コスモス 第十一話「新しい友達」

 指定された起床時間に、ご主人様の部屋に着くと、私は深呼吸をして、コンコンと軽くノックをしてからお部屋に入った。

 お部屋の中は暗く、真っ先に窓の方へ行き、カーテンを開けると、お部屋が一気に明るくなった。

 ベッドは、掛け布団が盛り上がっていて、ご主人様がまだ眠られていた。

「ご主人様、七時間経ちましたよ。起きてください」

 ご主人様の肩を揺らして起こしてみたけど、それに反応はなく、まだ寝息を立てている。

「起きてください」

 顔を近づけ、もう一度肩を揺らして起してみる。

「ううん…ん?」

 やっと、目を覚ましてくれた。

「おはようございます、ご主人様」

「あ、うん。おはよう…ってうわぁっ!!」

 ご主人様は私の顔を見て、飛び跳ねて起きた。

「そ、そういう起こし方は…ビックリしちゃうから。もう少しどうにかし、して」

 何故か取り乱しているご主人様に対して、私は何がダメだったのか分からず、首を傾げてしまった。

「あの、朝食のご用意をしていますから、食堂車まで来てください」

「わ、分かった。すぐ行くよ。先行ってて」

「はい!」

 私は先に部屋を後にして、食堂車へ移動する。

 

