S c e n4・困 惑(とまどいながら)

By 清水銀嶺, 2006年3月16日

 明日(あした)から学絞か………。
 昼間のうちに退院して家に帰った私は、夕食の後すぐに寝間着(パジャマ)に着替えて寝床に入った。
 本当は生活練習(リハビリ)のために、数日(しばらく)は自宅療養っていうのをしなくちゃいけないんだけど、家の中に籠(こも)ってはいたくない。
 勿論、サッチやトマト、それに大将と顔を合わせるのは、ちょっと抵抗ある。
 でもサッチとは早く会って、ちゃんと話をしないといけないと思うし、大将には天野くんのことを、もっと良く教えてもらいたい。
 それに………………。
 それに………?
 フウッと溜め息が漏れる。
 私って、こんなに色々と思い悩む性格だったっけ?
 自分でいうのも変だけど、私はもっと、なんて言うか、楽天家だと思ったんだけど。
 ───なんか、私が変わっていくみたい……。
 あっ、また考え込んじゃう。
 ───えーい、もう寝ちゃえ!!
 枕もとの点灯器(スイッチ)で部屋を真暗(まっくら)にして、寝床(ベッド)に潜った。
 また、あの夢を見るのかな?
 嫌(や)だけど………。
 怖いけど………。
 あの赤褐色(あかい)龍は、絶対に倒さなきゃいけない気がする。
 倒さなきゃ………。
 だから私は、静かに瞼を閉じると、自分からあの夢の中に入ることを望んだ───。
 ドゴオオオオオオオオオオオ!!!!!!
 全躯(ぜんしん)が轟音の振動に包まれて、私の意識の目が開(ひら)いた。
 濁った紅(くれな)い色の空の下に、あの赤褐色(あかい)龍が目の前に立ちはだかっていた。
 私の躯躰(からだ)は、この前使った刀を出そうとする。
 でもね刀が完全に現出(あらわ)れる前に、赤褐色(あかい)龍の胸の辺りが眼伏(まぶ)しく光って、無数の火炎(ほのお)の鱗が銃弾のように飛んできた。
 避(よ)けなきゃと私が思っても、躯躰(からだ)が動かない。
 ───当たる!! と恐れた時、一瞬(タッチ)の差で刀が完全に現出(あらわ)れ、刀に纏った光で全ての鱗を打ち払った。
 赤褐色(あかい)龍の胸の辺りが、また光り始める。
 躯躰(からだ)は静かに刀を構えなおした。
 力を溜める。
 火炎(ほのお)の鱗が飛び出すのと同時に、大きく刀を振るった。
 今度は雷光(イナズマ)が、ドゴーン! という轟音を引き連れて、火炎(ほのお)の鱗を吹き飛ばしながら、赤褐色(あかい)龍に向かって行く。
 命中──────!
 赤褐色(あかい)龍は雷光(イナズマ)に引き裂かれると、この前と同じように炎の龍巻に姿を変えた。
 その強烈な熱風(かぜ)に躯躰(からだ)が吹き飛ばされる。
 躯躰(からだ)が起き上がった時には、もう炎の龍巻から赤褐色(あかい)龍に戻っていた。
 さっきよりは一回り小さくなっている。
 躯躰(からだ)は、刀を構えて腰を低くした。
 もう一度、斬りかかるつもりだ。
 赤褐色(あかい)龍も首を前に突き出して、巨大(おおき)な足で赤濁色(あかい)地面を鳴らしながら突進して来た。
 私の躯躰(からだ)は地面を蹴って宙に舞った。
 そして、刀を振り下ろす。
 ドゴーン! 
 ドドドドドドド!!
 ドガァーン!!!
 赤褐色(あかい)龍の躯躰(からだ)が幾つにも避けて、地面に散乱した。
 そして………、動かない、動かない。
 動かない………………。
 ───やった? やったの? 今度こそ………。
 躯躰(からだ)が恐(ゆっく)りと近づいてみる。
 突然、ゴオン! という轟音(おと)を立てて、散乱していた赤褐色(あかい)龍の躯躰(からだ)が、炎を吹き上げて連なりだした。
 ───囲まれた!?
