コスモス 第十六話「戦うという事」

 その船は異様だった。禍々しい外観もそうだけど、威圧すように街の上を低く飛んでいる。

「普段この辺をよく飛んでるの?」と、揺れる車内で僕は訊いた。

「いや、見たことないよ。何かを運んでる…?」と、考え込むような素振りを見せながらハンザは答えた。

 何故か、冷や汗が肌を伝う。

 エンジン音が響き、周りの景色がどんどん流れていく。

 ようやく街にたどり着く頃には、街にいる人々は船を見上げていた。

 装甲車は路肩に停車し、僕らは降りた。

 しばらく、船は街の上空で制止していた。

 周りの雰囲気からしも、今のこの状況は異常なのだろう。

 なんとなく妙な胸騒ぎがして、僕らは戸惑っていた。

「本当に何をしに来たんだろう……?」

 ハンザは船をじっと見つめて言った。

「おかしい、普通はこんな飛び方はしないはずなのに……」

「どういうこと?」

「普通は、何かエンジンに不調があった時に備えて、街の上を低空飛行することはないはずなんだ。この辺の人はそんなことしないよ」

「ご主人様、あれはもしかして……ハンザさんとイシカさんが言っていた……」とイオはそばに寄ってきて、僕に聞こえるくらいの小さな声で言った。

 ハンザとイシカが言っていた……危険な連中。

 今はまだ断定はできないけれど、もしそうならあの船はいったい何をしに来たんだ。

 そんな風に考えていると、船の底が重々しく開き、細く黒い筒が顔を覗かせた。

 その筒は上下左右に動いて、なにやら微調整している。

 何処かに先を向けている……?

「危ない……!」

 嫌な予感が頭をよぎり、僕はとっさに隣にいたイオを庇った。

 イオはちょうど、僕と装甲車に挟まれるような位置にいたから、それを利用して僕の体と装甲車のドアを壁にした。

 次の瞬間、遠くの方から耳がつぶれそうになるほどの轟音と共に、衝撃波が僕らを襲った。

 僕の心臓は大きく跳ねた。

 あまりの爆音にしばらく耳が聞こえない中、ただ歯を食いしばって耐えるしかなかった。

 黒煙が通りの奥の方で立ち込めていた。

「レーザー砲だ……!!」

 やっと周りの音が聴こえるようになった時、若い男の人が叫んだ。

 その声が聞こえると街にいる人々は耳の中を貫くような、心をえぐり取るような悲鳴を発し、恐怖でパニックになりながら逃げ惑った。

 それを追い打ちをかけるように、あざ笑うかのように、今度は人々が大勢いるところが爆発した。

 人々は為す術もなく、倒れていって起き上がる人は少なかった。

 僕はその光景に、酷い息苦しさを感じて段々と自分の呼吸や心臓の音が大きく、早くなっていることに気づいた。

 僕らの世界が壊された、あの時の惨状が今のこの光景と重なって見えた。

「…すけ…すけ!」と、遠くから声が聞こえる。

「…すけ!…慶介!」

 突然肩をゆすられ、ハンザが青ざめた表情で僕の目の前にいた。

「慶介!大丈夫!?」

 僕の目に、涙が浮かんでる気がした。

「あ、ああ、うん!大丈夫だよ…!」

 抑えつけるように、無理矢理呼吸を整え、僕は視線を下に落とした。

「イオ、大丈夫?!」

「私は大丈夫です!」イオはそう答えて立ち上がった。

 良かった、怪我は無いようだ。

「街が……」

 イオのか細い声に、僕は一瞬にして廃墟と化した街に視線を向けた。

 さっきまで堂々と建っていた頑丈そうな建物が、今では崩れ落ちていて、舗装されているはずの道にも亀裂が走り、割れた窓ガラスや瓦礫が散乱していた。

 僕の目には、あの時と同じように船に破壊されている惨状だった。

「逃げなきゃ!二人共!」とハンザは叫んだ。

 周りには、無残にも逃げきれなかった人たちが、血を流しながら倒れていて、その中には、小さな子供を庇うようにしてうずくまっている人もいた。

 あまりの衝撃に吐き気がして、とっさに口を手で覆った。

 体中に、重りが覆いかぶさっている様だった。

 足が震えて、力が抜けていくようで動けなかった。

「まずい!このままだと皆……!」ハンザは、言葉を詰まらせた。

 ここから、逃げなきゃいけない。イオとハンザと一緒に、早く……。

 でも、ここで倒れてる人は……まだ助かりそうな人も多いのに!