 イオが顔を近づけていたことにビックリして、つい飛び跳ねてしまった。

 失礼に思われていないだろうか。

 いまだに心臓が高鳴り続けているのを落ち着かせるために、車両の前部にある洗面所で顔を洗う。

 冷たい水が、顔に隅々まで潤していく。

 しばらく洗った後、そばにかけてあるタオルで顔を拭き、食堂車へ向かった。

 車内から窓の外を覗くと、やっぱり水色の鮮やかな超空間がひろがっている。

 食堂車のテーブルには、すでにサンドイッチや野菜スープ、ヨーグルトが並べられていた。

「あ、もう準備できましたよ」

「ありがとう。朝ごはん作ってくれて」

「私は…貴方の、道具ですから」と笑顔で答えるイオ。

 自分の事を当たり前のように、しかも笑顔で、道具と言っている。

 それが、とても悲しく感じた。

「ねぇ、イオ。僕は君を道具なんて思ってな…」

 そう言おうとすると、それを遮るかのようにピロン♪と音がした。

「マスター、救難信号らしき信号を受信しました。前方に航行不能とみられる船を発見」

「航行不能?誰か人が乗ってるの?」

「生命反応を感知しました」

 航行不能で救難信号ということは、何か事故にあったのかもしれない。

「分かった、すぐに向かって!」

「了解!」

 ブオォォォォォォォォォォと汽笛がなり、コスモスが加速しだす。

 緊急だから、ご飯はお預けになっちゃうけど、仕方ない。

「ごめんイオ!朝ごはん、後でいい?」

「はい、大丈夫です!」

 僕とイオは、お皿にサランラップを被せ、すぐに走って指揮所へ言った。

「まもなく到着します」

 モニターには、チョウチンアンコウのような形をしている緑色の物体が映し出されていた。

 その物体は、上部から伸びる棒と、側面には何個か蓋が付いていて、後ろには小さく二つのブースターのようなモノがある。

「あれが、そう…?」

「はい、間違いありません」

 ジュッシュッシュッシュッ、ギイィィィィィィィ、ガタンッと、コスモスはその船のそばで急停止した。

「どこの世界の船でしょうか」

 イオが心配そうにしている。

「とりあえず、移ろう」

 相手がどこの世界の人だろうと、困ってたら助けたい。

 僕は隣に行くために、急いで乗降口へ向かった。

 ドアを開け、隣の船に飛び移ろうとする。

「ご主人様!」

 腕がグイッと引っ張られる。

「どうしたの、イオ」

「危険です!私が行きます」

 真顔のイオの手には、紐に繋がれたベルトが握られていた。

「何かあったら恐し、いいよ。僕が行く。それ貸して」

「駄目です!私の方が身体は頑丈に造られています」

 ブンブンと、首を横に振るイオ。

「だからって…」

 僕はずっと、イオやコスモスに頼りっぱなしだから、こういう時だけは役に立ちたい。

 それをどうやって、説得すればいいのか分からない。

 すると、コスモスの声がした

「マスター、船から人が出てきましたよ」

「え?」と船の方を見ると、水色髪の僕と同い年くらいの人がハッチから身を乗り出して、こっちに手を振っていた。

「何かあったんですか?」

 言葉が通じるか分からないけど、とりあえず話しかけてみる。

「はい、エンジンが故障してしまって、食べ物もなくて…」

 あ、日本語だ。

 それが分かった途端、ちょっと安心した。

 でも、相手の声がなんだか弱々しく感じた。

 すると突然、その男の子は顔色を悪くして、ぐったりしてしまった。

「よかったら、こっちで何か食べませんか?」

「い、いいんですか」

 ちょっと不安そうに、だけど嬉しそうに、その男の子は少し元気を取り戻したようだ。

「こっちへ」

 そう言って、僕は手を伸ばす。

 男の子は僕の手を取ろうと、力を振りしぼって思いっきりジャンプし、僕はその手を掴み、イオが僕の腰を引っ張る。

 僕は落ちそうになったが、イオのおかげで無事、男の子をこっちに乗せることに成功した。

「イオ、ご飯をもう一人分用意してあげられる?」

「分かりました!」

 元気に返事をすると、先に食堂車へ走って行った。

「立てる?」

「…うん、ありがとう」

 

