コスモス二十三話「必ず救ってみせる」

 そこから降りてきたのは慶介とイオ。

「何で……何で来たんだ!慶介!!」

 俺は叫んだ。

 しかし、慶介の表情は真剣そのもので、こちらに視線を送り、まるで「大丈夫」と言っているだった。

 2人が数歩歩くと、突如として戦闘員の誰かがイオの元に棒状のものを投げ、半透明の緑色のドームのようなものが展開された。

 それにはイオも慶介も驚いていた。

「あれは……」

「猛獣向けに作られた携帯用捕獲障壁だ。ちょっと改造してあって、触れれば電気が流れるから気を付けた方がいいぞ」 

 捕獲障壁…………猛獣を捕獲・駆除のために開発されたものだ。

 確かにいくら身体能力の強いイオでもこの壁を壊すのは難しい。

 イオはドームの中で、諦めたように座り込んでいる。

 一体どうするんだ、慶介。

「さてその戦闘列車を引き渡す気になってきたかな?」

「その前に、ハンザ達を解放してください。それが先です。イオにも、こんなものすぐに撤去してください」

 慶介はあくまで冷静に言い放った。

「列車を渡すのが先だ」

「ハンザ達が先です」

「………分かった。そこの人形も、今は我々に害はないだろう」

 マルムが視線を送ると、部下の数名は俺たちの拘束を解いた。

 しばらく重い拘束具をつけていたせいで手首が痛い。

「さて、列車を渡してもらおうか?その列車に私を所有者だと認識させるんだ」

 そう言われると、慶介は付けていた腕時計を外し、マルムの足元へ投げた。

「くっくっく、あっはっはっは!」

 それを拾い上げると悪人らしい高笑いした。

 悪人というにはピッタリであった。

 腕を広げて徐々にコスモスに近づいていき、

「やっと手に入った。この大量破壊兵器を!これさえあれば!」

 そんな……あれだけ大事にしていたコスモスを……………。

「慶介さん!」

 気が付けば慶介は目の前に来ていて、イシカがわなわなと震えて慶介と面と向かって立っている。

「大丈夫………?2人とも」

 笑顔で優しく慶介は訊いた。

「私が大丈夫です!お兄ちゃんも、お母さんもお父さんも大丈夫!」

「そっか。よかった」

 本当によかったのか?俺たちのためになんでそこまで…………。

 馬鹿………馬鹿だよ……………慶介……………。

 行き場のない気持ちに俺は顔をしかめてうつむいた。

 マルムに視線を向けると、まだ高笑いしていて、そして…………。

 こちらに振り向いたマルムが片手をあげると、銃を持った部下たちは銃口を俺ら家族と慶介に向けた。

「もう用はない。全員まとめて処刑しろ」と部下に指示するマルム。

「………どういうつもりです?」と低い慶介の声。

 滅多に怒らなさそうな慶介の表情から怒りが滲み出ている。

「言った通りだ。用済みのお前たちを解放して警察に言われても困るのでな。この場でころしておく」

「話が違うぞ!!」

 俺は思わず怒鳴った。

「大人はいつでも汚いものだよ」

 マルムはニヤリと笑みを浮かべ、軽蔑の眼差しを向けてきた。

 くそ!最初からはめる気だったんだ!俺たちを利用して、コスモスを慶介から奪って、そして用済みになったら消す!?そんなことって……。

 戦闘員たちが引き金に指をかける。まずい!殺される!

 もうダメだと諦めた。

 その時だった。

「こちらに何か飛んできます!」

 部下の一人が遠くの方を指さした。

「何!?」

 全員がその方向を向いた。

「伏せて!!」

 慶介が俺たちに伏せるように促した。

 訳が分からなかった俺はイシカに覆いかぶさるようにして伏せた。

 父さんも母さんを庇うように伏せている。

 顔を上げると白い筒状の飛翔体に見えた気がした。

 見えた気がしたというのはその速度はあまりに速く、目で捉えたと思ったら俺たちの後ろで爆発したのだ。

 その爆発と同時にダダダと聞きなれない音が響いた。

「あああ!」という男たちの悲鳴が聞こえた。

 一体何が起きてる!?

「こっち来て!」

 慶介が僕らの手を引く。

「そちらもついてきて来てください!」

「え?あ、ああ」

 両親も慶介に続く。

 さっきから何をしようとしてるの?

