S c e n e3・変 遷(うつりかわる)

By 清水銀嶺, 2006年2月24日

 空気が重い───。
 空気が熱い───。
 ここは、何処───?
 濁った紅い色の空が広がっていて、紅蓮の炎を噴き上げる山々が連なっている。
 現実の世界だとは思えない。
 夢……?
 夢にしたって、こんな光景は初めて見るし、恐(すご)く生々しく感じる。
 なんか、見ていると、こう…胸が吐気(ムカムカ)してくる光景。
 ───あっ、飛んだ!?
 人間が空を飛べるわけ無いのに、ましてや飛ぼうなんて思ったわけじゃないのに、私の躯躰(からだ)はグングン空に昇って行く。
 突然、ゴゴゴゴゴゴゴという大きな地鳴りがした。
 すでに、遥か下方(かなた)に遠離(とおの)いた赤茶けた地面が亀裂割れて、みるみる盛り上がる。
 ド ン !
 と地面が吹き飛ぶと、赤褐色鱗(あかいうろこ)に覆われた巨大(おおき)な龍が現れた。
 ───なんなの!?
 そりゃあ夢なんて不条理(いいかげん)なモンだけど、こんな支離滅裂(むちゃくちゃ)なのは……。
 赤褐色(あかい)龍が、巨大(おおき)な躯躰(からだ)のそのまた何倍もある翼をひと振りして、もの凄い勢いで迫って来た。 鋭い牙のならんだ口を大きく開いて!!
 ───襲われる!!
 でも私の躯躰(からだ)は逃げようとしないで、両手を下に向けて突き出した。
 私の意志じゃない。
 躯躰(からだ)が勝手に動く。
 すると、突き出した手の先が熱くなっていくのを感じて、白い光が一筋、掌からに赤褐色(あかい)龍に注(そそ)がれた。
 赤褐色(あかい)龍は白い光に貫かれると、真逆様(まっさかさま)に赤茶けた地面に墜ちて行った。
 ズズズン!
 と空気さえも揺さぶる音が轟いて、巨大(おおき)な躯躰(からだ)が地面に滅(め)り込んだようだ。
 と思ったら、パアッと炎の龍巻に姿を変えて襲って来た。
 今度は私の躯躰(からだ)も逃げようとしたけど、逃げ切れなかった。
 熱い───────!!!
「キャアアアアアアアアアアアア………」
「……アアアアアアアアア!!!」
 ガバッと寝台(ベッド)で跳ね起きた私は、息を切らせて汗まみれになっていた。
 今のは…何?
 なんでこんな夢……。
 ???????????????
 ブルッ───。
 あっ、御手洗(トイレ)に行きたくなっちゃった。
 桃色(ピンク)の運動上着(ジャンパー)を羽織って、薄暗い廊下を 室内履(スリッパ)でパタパタさせながら御手洗(トイレ)に行った。
 まだチヨット腰が痛い。
 ───シクシク。
 そして、用を済ませて病室(へや)に戻ろうとすると、ふと階段が気になった。
 一階上の305に天野がいる…はず……。
 そう思ったら、いつの間にか私は室内履(スリッパ)を手に持って、ソロリソロリと階段を登って行った。
 なんとなく緊張─────。
 壁に張りついて、ヒョイッと廊下に顔だけ出す。
 すると、薄暗い廊下に一ヶ所だけ電灯(あかり)が光晄(こうこう)としているのが見えた。
 廊下に人影が無いのを確かめて、近づいてみる。
 電灯(あかり)が光晄(こうこう)としているのは、総硝子(ガラス)張りの集中治療室らしかった。
 硝子(ガラス)張りの下、床上五~六十糎(センチ)くらいまでは普通の白い壁になっているから、そこに隠れて室内(なか)を覗いてみると、中年のお医者さんが一人と、二人の看護婦さんが、いろんな機械を前にして何かをしている。
 私は、這うようにして集中治療室の前を通り過ぎると、すぐ隣りが305なのに気がついた。
 名札(ネームプレート)を確かめる。
 間違いない。
 『天野 命』、そう書いてある。
 そして、「面会謝絶」とも。
 305の引戸(ドア)には、閉止具(ストッパー)が仕掛けてあって、拳ひとつ分の隙間が開いていた。
 そして、隣りの集中治療室から伸びている沢山の電線(コード)の束が、引戸(ドア)の隙間から真暗な病室(へや)の中に入っている。
 その隙間から室内(なか)を覗いてみると、映像出カ装置(ディスプレイ)に写し出された呼吸数や心拍数、血圧値なんかを示しているらしい赤や緑の電算(デジタル)数字が、パパッパパッと不気味に変化していた。
「天野……」
 不思(ふい)に声を漏らした時、隣りの集中治療室の硝子(ガラス)張りの引戸が開く音がした。
 ハッと振り向くと、看護婦さんが瓶か何かを抱えて出て釆た。
 ───逃げなきゃと思うけど、まだ腰が安定(しっかり)していないから、とてもじゃないけど走れやしない。
「古谷…さん…………………?」
 そう言って近づいて来た看護婦さんは、夏子さんだった。
 ───怒られる!と思ったのに、夏子さんは優しく訊いた。
「どうしてこんな場所(ところ)に?」
「あ…あの…私‥‥・‥‥」
 どう答えたらいいの?