 連なった炎は、私の躯躰(からだ)を囲んだまま炎の龍巻に変化した。
 躯躰(からだ)が、炎の龍巻に巻き上げられる。
 ───熱い──────!!!
 あまりの熱さに、今にも目を醒ましちゃいそう。
 そして、空高く巻き上げられた所で、炎の龍巻は赤褐色(あかい)龍に姿を戻して、落下する私の躯躰(からだ)を、長く突き出した口で喰らいついてきた。
 鋭く巨大(おおき)な牙に、躯躰(からだ)を噛み砕かれそうだ。
 ───ああああああああああああああああ!!!
 ───痛い!!! 痛い!!! 熱い!!!
 右手に持っていた刀が次第に透き通ってきて、ついには消えてしまった。
 牙は、どんどん躯躰(からだ)に喰い込んでくる。
 両手で必死に牙に抵抗しても、まったく敵(かな)わない。
 ───痛い!!! 熱い!!! 苦しい!!!
 ───もう、不耐(ダメ)、目が醒めちゃう!!!
 そう思うと、私の躯躰(からだ)は、いよいよ牙を押さえきれなくなって、牙が一気に喰い込んできてしまった。
 その瞬間(とき)、私は躯躰(からだ)から離れた。
 そして見た───!!!
 私が離れた躯躰(からだ)は、───天野くん───!?
 あの日の、私が溺れた日の、制服の白い背広中着(ワイシャツ)姿の天野くんが………。
 必死に手を伸ばしたけど、届かない。
 スウッと、目の前が見えなくなってくる。
 ───天野くん!!!
 目の前が真暗(まっくら)になっていく数秒(しゅんかん)、天野くんの躯躰(からだ)が赤褐色(あかい)龍の牙に噛み砕かれ、無残に飛び散るのが見えた─────────。
「いやああああああああああああああああ!!!」
 絶叫(ぜっと)して、私は寝床(ベッド)を跳ね起きた。
 ───天野くんが死んじゃう!
 ───天野くんが死んじゃう!!
 ───天野くんが死んじゃう!!!
 夢のはずなのに、夢のはずなのに、そんな気がする。
 ───天野くんが死んじゃう!!!
 ───天野くんが………………!!
「優子っ、どうしたの!?」
 押戸(ドア)の向こうからお母さんの声がして、ハッと我に返った。
「大丈夫、なんでもない。ちょっと…、怖い夢を見ただけだから………」
「そう…。学校に行くなら、早く仕度しなさい。お父さんも、もう出たわよ」
「はーい」
 私の返事を聞いて、お母さんは一階(した)に降りて行った。
 私は、若草色(ライトグリーン)の窓掛(カーテン)を開けて部屋の中に朝日を取り組むと、すぐに風呂(バス)で熱い湯浴器(シャワー)を浴びた。
 ───あー、憂鬱。
 さっき見た不吉な夢。
 そして、サッチのこと。
 この二~三日乱雑混線(グシャグシャ)になっている頭の中が、いよいよ乱電(ショート)を起こして煙を噴いてしまいそう。
 当然それは、外面にも現れちゃって。
 一応、湯浴器(シャワー)を浴びてから、お肌の手入れを念入りにやって髪も梳かしたけど、ああ…私の美貌が………。
 どうにか気を取り直して学校へ行って教室に入ると、安田くんをはじめとした男子たちが私を迎えた。
 私はサッチとトマト、それと大将の姿を求めて教室を見渡してみたけど、見当たらなかった。
 サッチとトマトの机に鞄は掛かっているのに………。
 とりあえず男子達(とりまき)に囲まれたまま、自分の席に着いた。
 そして、他愛ない無駄話(おしゃべり)をする。
 だけど………。
 日常(いつも)なら、今までなら男子たちと無駄話(おしゃべり)をしていると楽しかったはずなのに、今日は違う。
 今は違う。
 疎厭(うっとお)しい。
 ───どっか行ってよ!
