見習い魔術師

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コミックマーケット70-001





 




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S c e n4・困 惑(とまどいながら)


 明日(あした)から学絞か………。
 昼間のうちに退院して家に帰った私は、夕食の後すぐに寝間着(パジャマ)に着替えて寝床に入った。
 本当は生活練習(リハビリ)のために、数日(しばらく)は自宅療養っていうのをしなくちゃいけないんだけど、家の中に籠(こも)ってはいたくない。
 勿論、サッチやトマト、それに大将と顔を合わせるのは、ちょっと抵抗ある。
 でもサッチとは早く会って、ちゃんと話をしないといけないと思うし、大将には天野くんのことを、もっと良く教えてもらいたい。
 それに………………。
 それに………?
 フウッと溜め息が漏れる。
 私って、こんなに色々と思い悩む性格だったっけ?
 自分でいうのも変だけど、私はもっと、なんて言うか、楽天家だと思ったんだけど。
 ───なんか、私が変わっていくみたい……。
 あっ、また考え込んじゃう。
 ───えーい、もう寝ちゃえ!!
 枕もとの点灯器(スイッチ)で部屋を真暗(まっくら)にして、寝床(ベッド)に潜った。
 また、あの夢を見るのかな?
 嫌(や)だけど………。
 怖いけど………。
 あの赤褐色(あかい)龍は、絶対に倒さなきゃいけない気がする。
 倒さなきゃ………。
 だから私は、静かに瞼を閉じると、自分からあの夢の中に入ることを望んだ───。

 ドゴオオオオオオオオオオオ!!!!!!

 全躯(ぜんしん)が轟音の振動に包まれて、私の意識の目が開(ひら)いた。
 濁った紅(くれな)い色の空の下に、あの赤褐色(あかい)龍が目の前に立ちはだかっていた。
 私の躯躰(からだ)は、この前使った刀を出そうとする。
 でもね刀が完全に現出(あらわ)れる前に、赤褐色(あかい)龍の胸の辺りが眼伏(まぶ)しく光って、無数の火炎(ほのお)の鱗が銃弾のように飛んできた。
 避(よ)けなきゃと私が思っても、躯躰(からだ)が動かない。
 ───当たる!! と恐れた時、一瞬(タッチ)の差で刀が完全に現出(あらわ)れ、刀に纏った光で全ての鱗を打ち払った。
 赤褐色(あかい)龍の胸の辺りが、また光り始める。
 躯躰(からだ)は静かに刀を構えなおした。
 力を溜める。
 火炎(ほのお)の鱗が飛び出すのと同時に、大きく刀を振るった。
 今度は雷光(イナズマ)が、ドゴーン! という轟音を引き連れて、火炎(ほのお)の鱗を吹き飛ばしながら、赤褐色(あかい)龍に向かって行く。
 命中──────!
 赤褐色(あかい)龍は雷光(イナズマ)に引き裂かれると、この前と同じように炎の龍巻に姿を変えた。
 その強烈な熱風(かぜ)に躯躰(からだ)が吹き飛ばされる。
 躯躰(からだ)が起き上がった時には、もう炎の龍巻から赤褐色(あかい)龍に戻っていた。
 さっきよりは一回り小さくなっている。
 躯躰(からだ)は、刀を構えて腰を低くした。
 もう一度、斬りかかるつもりだ。
 赤褐色(あかい)龍も首を前に突き出して、巨大(おおき)な足で赤濁色(あかい)地面を鳴らしながら突進して来た。
 私の躯躰(からだ)は地面を蹴って宙に舞った。
 そして、刀を振り下ろす。

 ドゴーン! 

 ドドドドドドド!!

 ドガァーン!!!