「ちゃんと説明を……」

「奴らを殺せ!!」とマルムが叫ぶ声が聞こえた。

 戦闘員たちが俺たちの行く手を阻んだ。

「ぐああ!!」

「な、なに!?」

 戦闘員を次々となぎ倒す影。

 その陰にも見覚えがある。

「え!?何で!?」

「イオさん!?」

 俺とイシカは驚きを隠せないといった表情感じで見合わせた。

「はい!イオです!」とイオはいつ綺麗な紅い瞳で答えた。

「だってさっき捕まって…………」

 ドーム状の中で座り込んでいるイオを見た。

「あれはダミーの人形だよ」と慶介が答えた。

「本物はこっちですよ」

 俺たちは今起きている事態を理解することが出来ず、ただ顔を見合わせるだけだった。

 それだけじゃない、何かがこちらへ向かっている。

 昔も今も、この世界にもあるものだった。

 車だ。だいぶこっちとは形状が違うが、なんとなく理解できた。

 固そうな見た目からは軍用を思わせるデザインだ。

 タイヤが大きく車高が高い。

 以前、慶介と乗った「装甲車」だった。

「全員、これに乗って!」

「分かった!」と返事をしようとした時、目の前には信じられないほど鬼の形相でこちらに銃口を向ける人影が見えた。

「ああ…ああ……!!」

 これからの結末が一瞬で理解できた俺は目を見張ったまま声にならない声を漏らした。

 射線上に遮るものは何も無い。撃たれればまず当たる。

 しかし弾は来なかった。

 それどころか発砲音とは違う大きな鎖を地面に引きずるような金属音がした。

「何あれ!?」

 車という割には大きく、タイヤが何個もついてそれを黒い帯みたいのが繋いでいて、車体は平べったく、大きさの違う箱が二段重なっている。

「あれは僕らの見方!いいから早く乗って!!」と促され、イシカと俺は後部座席、両親は前部座席に座った。

 慶介と、イオも後部座席に乗った。

「車を出して!」

 慶介の命令に車は自動でドアを閉め、一人でにレバーが動き車は走り出した。

 後部座席には4人座るスペースはなく、俺は席の中央の踏み台に身を屈めて座った。

 慶介はイオを膝の上に座らせるようにしている。

「イオの偽物ってどいうこと!?」

 疑問を投げかけた。

「イオは強いから何かしらの対策されてると思ってさ。囮を用意してみた」

「いやでも動いて……」

「動力付きなんです」と横から言うイオ。

「えぇ……」

 何でもありなんだな。

 小さな覗き窓の外を確認すると、何人もの戦闘員がこちらに銃を発砲している。

 中にはグレネードランチャーを構えてる人もいた。

 味方と呼ばれる車は、上部に設置してある銃で戦闘員たちを翻弄している。

 そのずっと後ろの方にその場から逃げるマルムの姿があった。

「あいつ……」

「慶介くんこれは一体!?」

 父さんが訊いた。

「皆さんを安全な場所までお送りします!」

「でも、奴らに追いかけられたら……」

「僕たちが引き付けます!」

「なっ!何を言ってるの!?危険だ!!」

『レーダーに感あり。敵艦、接近してきます』

 女の子の声が、運転席に取りつけてある通信機器から聞こえた。

 あまり話したことはないが、誰だかは分かった。

 コスモス。慶介の船の声だ。

「作戦通り、相手を混乱させてその隙にハンザ達を逃がそう」

『かしこまりました。行動開始します』

「作戦って何!?」

「皆を助ける作戦だよ」

 とても現実離れした答えだった。

 しかしそれを口にしている俺の友達は、これまで見てきた人んお誰よりも真面目な顔をしていた。 

 

 僕は、思考を巡らす。 

 装甲車と無人戦車小隊は発煙弾を発射したことで辺りは白い煙幕に覆われているから、敵からすればどこに僕らがいるか分からないはず。少なくとも時間稼ぎにはなっているだろう。