 ───私は…、私は………。
 私は、左隣りの天野くんの席を見つめた。
 鞄は掛かっていない。
 机の中も空虚(カラッポ)。
 日常(いつも)のことなのに………、寂寞(さびし)く思える。
 天野くんの席は、此処(ここ)に在るのに。
 此処(ここ)に在るんだよ。
 今までは、級友(みんな)に虐(いじ)められて居場所が無かっただろうけど………。
 あっ、大将が居たね。
 …私も、私もいるから………。
 此処(ここ)が…、私の隣りが………、天野くんの場所だよ……。
 きっと、きっと助かるよね。
 また、学絞に来れるようになるよね。
 ───天野くん………。
 不意に、周りが騒(ざわ)ついた。
 ───何? と思ったら、目の前に天野くんが現れた。
 ───えっ? えっ? えっ? どうして………。
 天野くんは、私のことを閃(ちら)っとだけ見て、すぐに席に着いた。
 声を掛けようと思っても、なんて言ったらいいのか逡巡(ためら)っちゃって……。
 逡巡(ためら)っている間に、私に纏(まと)わりついていた安田くんと、その付録のような笹木順一(ささきじゅんいち)の二人が、天野くんに謔(から)んでいった。
 実際のところ、天野くんを直接(ちょく)に虐(いじ)めているのは、この二人なんだ。
 二人が挑戯(ちょっかい)を出すから、級友(みんな)も乗っているんだ。
 安田くんは、いつも…いつも天野くんを虐(いじ)めていた。
 酷い時には、天野くんの髪の先を点火器(ライター)で焦がしたこともある。
 その時…私は、級友(みんな)と…一緒に笑って……見ていた………………。
 天野くんは怖々(オドオド)して、なんの抵抗もしなかったけど、泣いたりもしなかった。
 それを安田くんは‥‥‥…。
 私は‥‥‥‥‥‥。
 沸々(フツフツ)と胸を苛々(イライラ)させるモノが湧いてくる。
 これは……、『怒り』──────。
 誰に───?
 私が思い巡らせている間に、安田くんは天野くんの足を粘々(ネチネチ)と蹴ったりした。
 天野くんは、ただ黙って俯いて耐えている。
 ───助けなくちゃ……………。
 ───助けなくちゃ……………………。
 安田くんを怒鳴りつけようと思ったけど、声が出ない。
 ───天野くんを…、助けなくちゃ‥‥‥。
 息を深く吸い込んで、拳をギュッと握る。
 そして私は、椅子を倒す勢いで立ち上がった。
 椅子が後ろの机にぶつかって、ガツンという大きな音がした。
 私を取り巻いていた男子たちが、喫驚(ビックリ)して私を見る。
 安田くんも笹木も、音で振り向いた。
 私は吸い込んでいた息を、言葉と一緒に一気に吐き出す。
「ちょっと! やめなさいよ!!」
 安田くんは勿論、取り巻いている男子たちばかりか、教室中の級友(みんな)が私を見て目を白黒させた。
「…な、なんだよ」と、やっと言葉を見つけたみたいな安田くん。「こんな奴の肩を持つつもりかよ、優子?」
「気安く『優子』なんて呼ばないで!!」
「何カリカリしてんだよ。入院生活で抑緊(ストレス)溜まってんのか?」
「そんなんじゃないわよ! 私は…」ちょっと逡巡(ためら)って、「天野くんを虐(いじ)めるのをやめなさいって言ってるの!!」
 すると安田くんは、
「虐(いじ)めてるんじゃないよ。戯(からか)ってるんだよ」と私の言ったことに驚いた感じで答えた。
 だから私は速々(スタスタ)と近づいて、安田の頬を思いっきり叩敲(ひっぱた)いた。
 ───こんな男(ヤツ)を、ちょっとでも好意(イイ)と思っていたなんて──────!!