「わあっ!見たことない食べ物だけどおいしいね、これ!」

 男の子は目を輝かせながら、モグモグとサンドイッチを一気に口に含み、飲み込んで言った。

 僕らは椅子に座り、ご飯を食べているところだ。

 イオは僕の隣、通路側、男の子は窓側の僕の前に座り、イオが作ったご飯を次々に口に運んでいる。

「俺は、ハンザ・ナオキっていうんだ」とハンザは食べるのを中断した。

「僕は、天野慶介」

「私は、イオです」

 イオが軽く頭を下げた後、僕は天井を指した。

「そしてこの列車は、コスモスっていうんだ」

「コスモスです。よろしくお願いします」

 コスモスの声が天井に響いた。

「凄い…喋れる船なんだ。お金持ちかなにか?」と興奮気味なハンザ。

「いや、違うけど」

 なんとなく、お金持ちじゃないのにお金持ちって言われたのが、恥ずかしい気がした。

「君たちはどこの世界の人?」

「地球って星から来たんだ。色々あって、今は旅をしてるの」

「地球?聞いたことない…かな。うん」

「ハンザさんは、どうして異世界に?」

「ちょっと、異世界じゃないと売ってないやつがあって、それを買ったんだけど。帰りに、故障しちゃって」

 あははと、自分の頬をかきながら答えた。

「修理とかは?」

「ちょっと壊れ方が応急処置じゃできないくらい複雑で…」

 異世界に行ける船を、僕と同い年くらいの子が応急処置出来るなんて、やっぱりレベルが違う。

「すぐに帰る予定だったから、食料を持ってなかった?」 と追い打ちをかけてしまった。

「その通りだよ」

 ハンザは少し恥ずかしそうにうつむいた。

「ご飯美味しかったよ、ありがとう」

「お礼なら、イオに言って」

「ああ、ありがとう」

「いえ、ご主人様のご命令ですから」

 一瞬「ん?」という顔をしたハンザだが、すぐに何かを理解したかのように頷いた。

 絶対、何か誤解された。

「さて、やれるだけ修理してみるよ」とハンザが立ち上がった。

 ピロン♪

「緊急事態発生、強力なエネルギーの乱れが接近中。接触まで十一分三十秒」

 コスモスから発せられた言葉を、僕は上手く処理できなかった。

「エネルギーの乱れって?」

「もしかして…波!?」

「波…?」と僕は繰り返した。

「波を知らないの!?こういう超空間では一時的に不安定になる時があるんだ。巻き込まれたら、最悪死ぬことだってある危険なモノなんだよ?!」

 ハンザは焦った表情で、僕の肩を揺らして言う。

 死という言葉で、地球が壊された時のことを連想して、背筋が凍り、手が震え始める。

「そんなに危険なの!?す、すぐに出発しなきゃ…!」

「でも、俺の船は故障してる。ただでさえ直るか分からないのに、あと十分ちょっとしかないなんて…」

 ピロン♪

「マスター、私と繋いで曳航するのはどうですか」とコスモスが提案する。

「そっか!曳航なら直さなくても離脱出来ます!」

 息を弾ませて、イオが言う。

 ほかの方法は、たぶん無い。

「その場合、どなたか安全確認をしてもらえると助かります」

 コスモスは基本全自動だけど、人手が必要な時もあるみたいだ。

「それなら、私が装甲車から合図します」

「いや、僕が」

「ご主人様は、コスモスと私の主です。ここで、コスモスの管理をしていてください」

 ニコッと笑うイオ。

 役に立てないのは嫌だけど、何も出来ない人がいても邪魔になるだけだ。

「……分かった、お願い」

「はい!」

「すぐにハンザの船を繫ぐ準備を!急ぐの!」

 焦りながら、コスモスとイオに命令した。

「「了解」」

 イオは装甲車のある格納車へ向かい、僕らは指揮所から見守ることにした。

「あれだ!」

 ハンザの声で、列車の後ろの方を映すモニターをみると、超空間の向こうが黒く、稲妻が駆け巡っているのが見えた。

「あれが、こっちに向かって来てるんだ」

「そう」と頷くハンザ。

 コスモスはゆっくりと前進し、一旦船の前に出た。 

 装甲車に乗ったイオが、上部ハッチから身を乗り出して、緑の旗を振ると、ボッ!ポッ!と短い汽笛が二回鳴り、ゆっくりとバックし始めた。

 シュ…シュ…シュ…。

「いい連携だね。心が通じ合ってるみたいだ」

 感心したようにハンザが言う。

「イオの方が、コスモスといる時間が長かったからかな。……僕に出来ること無いのが、少し悲しいけどね」

 僕は苦笑した。

 イオが赤い旗を上げ、あと数メートルというところで停止した。

 後ろの機関車から射出されたワイヤーがハンザの船に繋がり、イオが指さし確認しているのが見えた。

「接続完了。装甲車を収容し、ただちに離脱します」

 すぐ近くにある小さなモニターには、列車の簡略図が表示されていて、黒から緑に変わった。

「収容完了しました、マスター」

「よし、行って!コスモス!」

 ブオォォォォォォォという汽笛とともに、ガタンっと急発進した。

 もう一度、モニターを確認すると、近づいていた波が段々と離れていた。

 僕らはホッと、胸を撫でおろし、シートの背もたれに寄りかかる。

 心に余裕が持てた僕は、ハンザに提案してみる。

「このまま、ハンザの世界へ行こうか」

 ハンザの世界で知識や情報を得られるかもしれないし、なにより、同い年くらいの人と入れる謎の安心感がある。

「え!?」とハンザは、きょとんとした顔をし、僕の目を見つめた。

 それに対して、僕は笑顔で返す。

「……ありがとう」

 ハンザは優しく微笑み、目尻には、小さくキラキラしたものが光って見えた。

「あ!ご主人様とハンザさん。ここに居たんですか」

 装甲車から降りてきたイオが、僕らの後ろに立っていた。

「お疲れ様、イオ」

 振り返り、胸元で小さく手を振る。

「はい、ご主人様!」

 イオに何事も無かったことに安堵し、僕はハンザと目を合わせてから、コスモスに命令する。

「コスモス、ハンザの世界へこのまま向かって。そこで休憩にしよう」

「はい、マスター」

 コスモスが返事をし、ブオォォォといつもより短いくらいの汽笛が鳴り響いた。

 

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