 ここまでは作戦通りだ。

 あとはナオキ一家を逃がし、敵の注意をこちらに引き付けるだけだ。

 多分、交渉が決裂した以上は相手は僕らに危機感を抱き、全力で攻撃してくるはず。

 選択肢は用意されているようで無いのだ。

「作戦って何!?」

「皆を助ける作戦だよ」

 自分で言っててなんだか幼稚で、荒唐無稽なことのように感じる。

 しかし、今からやろうとしていることはそういうことなのだ。

『警告、艦隊が接近中です。危険度80%』

 通信機越しに聞こえるコスモスの報告がこの重々しい雰囲気に割って入った。

「ごめん。これしか思いつかないんだ」

「こんな、こんなことって……。一緒に逃げるんじゃダメなのかい?」

「一緒に逃げたら、どっちも危ないよ。大丈夫。きっとうまくやるからさ」

 僕はハンザの眼を見つめた。

 ハンザも同じように僕の眼を見つめた。

 数秒間、お互いに目を合わせた。

 ハンザは結局、静かに手を離した。

「ありがとう。行ってくる」

「必ず、また会おう。待ってるから」

「うん」

「慶介さん!!」

「行ってくるよ、イシカ。この装甲車の中に居ればとりあえずは安全だと思うから」

「慶介君……」

「今までお世話になりました。それから、巻き込んでごめんなさい」

「いや、謝るのは私たちの方で……。まさかあんな連中に好きにされるとは思ってなくて……その……」

「……行ってきます」

 ハンザたち家族一人ひとりの目を見てから、装甲車の天井に出た。

 煙幕はもう晴れかかっていて敵の姿が見えたが、この装甲車を追っている様子はなかった。

 というより、コスモスが足止めしてくれているのだ。

 大きく息を吸い、そしてゆっくりと吐いて、出来るだけ緊張を深呼吸で緩めようと努めた。

 うん。よし。

「イオ、お願い」

「はい!」

 イオは元気な返事をすると、僕を抱えて装甲車の屋根の上に立った。

 もう何回もやられていることだけど、やっぱりこれだけは恥ずかしい。

 僕より背が低い女の子にお姫様抱っこされるなんて……。

 これしか方法が思いつかなかったから仕方ないけど。

「しっかり捕まっててくださいね、ご主人様」

「うん…………お手柔らかに」

 方向を確かめたイオは、ニコッと微笑みかけると一度屈み、そして思いっきり装甲車から飛び降りた。

 地面がずっと下にあるように感じられるほど高く飛んだかと思うと、今度は大きな放物線を描き、勢いよく落下していく。

 その落下するときの心臓が浮くような感覚を覚えながら、目を瞑り歯を食いしばって恐怖に耐えた。 

 両足で着地し、脚で衝撃を全て吸収しきってしまうと同時に駆け出した。

 その速度はしばらく全速力で走っている装甲車とほぼ並走しているようだった。

 そのうち車から徐々に離れ、進路を森へと取った。

 直に当たる風と勢いよく迫ってくる木々に、僕のイオの首にしがみつく腕の力は一層強くなった。

 正直、あまり生きている心地はしない。

 恐怖を紛らわせるためにイオに抱えられながら彼女の顔を覗いてみた。

 瞳は紅く、森の木々の影で少し暗くなっているからか、光って見えた。

 真っすぐと真剣に前を見るイオの表情は、元々が美人で可愛いからか、とてもイケメンだった。

 よく見ると大して息を切らしていない。

 車と同じ速度で走り、誰よりも高く跳躍でき、さらに大して息切れもしていないというまさに人間離れのスペシャルセットだった。

 人間の持つ能力が悲しいくらいに無力に見えるほど、イオやコスモスの能力は凄まじいものだと思う。

 なんとなく、自分が………いや人間がちっぽけで無価値に思えてきた。

「ご主人様、もうすぐコスモスとの合流予定地点ですよ」

「うん、分かった」

 彼女は僕の身体に負担がかからないように、ゆっくりと減速してくれた。

 そこは崖になっていて、下の方には広い川が流れていた。

 丁度その地点に着いたところで敵の船を引き連れたコスモスが見えた。

 重々しく走る彼女はその川の水面の上を、こっちに向かってきた。

「もう一度しっかり捕まっててくださいね!」

 コスモスが目下を通過するタイミングでイオは再び高くジャンプし、展望デッキに着地した。

「ありがとう。もういいよ、降ろして」

 イオはゆっくりと僕を降ろしてくれた。

 かなり負担をかけちゃったな。

「大丈夫そう?指揮所まで行ける?」

「こんなの全然へっちゃらです!」

 胸にポンッと手を置き、誇らしげにイオは言った。

 さて、急いで敵を引き付けないと……。

「さ、急ごう!」

「はい、ご主人様!」

 展望デッキから指揮所に向けて二人で駆ける。

 戦闘指揮所内からでも、外から受ける砲撃音は聞こえていた。

 バリアーを張っているから、決して被弾はしていないようだったけど、それでも嫌な汗は流れた。

 分厚い防護壁に守られた、指揮所の自動ドアが開かれると、僕はすぐに中央のモニターで状況を確認した。

 イオは直ぐにキャプテンシートの右側にある、レーダー手用の席に座った。

「迎えに来てくれてありがとう、コスモス」

「マスターとイオがご無事で何よりです。ハンザさんもご無事ですよ。あちらに向かっている敵性勢力はありません」

「そっか。よかった」

 ひとまずは安心できたわけだ。

「とにかく、今は逃げるんだ。出来るだけハンザ達から離れて、被害が出ないように」

「宇宙空間でしたらどうでしょうか」

「相手が来てくれればね」

「ご主人様!敵機動部隊接近中です」

 戦闘指揮所の中央に堂々と構えているキャプテンシートに座った。

 逃げるコスモス。追跡して砲撃を繰り返す敵艦。

 弾数が無限なのかと疑うほど、敵は撃ち続けてきた。

 何度も何度も緑色の光が雲を突き抜け、展開している青い半透明な壁に当たり、そして細かく砕け散っていく。

 何層もの装甲で固められた列車を守る、絶対的な防壁。

 バリアーはどんな攻撃も寄せ付けない。

 それが彼女の能力。

 敵はそれを知ってか次から次へと増援を呼び、乗り込むまでは数隻ほどだった敵艦が大気圏を抜けるころには十数隻にまでなっていた。

 メインモニターに映し出された、レーダー上のお互いの距離は5000mだった。

 瞳を閉じて息を大きく吸って呼吸を整える。

 ━━よし!

「今だ!反転!コスモス戦闘用意!」

「「了解しました!!」」

 コスモスとイオ、両方の声が反響する。

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