ヴァ―レ・リーベ 第6話「彼女は何か知っている」

 茶色いドアの銀色に輝くドアノブを握り玄関を開けると、誰かがフローリングを走っているのか激しい足音がした。

 その音は段々と近づいて来ており、遂には何やら慌ただしく玄関に繋がる階段をドタドタと駆け下りてくる、白衣姿の友里が姿を現した。

「ただいま」

「あ!おかえりー。って家は奏汰の家じゃないんですけど」

 奏汰がリュックを背負ったまま、直接友里の家に来たことに抗議をした。

「いや、もう直接来た方が早いなって」

「ふうん、ま、いいけど」

「いいんかい………。それで、何してるんだ?」

「何って、開発?」

 見て分からない?という友里の表情に、と奏汰は頭を抱えた。人が苦労しているというのに、なんて奴だと一瞬考えたが、そんなことで一々腹を立てるわけにもいかないとこの一瞬で察した。

 幸いにも、友里は例の事件を気にしていないのか、そもそもニュースを見ていないのか、いつも通りの調子とほぼ変わらなかった。

 ただ一つ、いつもより何かに焦っているという点を除けば。

「手伝おうか?」

「あー……えっと、じゃあ、お願い、しようかな?」

 普段なら「手伝ってくれるの?やった!」と、気を良くして無理やりにでも実験を手伝わせてくるものだが、今日だけは珍しく歯切れの悪い返答が返って来た。奏汰は当然、違和感を覚えた。でも、それについて指摘し、問いただす気には慣れなかった。

 仕方なく、彼はリュックを玄関口に置かせてもらい、靴を脱いで家の中へと上がった。

 木目調で、LEDの照明の光を反射するほど真新しく見えるフローリングを歩く。

 この家自体は、それなりに年月の経つものである。

 しかしながら、これほどまで新築のように真新しく見えるのは、母親が娘のために汗を拭ってマスクを着けて埃を被りながら身を粉にして掃除をしたわけでも、父親が家族のためにリフォームしたからでもなかった。