 頬を押さえた安田が、驚きと怒りの混じった表情(かお)で私を睨んだ。
「痛(て)ーな! 何すんだよ!!」と手を伸ばしてくる。
 ウッ…。
 咄嗟(とっさ)に身構えると、私に届く前に、堅(ごつ)い手が横から安田の腕を掴んだ。
 その手は誰かと思って顔を向けると、登校して来たばかりらしい大将だった。
「何すんだ、放せよ!」と叫んだ安田は、大将を睨み上げたものの、無言の威圧に押されて沈静(おとなし)くなった。
 笹木は安田を置いて、速々(サッサ)と逃げ出した。
 大将が悠然(ゆっくり)と周りを見渡すと、教室中が静閑(シーン)と静まり返った。
 さすが大将。
 そこへ予鈴の合図(チャイム)が鳴って、私に纏(まと)わりついていた男子の一人が、
「あっ、一時問目…美術だったっけ? 急がないと…」とか言っちゃって自分の席に戻ると、他の級友(みんな)も狼狽(わらわら)と散って、美術道貝を鞄や鉄棚(ロッカー)から出して教室を出て行った。
 そして私が、大将に俯いたまま、
「ありがとう」と言うと、突如(いきな)り天野くんが立ち上がって、廊下へ歩き出した。
「あっ、待って!」と呼び止めたのに、そのまま天野くんは教室から出て行ってしまった。
 天野くんが大将にお礼も何も言わないで、無視して行っちゃうなんて………。
 私は大将の方を振り返って、
「あ………あの…」と足りなかったお礼の言葉を継ごうとすると、大将はニッコリと微笑んだ。
「お前が護(かば)ってくれたもんで、困惑(とまど)ってるだけさ。早く行きな」
「え?」と私の方がチョット困惑(とまど)い、「うん。でも…、いつの間に天野くん………」
「さあ…、それは……。まあ、貝合は悪くなさそうだから……」本鈴の合図(チャイム)が鳴った。
「と、いけね。急ごうぜ」
「うん………」
 大将に急(せ)かされて美術室に行くと、サッチとトマトがいた。
 どうやら、私が登校して来る前から美術室に来て作業をしていたようだ。
 私に気づいたトマトが、サッチに声を掛ける。
 そしてサッチも私を見たけど、ちょっと微笑(わら)って天野くんの方を指差した。
 ───行けって言っているの?
 サッチと話をしたいのに……………。
 私の思ったことが判ったのか、サッチは眼応(ウィンク)してみせた。
 だから私は、取り敢えず天野くんの方へ行った。
 出欠は取り終えちゃったのか、先生はいない。
 美術の授業は、いつも出欠だけ取ったら、それっきり先生は隣りの美術準備室に自分の作品を作りに行ってしまう。
 だから授業中は割りと自由なんだけど、出欠を取るのに間に合わないと欠席扱い。
 ───あ~あ………。
 私は、日常(いつも)のように空いている天野くんの隣りに座ることにした。
「ねえ、道貝無いんでしょ? 私の使っていいよ」と声を掛けてみる。
 でも、天野くんは私の方を振り向いてもくれない。
 その天野くんが持っている木彫像(さくひん)を見て、私は思わず息を飲んだ。
 ───似ている!
 ───ううん、同じだ!!
 ───あの夢の中の赤褐色(あかい)龍に!!!
 ───なんで‥‥‥!?
 ───恐怖(こわ)い!!!!!!
 私は道具を天野くんの机の上に置いて、学級(クラス)別の作品棚(スペース)に自分の木彫像(さくひん)を取りに行った。
 私は、翼を広げた鳥を彫っているんだけど、これがなかなか………。
 まだ色も塗れない‥‥‥。
 棚にある木彫像(さくひん)を手に取ると、後ろの方でガタンッという音がした。
 振り向くと、また安田が天野くんに挑戯(ちょっかい)を出している。
 まったく、懲りないんだから。
 私は、乾々(カツカツ)と学生靴(くつ)の底を鳴らすようにして近づいた。
「ちょっとォ、何回言えば判るのよ!?」
「え-つ!? なに?」と耳に手を添えて、巫山戯(ふざけ)て訊き返してくる。
 ───ムカッ!
