【メイド喫茶論考】 メイドの服装

By 管理魔術師, 2010年4月28日

文/清水銀嶺
画/犬山しんのすけ

 では、店員としてではなく、歴史上のメイドについて述べていくことにしよう。
 仮想世界を愉しむための一助となることと思う。
 主に黒か紺色のワンピースに、膨らんだ肩とヒラヒラのレースが付いた特徴的なエプロンと、レースの付いたヘッドドレス(頭飾り)。
 そして、「お帰りなさいませ、ご主人様」と、うやうやしく出迎えてくれる女性。
 メイドと聞いて、多くの人が思い描くのは、こんなイメージだろうか。
 服装の特徴からすると、十八~十九世紀のヴィクトリア朝時代のイギリスにおける、パーラーメイド(客間女中)がその原型だろうと思われる。
 当時の上流階級では、多くの召使を抱えており、メイドは細かく役割分けされていて、パーラーメイドは訪ねてきた客をもてなしたり、食卓の給仕をするのが役割だった。そのため、雇い主の見栄が反映され、およそ実用的とはいえないデザインのエプロンを着用し、着飾らせられていた。
 一方、「お帰りなさいませ」と家人を出迎えるのは、ハウスメイド(家事女中)であった。ハウスメイドの仕事は多岐にわたり、各部屋の清掃に生活用品の手入れ、食事の給仕にベッドメイキング、戸締りなどをおこなうため、その服装は簡素だったようだ。
 つまり、最初に示したメイドには、パーラーメイドとハウスメイドのイメージが混じっていると云えるだろう。
 ところで、ヴィクトリア朝時代のメイドの服装は、当時にしても時代遅れのものだったようだ。
 イギリス革命が起きた後で、上流階級が下層の人間が自分たちと同じような服装をするのを嫌ったためとも、富を得た中流階級が上流階級に憧れて伝統的な服装をさせたためとも云われている。
 しかし、そのデザインの起源そのものは不明で、研究も進んでいないらしい。
 メイド服に歴史的価値があるとは思われていないからだろう。
 かつて浮世絵が日本では価値のある物とは思われておらず、海外での評価の高まりを経てから研究が進んだように、日本でのメイドブームが、かの国に伝わって研究が深まり新たな歴史的発見が、……という事もありえるかもしれない。

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