 思わず305に目が閃(ちら)っと行く。
 すると、
「いいわ。黙っててあげるから、早く部屋(へや)に戻りなさい」
 私は小声で、
「すいません」とだけ言って、来た時とは反対側の階段の方に行き、夏子さんにペコリと頭を下げてから、階段を降りた。
 そして病室(へや)に戻ると、運動上着(ジャンバー)と手に持っていた室内履(スリッパ)を放り出して、寝台(ベッド)の中に潜り込んで俯せになった。
 布団の外に手を伸ばし、封筒を取ってギュッと胸に抱きしめる。
 なんだか悲しくで哀しくて、何故こんなに悲哀(かな)しいのか良く判らないけど……。
「あした、明日…読むからね、天野…くん…」
 そして、いつの問にか…、眠った‥‥‥。
 墜ちる! 墜ちる!! 墜ちる!!!
 カッと目を見開くと、赤茶けた地面が目の前に迫っていた。
 スレスレで躯躰(からだ)を翻して着地したかと思うと、すぐに横に跳んだ。
 さっき着地した場所(ところ)に、ズンッ!!と赤褐色(あかい)龍の巨大(おおき)な手が滅(め)り込んで来た。 これ、さっき見た夢の続き!?
 でも、赤褐色(あかい)龍は考える時間なんか与えてくれない。
 すぐに手を地面から抜いて、鋭い爪を嵐のように振るう。
 その爪よりも速く躯躰(からだ)が避(よ)ける。 いったい、どうなっているの?
 躯躰(からだ)が勝手に……。
 ───あっ!
 赤褐色(あかい)龍の手がグンッと合脂(ゴム)のように伸びて来て、躯躰(からだ)を貫かれた。
 激しい痛みが─────────────走る!!!
 夢の中の痛みで、また私は跳び起きた。
 肩で息をして、汗がダラダラと流れてくる。
 私は、夢の中で貫かれた胸やお腹の辺りを擦(さす)ってみた。
 もちろん、なんともない。
「な、なんなの? なんで…、こんな夢…。どうして………」
 窓の淡黄(クリーム)色の窓掛(カーテン)は、朝日の光で白く煌(きらめ)いていた。
 ふと気がつくと、右手の掌の中で封筒をグシャグシャに握りしめていた。
 いっけない、まだ読んでないのに!
 慌てて封筒を整える。
 整えて…整えたけど……、どうしても中の便箋を取り出すことはできなかった。 読まなくちゃと思うのに。
 昨日、読むって誓ったのに──────────────。
 ──────────────────────────。
 ───結局、一日中封筒を見つめるだけで便箋を出さずじまいだった。
 トマトとサッチも釆なくて、ただ時間を無駄にしてしまっただけって感じ。
 ───あ~あ、明日には退院か。
 いわば、二週間近くも食べて寝るだけだったわけよね。
 身体形(プロポーション)を美(もと)に戻すだけでも大変だわ。
 それでもちゃんと夕食を食べて、すぐに横になった。
 豚になる………(*o*)。
 気づかないうちに流れていく時間───。
 止めることのできない時間───。
 ううん、前に何かの映画で、「時間(とき)は過ぎゆくと、お前もそう思うか? 否(いな)、断じて否(いな)だ。時間(とき)はただそこに停滞(とどま)り、我々だけが移ろいゆくのだ」っていう台詞(セリフ)があった。
 だとしたら私………、 ───何をしているの?