 安田は天野くんに故意(わざと)らしく倒れかかると、足を蹴り飛ばして、
「あっ、悪(わ)りっ悪(わ)りっ、ゴメンな、故意(わざと)だけど」とお道化(どけ)てみせた。
 どう見たって、悪意に満ち満ちている。
 でも天野くんは、日常(いつも)のように怖々(オドオド)はしていなかった。
 今まで見せたことも無いような鋭い目つき。
 そう、まるで…あの赤褐色(あかい)龍のような目つきで、安田をギラッと睨み上げた。
 私は安田の肩を掴んで、
「やめなさいよ。天野くんだって怒るわよ」と言った。
 ───そうよ、天野くん。やられっぱなしでいることないわ。
 ───私も助けてあげるから………。
「大丈夫さ。怒ったりなんかしないよ。天野(こいつ)、何も言わないし、やり返す勇気だって無(ね)ェって」と安田は、私の言ったことを無視して、同じ箇所(ところ)をガツガツと何度も蹴る。
「安田!!!」と私が手を振り上げた瞬間(とき)、足を蹴り飛ばして、
「あっ、悪(わ)りっ悪(わ)りっ、ゴメンな、故意(わざと)だけど」とお道化(どけ)てみせた。
 どう見たって、悪意に満ち満ちている。
 でも天野くんは、日常(いつも)のように怖々(オドオド)はしていなかった。
 今まで見せたことも無いような鋭い目つき。
 そう、まるで…あの赤褐色(あかい)龍のような目つきで、安田をギラッと睨み上げた。
 私は安田の肩を掴んで、
「やめなさいよ。天野くんだって怒るわよ」と言った。
 ───そうよ、天野くん。やられっぱなしでいることないわ。
 ───私も助けてあげるから………。
「大丈夫さ。怒ったりなんかしないよ。天野(こいつ)、何も言わないし、やり返す勇気だって無(ね)ェって」と安田は、私の言ったことを無視して、同じ箇所(ところ)をガツガツと何度も蹴る。
「安田!!!」と私が手を振り上げた瞬間(とき)、天野くんが立ち上がって、安田の左頬を殴りつけた。
 しかも、木の彫像で。
 彫像の長い首は折れ、安田の左頬からは血がツ───ッと流れた。
「てめェ、何しやがんだ!!」
 怒った安田が、天野くんに掴みかかろうとする。
 でも、天野くんはフワッと躱(かわ)して、反対に安田を突き飛ばした。
 約3メートルも──────。
 そして、天野くんは美術用の重い机を片手で軽々(ヒョイ)と持ち上げた。
 上に乗っていた私の調色板(パレット)や彫刻刀の入った可逆塑性製箱(プラスチックケース)が床に落ちて散乱する。
 そんな…、天野くんが………、こんな…。
 私と同様に驚いた、ううん、驚きに加えて恐怖に駆られた安田は慌てて引戸(ドア)の方に逃げ出した。
 その背中に向けて、天野くんが机を投げつける。
 ───当たる!! と思ったら、安田に当たる寸前で机は床に落ちて、ドゴン! という音を立てた。
 机が安田に当たるのを止めたのは、大将だった。
 でも、さすがの大将も効いたらしくて、机を叩き落とした右腕を抱えで蹲(うずくま)ってしまった。
 教室中に女子の悲鳴が上がる。
 天野くんは、廊下に逃げ出した安田を追って行ってしまった。
 騒ぎに気がついた美術科の先生が教室に入って来た。
「どうしたんだ!?」と級友(みんな)に訊く。
 私が大将に駆け寄ると大将は、
「命を追ってくれ!」と叫んだ。
 私は後ろで呼んでいる先生を無視して、廊下に飛び出すと、足音のする階段を駆け降りた。
 一段、二段、三段と途中の段を跳び抜かしながら降りて行く。
 腰が軋(きし)んで痛い。
 それでも一階に降りると、───見つけた!
 安田と天野くんが、玄関から校庭に出て行く後ろ姿を。
 そして二人は校門を抜けると土手に向かって行った。
 土手の向こう側に姿が消える。
 私も後を追って行って土手の上に立つと、川の近くで二人が殴り合っていた。
 ───違う!
 安田が一方的に殴られているんだ!!
 ───こんなことって……!?
