2011年、印象に残った出来事…東日本大震災時の私。

By 湖守龍花, 2011年12月30日

今年の出来事といえば、やはり3・11の出来事でした。
あの日、私は仕事をしていました。
いつものように、入居者をお風呂に入れていた時の事。
カタカタと最初の揺れが襲いました。
たいしたことのない揺れでせいぜい震度2~3かなと思ってたが、やがてそれが一変する。
妙に長いな~と思っていたら、備え付けのスチール製の棚がガタガタと大きく揺れだした。
その時、経官者2名が丁度…浴槽からあがった所で着衣中。
リクライニング用の車椅子がブレーキされてるにもかかわらず動いてしまうほどに揺れだした。
これは、ただごとではない~生命危機に襲われた。
「こんな所で死にたくない!」と思わず大声で叫んでいた。
私は、入居者の乗ったリクラニング用の車椅子2つをすぐに両手で押さえつけた。
自分だけなら、逃げだせそうだが~さすがに入居者放置はできなかった。
しかし、まかり間違うと棚の留め金が外れて棚ごと崩れ落ちる位置にいたのも事実だ。
そのまに一気に、揺れが加速する。
浴室では、他の職員が独歩できる入居者一人をシャワー浴させているところだった。
しかし、ただならぬ異変を肌で感じたのか~「2階3階の入居者が心配ーあとはヨロシク!」
とかいって、シャワーを放り出し持ち場から離れてしまった。
へぇ?と思って、この状況~シャワーは、そのまま浴室タイルに落っこちた。
入浴するためシャワーを浴びていた入居者が、浴槽イスに座ったまま放置され数秒。
入居者ごと前後に揺れて…浴槽イスが持ってかれる、危ない~!すべり落ちそうになる。
(まずい)(汗)
慌てて、そばで着脱していた入りたての職員候補に指示をとばした。
シャワーを止め入居者を保護し、ことなきを得たが…恐ろしい。
無論、それ以降は入浴が中止された。
しかし、浴槽にお湯をはるため~樽桶に溜めていたお湯が、見る間に”ジャッパン、ジャッパン”と外に溢れ出した。
危険な状況がしばらく続いた~その後、揺り返しが来たり。
施設内も慌しい。
2階3階の寝たきり入居者を1階ホールにシーツに包み、階段より降ろす。
こんな時には、エレベータが使用できないからだ。
全入居者を一箇所の広いホールに集めた。
その後、テレビで情報を視聴するとばかでかい地震が東北沿岸でいくつも起きたようだった。
そして、あの津波映像
子供が心配で、その間に携帯で保育園に問い合わせると~大丈夫な様子。
仕事柄、定時を過ぎてからでないと迎えにいけないことを保母さんに伝えたのだった。
子供と帰宅後、家の中が心配だったが被害はそれほどなかった。
しかし、情報収集のためテレビとパソコンの電源を入れる。
パソコンの電源を入れ、Sカイプを立ち上げるとすぐ、都心勤務のいつもは沈着冷静の義弟からのビデオ通信が入る。
家族の安否を心配してだ
母と兄さんとの連絡取れないと心配していた。
それと、自分の家を見てきて欲しいとの事。
都心のビル群の中にいたせいか、ものすごく揺れたそうだ。
だから、自分の家が気になったみたい。
こちらは、それほど家屋の被害はないよと伝えたのだが、信じられないようだった。
なので、近所にある旦那の実家を子供を連れて自転車で見てきた。
中に入り、確認。
で、大丈夫だったと再びSカイプで伝えたら安心した様子だった。
相変わらず、義母とは連絡取れなかったがその間に旦那からメールがあったことは伝えた。
義弟は、帰宅難民になってしまうから、会社に泊まるとのことだった。
加えて、自分の実家にもメールを入れてみる~そしたら安否の確認は取れました。
しかし、不安な一夜だったのは変わりありませんでした。
勿論、義母は無事にその日のうちに安否確認はできました。

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