 確かに、友里のラボを設置するために部屋を改造こそしたが、この家の綺麗さは友里の開発した修復機能付きの自動掃除機が理由である。

 普通のゴミを吸引するだけの掃除機とは違い、見えないレベルの傷を修復しながら掃除してしまうのである。

 まるで、魔法のような産物である。

 そうして奇跡のように老朽化とは無縁となった家の廊下を歩き、友里に連れられて、奏汰はラボの中へ入って行った。

 部屋に入ってすぐ、ちらっと、例の布がある所を横目で確認すると、以前と同じように2階まで届くほど大きい何かが布を被って静かに佇んでいた。

 布の形やら、皺の配置やらを覚えているかと問われれば、奏汰には全く分からなかったが、これが工場の一件の正体ではないことは不思議と確信を持てた。

「これをちょっと手伝って欲しいの」

 ポンと部屋の真ん中に設置された作業台の上に置いてある黒い箱のようなものに手を置いて、早くこっちに来いとでもいうかのように、奏汰に手招きしている。

「どれだって?」

「これ」

 それは、何かのパーツだろうか、蓋を外された状態の黒い金属の箱で、作業机の上の端っこに置かれていた。

 その周りには、相変わらず本やらビーカーやら天秤やら、色々なものが乱雑に置かれていた。

「ちょっとここ押さえてて」

 友里は奏汰に黒い箱が動かないよう固定させ、配電盤やら分電盤やらにコードを繋いでいる。

 彼はパソコンやスマホの中身を見ているかのような気分になった。

「これなに?」と奏汰が訊いても「ちょっとねー」としか返さす程度で、あとは自分の作業に集中したっきりだった。

 一本にコードが分電盤、配電盤に繋げられ、また違うコードが電子盤に繋げられる。

 同じような工程を数分もしないうちに手際よく行った。

 すべての作業が終了すると電子版を箱の中に納めてしまった。

 友里はその箱を持ち上げ、壁に同じサイズで開けられた四角い穴にすっぽりと入れたかと思うと、外側からは分からないように、壁と同じ幕を張った。

「よし、これで完了っと………」

 額を流れる汗を袖で拭った。

「今度はどんなビックリおもしろメカを発明したんだ?」

「ビックリおもしろメカって………」

 ジト目で奏汰を見る友里を彼は知らんふりして、ただその奇妙な箱が入った壁を見つめた。

「これは、まあ、言っちゃえば、防犯システム?」

「防犯システム………?」

 オウムのように、「防犯システム」という言葉を返した。

 防犯システムとは、おそらくその名の通り、この家を犯罪から守るためのシステムなのだろう。

 そんなものが必要なのかと考えれば、確かに、両親不在の家に女子高生一人は危険だ。

 隣に奏汰がいるとはいえ、万が一が起こらないとも限らない。

 でも、それならどこかの防犯会社と適当に契約を結べばいいだろうと、奏汰は思った。

「これは、ただ警備員を呼ぶためのシステムじゃないの」

 彼の思考を呼んだのか、そう表情で訴えていたのを感じ取ったのか、落ち着き払った声で友里が言った。

「つまり?」

「つまり、守ってくれる人を呼ぶんじゃなくって、自分で自分を守る家ってこと」

「うん?…………え?……………ん?」

 恐らく簡単な日本語のはずであるが、いまいちピンとこなかった。

 一般的な知識を持った人であれば、彼女が何を言っているのか理解した時、果たしてどのように家を守るのか興味に駆られるだろう。

「多分、あとで分かるよ。奏汰の家にも取り付けようか?」

「いえ大丈夫です」

「即答て酷くない?」

「いや幼馴染の家に変なものを取り付ける方が酷いだろ」

「変なものじゃないよ、防犯システムだよ」

 友里は悪気なんて微塵もないといった表情で、腰に両手を当てた。

 奏汰にとっては正直、期待できるようなものではなかった。

 彼の目の前にいるこの天才少女は、8割は誰もが目を見張るような発明をしてしまうが、そのほとんどが実用性とは遠いものだった。

 それに、残りの2割はとんでもない失敗作だった。

 一度ラボが吹き飛んで、奏汰の家の塀が崩れ、窓ガラスが割れた時などは奏「こいつと友達でいるのやめようかな」と奏汰が珍しく本気で考えたほどである。

 そうは言ってもこの年になるまで絶交せずに、仲良くいられたことは、奏汰の心に、友里への想いがあったためだろう。

「いいでしょ、幼馴染なんだしさ」

「幼馴染だから嫌なんだろうが。まだ俺は死にたくない」

「ちょ………」

「冗談だよ。家に変なシステムを取り入れるのは勘弁だけどな」

「むぅ……」

 少しの間だけ友里の頬が膨らんだかと思えば、ぷっと吹きだし、つられて奏汰も笑いだした。

 2人の大笑いは実験器具が乱雑に置かれ、しんとした雰囲気の薄暗いラボに、暖かな雰囲気をもたらした。

「でもさ、本当になんでまたこんな物を取り付けたりしたんだ?」

 奏汰は、隅で埃を被っていた折り畳み椅子を広げ、コトンッと床に置き、腰を下ろした。

「奏汰も、見たでしょ。あのニュース」

「あのニュース?あぁ、工場が爆発したっていう…………」

「そう。それ」

「でも、事故じゃない?」

 ニュースの映像で、ロボットのことやクラスで友里が犯人扱いされていることには触れないように細心の注意を払って行った。

「確かに、あれは事故の可能性がある。でも、そうじゃないかもしれない」

「どういうことだ?」

 首を傾げる奏汰をちらっと見ると、友里は近くに置いてあったビーカーの縁を指でなぞりながら答えた。

「つまり、誰かがやったかもしれない」

「それって…………」

 ついにあの事について何か話してくれるのか、と奏汰が身構えた、その時だった。

 ピー!ピー!

 緊急地震速報でも、火災報知器でもない。

 全く聞いたことのない警報音。

 それなのに、どの警報よりも緊張感を駆り立てられる、不快な音。

「来ちゃった…………。こんな早くに見つかるなんて……………」

「何!?どういうこと!?」

「さっき付けた防犯システムだよ。もう作動したんだ」

「誤報」とかじゃなく?」

「あれを見て」と天井を指さした。

 その方向を確かめると、プラネタリウムのように、映像が映し出されいた。

 もっとも、映し出されたのは沈みかけた夕陽でも、綺麗な星の海でもなかったが。

「あれは?」

「悪の組織ってやつかな」

「は?え?」

 悪の組織。今時の漫画やアニメでももっとうまい設定を作るぞ。なんだよそれ。

 警報によって焦らされ、冷や汗を流しながら奏汰は思った。

 友里は大真面目な顔で、悪の組織だと言った。

 彼女が悪ふざけを言っているかどうかはともかく、日が暮れた街で、辺りに人がいない闇に紛れて黒い服を着た男数人が銃を持ち、友里の家の塀に隠れている姿がはっきりと天井に映し出されているのは紛れもない事実である。

 近くには、不審な場所で停まるワゴン車。

「あれは誰?一体、あいつらに何をしたんだ?」

 問い詰めるように友里に言い放った。

 その声は焦燥に駆られている。

 これが彼女の手の込んだドッキリでないことは明白だったからだ。

「とにかく、この家の警戒を最大にしなきゃ。私たちじゃ、あの人達に太刀打ちできない」

 床の一部は、小さな隠し戸になっていたらしく、それを開くと、赤いボタンが現れた。

 友里は、それをか細い手で押した。 

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