 安田が倒れても、天野くんは容赦なく蹴り続ける。
 安田の方は、もう抵抗することもできないのか、顔とお腹を腕で覆(おお)って蹲(うずくま)っている。
「やめて、天野くん! 殺す気!?」
 駆け寄って、天野くんを後ろから押さえつけた。
 けれど天野くんは、安田を蹴るのをやめようとしない。
「もう、充分(いい)でしょ!? 死んじゃうわ!!」
 すると天野くんは、悠(ゆっく)りと私の方に身体(からだ)を向け、突如(いきな)り私の顔をめがけて拳で殴りかかってきた。
 少(わず)かに鼻を逸れたものの、真正面から殴られた私は仰向けに倒れて、後頭部(あたま)を土面(じめん)に打ちつけてしまった。
「何するの!?」
 驚きと、頭と頬がジンジン痛んで、涙がボロボロ出てくる。
 でも天野くんは黙ったままで、今度は胸の谷間を蹴りつけられた。
「うっ、うげェ、げホッ、ゲッ、ウウぅ………」
 あまりの苦しさに、悲鳴が声にならない。
 ───天野くん、なっ、なんで‥‥‥?
 そう訊く間も無く、天野くんは私のお腹の上に馬乗りになって、首を両手で強く締めつけてきた。
 涙と苦しさに霞む目で見た天野くんの表情(かお)
は、まるであの赤褐色(あかい)龍そのものにも見えた。
「あ、アマ野…クン。どうシて‥‥‥」と、潰れそうな喉から声を絞り出す。
 そして、意不鮮明(ボンヤリ)してきた私は、
「ゴめん…なさィ…、ごメん……、許…しテ……、ごめン‥‥‥‥」と何に対してか自分でも判らずに、謝り続けた。
 でも私の首を締める天野くんの手には、さらに力が込められた。
 ───天野くん……、許して………。
 息が…詰まる……。
 気が‥‥‥遠くなって‥‥‥‥‥‥。
 その時、空に黒い点が現出(あらわ)れた。
 その点が、みるみる大きくなっていく。
 良く見ると、中心に向かって渦を巻いているみたいだ。
 その黒い渦の奥から、排球(バレーボール)くらいの大きさの白く輝く光の球が飛び出して来た。
 猛烈な速度(スピード)で迫って来る。
 そして、光の球は、天野くんの背中に直撃した。
 天野くんは暴(もが)き苦しんで、私の首から手を放した。
 そして、私の胸に倒れ込む。
 すると背中の辺りから、あの赤褐色(あかい)龍が現出(あらわ)れた。
 グングン巨大(おおき)くなっていく。
 な、なんでこんな現世(ところ)に!!??
 耳が張り裂けそうな咆哮(こえ)をあげた赤褐色(あかい)龍は、黒い渦の中に戻って行こうとする光の球を追って、巨大(おおき)な翼を羽揺(はばた)かせた。
 あの光の球、天野くんを感じた気がする。
 ───どうして………。
 光の球が黒い渦に飛び込み、赤褐色(あかい)龍も黒い渦の中に姿を消した。
 そして黒い渦も、次第に小さくなっていって、霞んで消えた………………。
「おーい、古谷ァ!!」
 土手の上の方から、大将の声がした。
 ザッ! と駆け降りて来る。
 私の頬の痣(あざ)を見て、
「大丈夫か! どうしたんだ?」
「あっ、うん……、赤褐色(あかい)龍が‥‥‥」
「ああ? 何を言ってんだ?」
 ───え?
 見ていないの?
 あんなに巨大(おおき)かったのに………。
「それより命は!?」
 言われて、私の胸の上に倒れている天野くんに触れてみたけど、ピクリとも動かない。
 慌てて大将が天野くんを抱き起こした。
「クソッ、発作を起こしたか!!」
 違う、そうじゃない。
 でも今は、さっき見た光景さえも現実だったのか鮮明(はっき)りしない。
「古谷、救急車を!!」
 心無(ボウ)っとしていた私は、
「う、うん!」と短く返事をして土手を駆け登った。
 すると後ろから、安田の呻(うめ)き声が聞こえた。
 振り向くと、安田は上半身を無理に起こして呆然としていた。
 私だってそうだ。
 いったい、何が起こったっていうの‥‥‥?
 ────────────────────────。

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