 赤褐色(あかい)龍の躯躰(からだ)が幾つにも避けて、地面に散乱した。
 そして………、動かない、動かない。
 動かない………………。
 ───やった? やったの? 今度こそ………。
 躯躰(からだ)が恐(ゆっく)りと近づいてみる。
 突然、ゴオン! という轟音(おと)を立てて、散乱していた赤褐色(あかい)龍の躯躰(からだ)が、炎を吹き上げて連なりだした。
 ───囲まれた!?
 連なった炎は、私の躯躰(からだ)を囲んだまま炎の龍巻に変化した。
 躯躰(からだ)が、炎の龍巻に巻き上げられる。
 ───熱い──────!!!
 あまりの熱さに、今にも目を醒ましちゃいそう。
 そして、空高く巻き上げられた所で、炎の龍巻は赤褐色(あかい)龍に姿を戻して、落下する私の躯躰(からだ)を、長く突き出した口で喰らいついてきた。
 鋭く巨大(おおき)な牙に、躯躰(からだ)を噛み砕かれそうだ。
 ───ああああああああああああああああ!!!
 ───痛い!!! 痛い!!! 熱い!!!
 右手に持っていた刀が次第に透き通ってきて、ついには消えてしまった。
 牙は、どんどん躯躰(からだ)に喰い込んでくる。
 両手で必死に牙に抵抗しても、まったく敵(かな)わない。
 ───痛い!!! 熱い!!! 苦しい!!!
 ───もう、不耐(ダメ)、目が醒めちゃう!!!
 そう思うと、私の躯躰(からだ)は、いよいよ牙を押さえきれなくなって、牙が一気に喰い込んできてしまった。
 その瞬間(とき)、私は躯躰(からだ)から離れた。
 そして見た───!!!
 私が離れた躯躰(からだ)は、───天野くん───!?
 あの日の、私が溺れた日の、制服の白い背広中着(ワイシャツ)姿の天野くんが………。
 必死に手を伸ばしたけど、届かない。
 スウッと、目の前が見えなくなってくる。
 ───天野くん!!!
 目の前が真暗(まっくら)になっていく数秒(しゅんかん)、天野くんの躯躰(からだ)が赤褐色(あかい)龍の牙に噛み砕かれ、無残に飛び散るのが見えた─────────。