 重症な人ならなおさら、早く病院へ連れて行かなくちゃいけないのに……。

 誰か……誰かに助けてほしい、とこのとき本気で思った。

 誰でもいいから助けてほしい。

 あの船の筒の先端が僕らに向けられた。

「来て……コスモス……!」

 縋るように彼女の名前を呼んだ。

 すると、返事をするかのように遠くから力強く、長い聞き覚えのある汽笛が聞こえた。

 崩壊した建物の向こうから灰色の煙が見えた、と思ったら衝撃波がきて僕はとっさに腕を前に出して顔を守った。

 腕を少し下げると、コスモスが僕らを相手の船から庇うように空中で停止していて、客車の乗降口が開いた。

「コスモス!?」

 あの船の攻撃から、間一髪のところで守ってくれたのだ。

 何でコスモスが?という疑問は後にし、とにかく今のこの状態をなんとかしないといけないのだ。

「……あの船をここから遠ざけなきゃ!」

「ではコスモスに乗りましょう、ご主人様!」

「乗るって言っても……高すぎるよ!これ!」とハンザは叫んだ。

「お二人共、失礼します!」

 そう言うとイオは僕とハンザを両肩に抱え、コスモスの乗降口まで高くジャンプして乗り込んだ。

 ハンザは「えぇぇ!?」とい悲鳴を上げ、僕は二度目の感覚で声を発することは無かった。ただやっぱり怖い。

 ともあれ無事にコスモスに乗り込むと指揮所に入って、僕は叫んだ。

「コスモス!今すぐこの街からあれを遠ざけて!」

「かしこまりました。コスモス、緊急発進します。速度は二百を維持」とコスモスは答え、長い汽笛が鳴り響き、重たい動輪を動かして走り出した。

 その加速力は凄まじいものだった。

 僕らは、近くの椅子の背もたれに掴まった。

「できるだけ意識をこっちにむけさせたいんだ!」

「了解しました。機銃掃射」

 左端のモニターに、客車の窓がひとりでに開き、無数の黄色い閃光が弾幕を張っている映像が映しだされた。

 蛇行しながら攻撃して敵(攻撃してきた船)の意識をこちらに集中させた。

 敵は誘いに乗ってくれたようで徐々に街の上空から離れてきた、と思ったら敵艦はこっちにあの筒を向けて来た。

「ロックオンされました。敵艦に高エネルギー反応あり。複合シールド展開」

 すぐそばのモニターに、コスモスの近くで爆発している映像が映し出されていた。

「あの船をどうにかしないと……!」とハンザが呟いた。

 確かにこのコスモスならどうにか出来るかもしれない。

 だけど、それは敵を攻撃しなければいけない。

 もちろん追い払うとか、動けなくするとか色々方法はあるけど。

 しかし、どの手段を用いても攻撃しなくてはいけない。

 相手は沢山の人を殺してきたけど、もしもあの船を攻撃して、破壊して人を殺してしまったら、僕もあいつと同じなんだ……。

 かと言ってもたもたしてたら被害は増える一方だ。

 さっきまでと違う恐怖が僕を襲い、手が震えた。覚悟を決めたはずなのに、僕の中の何かが揺らいでいく。

 どれだけ考えて攻撃することに怯えても、敵はなおも攻撃してきている。

 振動こそないものの、モニターが激しくその様子を物語っている。

 ふと、頭の中に色んな人の恐怖の悲鳴が何度も……何度も鳴り響いた。

 悲しくて怖くて泣きそうで、どうしようもないほど苦しい。

 あの街の人々は、理不尽にも踏みつけられたんだ。

「ご主人様……」

 顔を見上げると、イオは心配そうな表情で僕を見つめていた。

「…イオ、コスモス。ごめんね。忘れちゃいけなかったね」

 覚悟と約束を。

 僕は中央のモニターに目を向け、震える唇を動かした。

 コスモスは今も空を走り、敵の船を引きつけている。

「コスモス、出来るだけ被害が出ないように、あれを沈められる?」
「はい」コスモスはすぐに答えた。

 あの時みたいに、全部を壊させたくない。同じことを繰り返したくないんだ。

「主砲、発射用意!」

「主砲、発射用意!」左の席にイオが座り、復唱した。

 それから、さっきまで眩しかった照明のほとんどは消え、モニターの光とちょっとの明かりで指揮所は薄暗くなった。

「戦術プログラム起動。第二戦闘列車、直上砲塔旋回、自動追尾装置起動。敵艦主砲に固定」

 コスモスの声と同時に、後ろの方にある戦闘列車の屋根に取り付けられている主砲が右に九十度動いたのが小さな画面に流れた。

「出力四十パーセントにセット。安全装置解除」イオは、タッチパネルに手を触れながら何か握っている。

 今更、緊張で心臓の音が大きくなっていく。より冷や汗が噴き出す。

 足は上手く力が入らず、今にも倒れてしまいそうだ。

「複合シールド解除。発射、用意よし」

「撃て!!」

 主砲の砲身から三本の青白いはかりがそれを駆け、敵艦の下部を突き抜け、その先に浮かんでいた雲に大穴をあけた。

「弾着。敵艦の損傷を確認」

 船の底は黒煙が勢いよくふきだして、いくつか部品が飛び出しているようだった。

 少し当たっただけでもダメージになったようで、連続して大きめの爆発が起きたのだ。

 狙ったのは、人の比較的少なくて、こちらを攻撃してきた砲身だけを狙ったのだ。

「次弾装填完了!」とイオが言った。

 攻撃は止み、船はしばらく沈黙した。

 もう一発、撃つかどうか迷っていると、ピロン♪という軽い電子音が聞こえた。

「敵対勢力の撤退を確認」

 船は煙を上げながら、僕らから遠ざかっていた。

「慶介」ハンザは僕の顔を覗いた。多分、考えていることは同じだ。

「コスモス、さっきの街へ戻って。まだ生きてる人がいるかもしれないんだ」

「了解しました」

 コスモスはその長い身体を大きくまげ、引き返した。

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