 ───何をしたいの?
 ───何をしたらいいの?
 ───何をできるの?
 何もしないでいると、訳の判らないことばかり考えてしまう。
 封筒を手にしてみる。
 ───この中に示唆(ヒント)があるかも………。
 ───答えが…あるかも………。
 ───天野くん─────────。
 指先が、ごく自然に便箋を取り出そうとする。
 その同時(とき)、コンコンと引戸(ドア)が軽叩(ノック)された。
「はい?」と返事をする傍ら、不意(とつぜん)の事に封筒を布団の中に隠してしまう。
 引戸(ドア)が開き、「古谷さん、消灯の時間よ」と入って来たのは、夏子さんだった。
 昨日の事もあるから、調子(バツ)が悪くて、私は横になったままで返事をした。
 そして、「あの…、昨日は請怒(ごめん)なさい」
「そうね。駄目よ、あんな時間にあんな場所(ところ)をウロウロしてちゃ」
「あの…、それで、天野くんは…‥‥‥?」
「……本当は、むやみに他(ほか)の患者さんの事は教えちゃいけないんだけど……」と溜息をつき、「また寝台(ベッド)を抜け出して来られても困るから‥‥‥」
 そう言って、夏子さんは教えてくれた。
 あの日から、ずっと天野くんは昏睡したままで、危ない状態が続いているらしい。
 それを聞いて俯いた私に、夏子さんは力強く言う。
「大丈夫よ。私たちが二十四時間交替でつきっきりなんだから、あなたの命の恩人を死なせはしないわ」
「お願いします!」と応えた後で、ハッと疑問が湧いて、寝台(ベッド)から跳び起さた。
「天野くんが私を助けたって、どうして誰も教えてくれなかったんですか?」
 夏子さんは声を秘(ひそ)めて、「あの子の親御さんに口止めされたのよ…」
「どうして!?」
「あなたに余計な、配をさせたくないと…」
「余計だなんて‥‥‥、そんな!」
「あなたは、誰から訊いたの?」
 今度は、私が声を秘(ひそ)める。
「……友達に……………」
 そして、黙り込んでしまった私を見て、夏子さんが、こんなこと言ってくれた。
「‥‥‥あなた、明日退院だったわよね? お 家(うち)に帰る前に、あの子に会っていかない?」
「え?でも……」
「私が勤務(はい)ってる時に、ちょっと病室(へや)を覗くくらいなら……。あの子にお礼を言わずには帰れないんでしょ?」 私は黙って諾(うなず)いた。「でも、このことは誰にも内緒よ」と唇の前に人差し指を立てる。
 そして夏子さんは病室(へや)の電灯(あかり)を消すと、次の病室(へや)へ向かった。
 明日───、天野くんに会いに行く。
 たぶん、何も訊くことはできないだろうけど、何かこう、胸が悸々(ドキドキ)する。
 心臓がトクントクンいっている。
 明日………。
 ………今夜もまた、寝たらあの夢の続きを見るのかな?
 あの、怖くて生々しい夢を。
 ───イヤ!
 ───見たくない!
 ───眠りたくない!
 そうは思っても、スウッと眠りに引き込まれそうになる。
 その度に、寝ちゃ不可(ダメ)って意識を戻す。
 ───あっ、また!
