない』

「もしも、従わなかったら?」

『貴方の列車を破壊する』

「破壊……」

 無意識に、拳を握る力が強くなった。爪が食い込み、痛みを感じるまで、それは続いた。

 発令所に、緊張が走る。

『できれば、争いたくない。いい返答を期待しているわ』

「こっちからも2個、質問したいんですけれど、いいですか?」

『……いいよ』

「ありがとうございます。まず、超空間で攻撃してきたのは貴方ですか?」

『そう』

「どうして?」

『それは、貴方が来たときに話す。2つ目は?』

「僕たちをどうする気ですか?」

『私たちは、ある目的を持って旅をしているの。その情報を貴方たちが持っているのかも、って思って』

「少し、考える時間を貰ってもいいですか」

『構わないわ』

「ありがとうございます」

 そこで、一方的に、通信を切られた。

 モニターにはもはや「SOUND ONLY」という表示はなかった。

「どうしますか、ご主人様?」

「どうしようかな」

「行くべきではありません。マスター」

 指示を仰ぐイオと、相手の要望に否定的なコスモス。

 僕も正直、この手はいかない方が良いと思う。明らかに罠だ。

 会話の内容も理解不能だた。なんというか、何も考えていないような、無計画さが出ているような気がした。相手も、会話している間に、口調やら声のトーンが安定しなかった。何かを隠そうと、威圧的なキャラを演じているように感じられた。

 ただ、それでも、あいつは、コスモスを破壊すると言った。実際にそんな力を持っているかは分からない。

 でも……。

「僕が拒否すれば、コスモスが壊されちゃう。そんなの、厭だ」

「安心してください。マスターがいる限り、私は負けません。必ず、お守りします。どんな相手であっても、必ず。ですから、危ないことはしないでください」

「そうは言っても、敵の本当の能力が分からないし、実際に逃げてきちゃったわけだし……」

「……私も、コスモスと同意見です」

「イオ……」

「昨日みたいに襲われたら、今度こそ本当に私の、私とコスモスのご主人様を失ってしまうかもしれません。私は、弱いんです。貴方を護れるほど、強くないっ……!」

 この瞬間、イオの、本当の感情というものを読み取れたような気がする。イオは今まで笑顔を浮かべたり、悲しそうな顔をしたり、泣いたりもしていた。しかし何故だろう、そのどの表情よりも、今の言葉が、声が、抑揚が、彼女の本心のように感じられるのだ。

 2人とも、僕を心配してくれている。

 此処まで一緒に来てくれた。

「マスター」

「ご主人様……」

 2人が僕の返答を待っている。彼女たちは僕のために動こうとしてくれている。僕は?僕はどうすればいい?僕は何をすべき?何がしたい?地球を助けたい?そのために旅をしている。なら、この状況を打開したい?

 どれでもないな。少なくとも、今この時は。

 僕は二人を護りたいんだ。

 僕とコスモスとイオと三人で、また旅がしたいんだ。彼女たちが僕にそうするように、僕も彼女たちのことを大切に、護り抜いていきたいんだ。

 そう、2人がいればなんだって出来る。

 大丈夫、今度は僕も力になる。

「コスモス、イオ。僕、決めたよ」

「マスター」

「行こう。敵の目的も、勢力も分からないけれど。でも、僕には、行かなきゃいけない気がするんだ。だから、コスモス、イオ」

 僕はモニターとイオに視線を向ける。

「ご主人様……」

「……かしこまりました。マスターのご意思のままに」

「コスモス?!」

「イオ、お願い」

 イオはどこか迷っている様子だったが、やがて諦め跪いた。

「分かりました。私が、全力でお守りします」

「2人には、いつもお世話になるね」

 ここで、一呼吸おいた。

「……行こうか」

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