「いやああああああああああああああああ!!!」
 絶叫(ぜっと)して、私は寝床(ベッド)を跳ね起きた。
 ───天野くんが死んじゃう!
 ───天野くんが死んじゃう!!
 ───天野くんが死んじゃう!!!
 夢のはずなのに、夢のはずなのに、そんな気がする。
 ───天野くんが死んじゃう!!!
 ───天野くんが………………!!
「優子っ、どうしたの!?」
 押戸(ドア)の向こうからお母さんの声がして、ハッと我に返った。
「大丈夫、なんでもない。ちょっと…、怖い夢を見ただけだから………」
「そう…。学校に行くなら、早く仕度しなさい。お父さんも、もう出たわよ」
「はーい」
 私の返事を聞いて、お母さんは一階(した)に降りて行った。
 私は、若草色(ライトグリーン)の窓掛(カーテン)を開けて部屋の中に朝日を取り組むと、すぐに風呂(バス)で熱い湯浴器(シャワー)を浴びた。
 ───あー、憂鬱。
 さっき見た不吉な夢。
 そして、サッチのこと。
 この二~三日乱雑混線(グシャグシャ)になっている頭の中が、いよいよ乱電(ショート)を起こして煙を噴いてしまいそう。
 当然それは、外面にも現れちゃって。
 一応、湯浴器(シャワー)を浴びてから、お肌の手入れを念入りにやって髪も梳かしたけど、ああ…私の美貌が………。
 どうにか気を取り直して学校へ行って教室に入ると、安田くんをはじめとした男子たちが私を迎えた。
 私はサッチとトマト、それと大将の姿を求めて教室を見渡してみたけど、見当たらなかった。
 サッチとトマトの机に鞄は掛かっているのに………。
 とりあえず男子達(とりまき)に囲まれたまま、自分の席に着いた。
 そして、他愛ない無駄話(おしゃべり)をする。
 だけど………。
 日常(いつも)なら、今までなら男子たちと無駄話(おしゃべり)をしていると楽しかったはずなのに、今日は違う。
 今は違う。
 疎厭(うっとお)しい。
 ───どっか行ってよ!
 ───私は…、私は………。
 私は、左隣りの天野くんの席を見つめた。
 鞄は掛かっていない。
 机の中も空虚(カラッポ)。
 日常(いつも)のことなのに………、寂寞(さびし)く思える。
 天野くんの席は、此処(ここ)に在るのに。
 此処(ここ)に在るんだよ。
 今までは、級友(みんな)に虐(いじ)められて居場所が無かっただろうけど………。
 あっ、大将が居たね。
 …私も、私もいるから………。
 此処(ここ)が…、私の隣りが………、天野くんの場所だよ……。
 きっと、きっと助かるよね。
 また、学絞に来れるようになるよね。
 ───天野くん………。
 不意に、周りが騒(ざわ)ついた。
 ───何? と思ったら、目の前に天野くんが現れた。
 ───えっ? えっ? えっ? どうして………。
 天野くんは、私のことを閃(ちら)っとだけ見て、すぐに席に着いた。
 声を掛けようと思っても、なんて言ったらいいのか逡巡(ためら)っちゃって……。
 逡巡(ためら)っている間に、私に纏(まと)わりついていた安田くんと、その付録のような笹木順一(ささきじゅんいち)の二人が、天野くんに謔(から)んでいった。
 実際のところ、天野くんを直接(ちょく)に虐(いじ)めているのは、この二人なんだ。
 二人が挑戯(ちょっかい)を出すから、級友(みんな)も乗っているんだ。
 安田くんは、いつも…いつも天野くんを虐(いじ)めていた。
 酷い時には、天野くんの髪の先を点火器(ライター)で焦がしたこともある。
 その時…私は、級友(みんな)と…一緒に笑って……見ていた………………。
 天野くんは怖々(オドオド)して、なんの抵抗もしなかったけど、泣いたりもしなかった。
 それを安田くんは‥‥‥…。
 私は‥‥‥‥‥‥。
 沸々(フツフツ)と胸を苛々(イライラ)させるモノが湧いてくる。
 これは……、『怒り』──────。
 誰に───?
 私が思い巡らせている間に、安田くんは天野くんの足を粘々(ネチネチ)と蹴ったりした。
 天野くんは、ただ黙って俯いて耐えている。
 ───助けなくちゃ……………。
 ───助けなくちゃ……………………。
 安田くんを怒鳴りつけようと思ったけど、声が出ない。
 ───天野くんを…、助けなくちゃ‥‥‥。
 息を深く吸い込んで、拳をギュッと握る。
 そして私は、椅子を倒す勢いで立ち上がった。
 椅子が後ろの机にぶつかって、ガツンという大きな音がした。
 私を取り巻いていた男子たちが、喫驚(ビックリ)して私を見る。
 安田くんも笹木も、音で振り向いた。