 私は、思い切ってガバッと起き上がった。
 ブンブンッと頭を乱暴に振って眠気を醒ます。
 そして、フウ───ッと長い溜患。
 何気なく伸ばした手が、枕元灯(ライト)を点けた。
 白い光が眩しくて、数秒(ちょっと)、目を閉じる。
 そして、静(ゆっく)りと目を開けると、花瓶の近くにポツンと置いてある封筒が見えた。
 ───甚(ひど)く気になる。
 ───今読みたい。
 ───すぐ読みたい。
 ───読まずにいられない。
 心の奥に沈めておいたモノが、衝動的に湧き上がってきて、いつの問にか、もう中の便箋を取り出して開(ひら)いていた。
 理由(わけ)の判らない緊張感が思考を鈍らせて、胸を息苦しくする。
 ───な、何よ。
 懸想文(ラブレター)なんか、飽きるくらいって言ったら大袈裟だけど、見慣れた物じゃない。
 なんでこんな………。
 悪口が出そうになって、考えるのをやめた。
 落ち着いて………、落ち着いて……………。
 まず、一行目から。
 ゆっくり。
 しっかり。
 一字一句を胸に刻み込むようにして読んでいく。
 正直言って、こんな風に懸想文(ラブレター)をちゃんと読んだのって、初めて貰った小三の時以来だ。
 読んでいる私と同じく、書いた天野くんもよほど緊張していたに違いない。
 黒の署名筆(サインペン)で書かれた文字が、可笑(おか)しいくらいに緊(きっち)りと書いてある。
 でも……、コレ本当に懸想文(ラブレター)なの?
 確かに、形式通りの告白の言葉は書かれているけど、全体に散りばめられた文章は、何かが違う。
 何処かが違う。
 もう一度、最初から読み返してみる。
 もう一度、最初から読み返してみる。
 もう一度、最初から読み返してみる。
 もう一度、最初から読み返してみる。
 何度も何度も、初めから終りまで読み返してみる。
 そして、今までに他の男の子たちから貰った懸想文(ラブレター)とも照らし合わせてみた。
 碌(ろく)に読んだこと無いけど。
 さらに───。
 ───自分なら…、自分ならどう?
 ───自分なら、どんな懸想文(ラブレター)を書く?
 ───好きな人にどんな……。
 ───真剣(ほんとう)に好きな人には…‥‥‥…。
 そうやって、頭の中で自分なりの懸想文(ラブレター)の文章を創(つく)ってみて、ハッ! と気がついた。
 ───そうだ!
 コレには、つきあって下さいみたいなことが、全然、全く書かれていないんだわ!!
 私のことは死ぬはど好きみたいなことを書いておいて、私のためなら如何(どんな)ことでもするみたいなことを書いておいて、何も私に求めていない。
 何も………。
 それどころか、『私』そのものを求めていないみたい………………………。
 ───どうして?
 ───好きだという想(こと)だけを告げて、それだけなの?
 ───そんなのってあり?
 ───私…、どうしたらいいの?
 ───何をして欲しいの?
 ───私は…、何も判らないのに。
 ───知りたかったのに。
 ───天野くん………、あなたは………………、いったい………なんのために………………………。
 全身を締めっけていた緊張の糸がプッツリと切れ、崩れるように寝台(ベッド)に横になった。
 泣きはしない。
 涙だって出てこない。
 でも、なんだか悲しくて哀しくて、耐えられなかった。
 便箋をっかんでいた手に力が入って、クシャッと折れ曲がる。
 ───起きていたくない。
 ───起きていたくない。
 ───眠りたい。
 ───眠ってしまいたい!
 そう思うと、いとも簡単に眠気が訪れて、夢の中へと引き込まれてしまった。
 ズキッ!!
 夢の中に入ってすぐ、強烈で激しい痛みが躯躰(からだ)を駆け巡って目を開いた。
 すると、目と鼻の先の距離で、赤褐色(あかい)龍の口がガヴァッと大きく開いた。
 躯躰(からだ)は、その口の牙から逃(のが)れるために後ろへ跳ぶ。
 そして、右手がカアアアアアアアッと熱くなってくると、日本刀のような物が現れた。
 稲妻のような光が刃(やいば)の周りを包んでいて、雷鳴のような音が轟く。
 ───なんなのコレは!?
 そんな私の質問(かんがえ)を無視して、躯躰(からだ)は刀を大きく振り降ろした。
 刀の刃先は届いていないのに、ドン!
 という凄い音がして稲妻のような光が飛んで行き、刃(やいば)の代わりに赤褐色(あかい)龍のお腹を切り裂いた。
 そうしたら、その切り口から炎が噴き出して来て、炎の勢いで後ろに飛ばされ、岩に叩きつけられた。
 炎の熟さと打撃の痛さで、目を醒ましそうになる。
 でも躯躰(からだ)は、ヨロヨロと立ち上がって刀を構え直した。
 すると、なんだか躯躰(からだ)が膨脹(ふくら)むような感じがしてきた。
 まるで、力を溜めているみたい。
 ううん、そうなんだ!
 躯躰(からだ)じゃなくて、刀が倍くらいに大きくなっていく。
 そこへ、赤褐色(あかい)龍が頭から突っ込んで来て、大きく開けた口の奥がポウッと紅い色に光る。
 炎を吐くつもりだ!
 そう思った瞬間(とき)には、もう全身が炎に包まれた。
 ───熱い!!!
 だけど躯躰(からだ)は逃げようとしないで、ただ耐えていた。
 そして、刀を悠然(ゆっく)りと斜め下に構える。
 赤褐色(あかい)龍が息継ぎをしようとしてなのか、炎を吐くのをやめた瞬間、躯躰(からだ)は下から上へと思いっきり刀を振るった。
 ドゴオオオオオオオオオオオオオ!!!
 と周りの熱い空気を揺さぶる音が轟いて、刀から放たれた光が赤褐色(あかい)龍の巨大(おおき)な躯躰(からだ)を真っ二つ切り裂いた。
 赤褐色(あかい)龍の絶叫が耳を劈(つんざ)く。
 なのに赤褐色(あかい)龍は、炎の龍巻に姿を変えると、数秒(すぐ)にまた無傷な赤褐色(あかい)龍に戻ってしまった。
 こんな………。
 これじゃ際限が無いわ!!
 ん? でも………。
 さっきより少し小さくなっているような………。
 ───そうだわ!
 ───確かに小さくなってる!!
 ───あと何度かやってみれば………。
 躯躰(からだ)もそう思ったのか、両手で刀を正面に構えた。
 あっ、この感覚………飛ぶ!?
 思った瞬間(とき)にはもう、躯躰(からだ)は弓から放たれた矢のような勢いで、赤褐色(あかい)龍の頭上を越えた。
 それを追って、赤褐色(あかい)龍が炎を吐きながら顔を上に向ける。
 躯躰(からだ)はその炎の中に突っ込むと、墜ちるままに赤褐色(あかい)龍の口の中に飛び込んでいった。 刀から放った光が、赤褐色(あかい)龍の躯躰(からだ)の中で暴れ回る。
 赤褐色(あかい)龍の躯躰(からだ)の中は、まるで炎の柱の中を潜(くぐ)り抜けているみたいだ。
 どんどん、どんどん、どんどん巨大(おおき)な躯躰(からだ)の奥にまで墜ちていく。
 熱い!
 熱い!!
 熱い!!!
 もうダメ…。
 意識が………。
 このまま、また目が醒めちゃうの?
 ───そんなのイヤ!
 ───そんなのダメ!
 何故だか判らないけど、この赤褐色(あかい)龍に負けちゃいけない気がする。
 ちゃんと倒すまでは………、耐えなきゃ…。
 グッと意識を『何か』とに強攫(しがみ)つかせて耐えていると、唐突に赤褐色(あかい)龍の躯躰(からだ)を突き抜けて地面に激突した。
 動けない。
 はずなのに、躯躰(からだ)は横に飛び出して赤褐色(あかい)龍の下から脱出した。
 すぐに刀を構え直すと、力を溜めながら赤褐色(あかい)龍を見上げる。
 赤褐色(あかい)龍は、仁王立ちになったまま動かない。
 動かない。
 動かない。
 突然───、地面を揺さぶる程のを咆哮(ほうこう)あげた。
 その衝撃波(こえ)のせいで、躯躰(からだ)がよろけて尻餅をついてしまった。
 そして、また炎の龍巻に姿を変えてから赤褐色(あかい)龍に戻ると、翼をひと振りして濁った紅い色の空へ飛び去って行った。
 ゴウッ!と熱風が少しのあいだ吹き荒れる。
 ………逃げられちゃった………………。
 あれだけやったのに、まだ生きているなんて………。
 ま、いっか。
 一応…、勝ったんだもんね。
 うん、そうだ。
 勝ったんだ。
 やっつけたんだ。
 ───やった────────────!!
 私は寝台(ベッド)の上で上半身を起こして、思いっきり万歳をしていた。
 自分が夢から醒めたことに気がっいて、そのうえ、万歳の姿態(ポーズ)をしている自分の恥ずかしさに、慌てて寝台(ベッド)に潜った。
 そ~っと頭だけを出す。
 誰も、いない……よね。
 安心して、ホゥ…と胸を撫で降ろした。
 そして考える。
 今日は退院の日。
 うれしいはずなのに、引っ掛かっている。
 天野くんのこと。
 私は…、好きになったのかな。
 すごく、すっごく気にはなっているけど…………判らない。
 今…私は、天野くんの側(そば)にいてあげたい。
 天野くんの近くにいてあげたい。
 でも、それは…。
 それは……………?
 また、頭の中が乱雑混線(グシャグシャ)になってくる。
 私はいったい、何に拘(こだわ)っているんだろう?
 朝の検温と、朝食を済ませた後も同じことを繰り返し繰り返し考えていた。
 そこへ、コンコンと軽叩(ノック)の音。
 あっ、お母さんかな?
 ───退院か…。「は-い、どうぞ」
 そう返事をしてみせると、入ってきたのは夏子さんだった。
「今ちょっとイイ?」
「え? あの…」
 ───なんですか?
 と訊こうと思ったら、「昨日の約束、今なら諒承(O.K)なんだけど」と言われて思い出した。
 ───そうだ、天野くんに逢いに行くんだ。
 私は、早急(すぐ)に室内履(スリッパ)を履いて運動上着(ジャンバー)を羽織ると、夏子さんの後ろをペタペタと付いて行った。
 三階に上がって、天野くんの病室(へや)の前で、「意識はまだ回復していないけど、今朝は安定してるから」と夏子さんは小声で言い、静かに半開きの引戸(ドア)を開けると、私だけを病室(へや)に押し込んで、素早く引戸(ドア)を戻した。
 一昨日(おととい)は、真暗(まっくら)で判らなかったけど、今は蛍光灯の光の中で、天野くんは寝台(ベッド)に横たわっていた。
 ロには可塑性物質製(プラスチック)の酸素口当具(マスク)が、額には脳波を測定するためらしい電線(コード)が何本も付けてあって、腕に刺してある点滴の針が痛々しい。
 不耐(たまら)ず目を反向(そむ)けると、寝台(ベッド)の横にある心電図や脳波計、呼吸計とかが目に入った。
 赤や緑の電算(デジタル)数字で示された数値が、増えたり減ったりを繰り返している。
 私は、なんだかそっちの方が怖くなって、天野くんの方に目を戻した。
 緩(ゆっく)りと近づいて、天野くんの顔を覗いてみる。
 こんなに真面裏面(マジマジ)と、天野くんの顔を見たのは初めて。
 今まで、単に脆弱(ひよわ)なだけだと思っていた私よりも色白な肌は、なんだか艶(なまめ)かしいくらいだ。
 それに、しっかりと閉じられた瞼に鮮明(はっきり)と入っている横線(スジ)は二重だということを示しているし、睫(まつげ)も長いみたい。
 もしかして天野くんって………、可愛い(0^-^0)
 ヤダッ、私ったら何を考えて………。
 ───あ…ま……の…くん。
 ───あ・ま・の・くん。
 ───天野…くん。
 ───天野くん。
「天野くん」
 心の中で…小さく声に出して…呼んでみる。
 勿論(でも)、返事は返ってこない。
 深く、沈(ふか)く、眠りつづけている。
 まるで、眠り姫のように………。
 眠り姫を起こすことができるのは、お姫様を愛する王子様の接唇(キス)だけ………。
 配役が逆だけど、もし口当貝(マスク)が付いていなかったら、私は………接唇(キス)をしていたかもしれない。
 ───目を醒まして!!!
 そう強く祈りながら。
 天野くん………、なるべく………早く…ね。
 待っているから。
 目が醒めるの、待っているから。
 そうしたら…、そうしたら、交遊(デート)しようね。
 不意に、引戸(ドア)から夏子さんが頭だけ覗かせて、「もういい?」と小声で訊いた。
 私は、
「はい」と短く答え、急いで廊下に出た。
 夏子さんが、素早く引戸(ドア)を戻す。
 振り返って、半開きの引戸(ドア)の隙間から閃(チラ)っと見えた天野くんに、心の中で私語(つぶや)いた。
 ───好き…だよ……。

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