 私は吸い込んでいた息を、言葉と一緒に一気に吐き出す。
「ちょっと! やめなさいよ!!」
 安田くんは勿論、取り巻いている男子たちばかりか、教室中の級友(みんな)が私を見て目を白黒させた。
「…な、なんだよ」と、やっと言葉を見つけたみたいな安田くん。「こんな奴の肩を持つつもりかよ、優子?」
「気安く『優子』なんて呼ばないで!!」
「何カリカリしてんだよ。入院生活で抑緊(ストレス)溜まってんのか?」
「そんなんじゃないわよ! 私は…」ちょっと逡巡(ためら)って、「天野くんを虐(いじ)めるのをやめなさいって言ってるの!!」
 すると安田くんは、
「虐(いじ)めてるんじゃないよ。戯(からか)ってるんだよ」と私の言ったことに驚いた感じで答えた。
 だから私は速々(スタスタ)と近づいて、安田の頬を思いっきり叩敲(ひっぱた)いた。
 ───こんな男(ヤツ)を、ちょっとでも好意(イイ)と思っていたなんて──────!!
 頬を押さえた安田が、驚きと怒りの混じった表情(かお)で私を睨んだ。
「痛(て)ーな! 何すんだよ!!」と手を伸ばしてくる。
 ウッ…。
 咄嗟(とっさ)に身構えると、私に届く前に、堅(ごつ)い手が横から安田の腕を掴んだ。
 その手は誰かと思って顔を向けると、登校して来たばかりらしい大将だった。
「何すんだ、放せよ!」と叫んだ安田は、大将を睨み上げたものの、無言の威圧に押されて沈静(おとなし)くなった。
 笹木は安田を置いて、速々(サッサ)と逃げ出した。
 大将が悠然(ゆっくり)と周りを見渡すと、教室中が静閑(シーン)と静まり返った。
 さすが大将。
 そこへ予鈴の合図(チャイム)が鳴って、私に纏(まと)わりついていた男子の一人が、
「あっ、一時問目…美術だったっけ? 急がないと…」とか言っちゃって自分の席に戻ると、他の級友(みんな)も狼狽(わらわら)と散って、美術道貝を鞄や鉄棚(ロッカー)から出して教室を出て行った。
 そして私が、大将に俯いたまま、
「ありがとう」と言うと、突如(いきな)り天野くんが立ち上がって、廊下へ歩き出した。
「あっ、待って!」と呼び止めたのに、そのまま天野くんは教室から出て行ってしまった。
 天野くんが大将にお礼も何も言わないで、無視して行っちゃうなんて………。
 私は大将の方を振り返って、
「あ………あの…」と足りなかったお礼の言葉を継ごうとすると、大将はニッコリと微笑んだ。
「お前が護(かば)ってくれたもんで、困惑(とまど)ってるだけさ。早く行きな」
「え?」と私の方がチョット困惑(とまど)い、「うん。でも…、いつの間に天野くん………」
「さあ…、それは……。まあ、貝合は悪くなさそうだから……」本鈴の合図(チャイム)が鳴った。
「と、いけね。急ごうぜ」
「うん………」
 大将に急(せ)かされて美術室に行くと、サッチとトマトがいた。
 どうやら、私が登校して来る前から美術室に来て作業をしていたようだ。
 私に気づいたトマトが、サッチに声を掛ける。
 そしてサッチも私を見たけど、ちょっと微笑(わら)って天野くんの方を指差した。
 ───行けって言っているの?
 サッチと話をしたいのに……………。
 私の思ったことが判ったのか、サッチは眼応(ウィンク)してみせた。
 だから私は、取り敢えず天野くんの方へ行った。
 出欠は取り終えちゃったのか、先生はいない。
 美術の授業は、いつも出欠だけ取ったら、それっきり先生は隣りの美術準備室に自分の作品を作りに行ってしまう。
 だから授業中は割りと自由なんだけど、出欠を取るのに間に合わないと欠席扱い。
 ───あ~あ………。
 私は、日常(いつも)のように空いている天野くんの隣りに座ることにした。
「ねえ、道貝無いんでしょ? 私の使っていいよ」と声を掛けてみる。
 でも、天野くんは私の方を振り向いてもくれない。
 その天野くんが持っている木彫像(さくひん)を見て、私は思わず息を飲んだ。
 ───似ている!
 ───ううん、同じだ!!
 ───あの夢の中の赤褐色(あかい)龍に!!!
 ───なんで‥‥‥!?
 ───恐怖(こわ)い!!!!!!
 私は道具を天野くんの机の上に置いて、学級(クラス)別の作品棚(スペース)に自分の木彫像(さくひん)を取りに行った。
 私は、翼を広げた鳥を彫っているんだけど、これがなかなか………。
 まだ色も塗れない‥‥‥。
 棚にある木彫像(さくひん)を手に取ると、後ろの方でガタンッという音がした。
 振り向くと、また安田が天野くんに挑戯(ちょっかい)を出している。
 まったく、懲りないんだから。
 私は、乾々(カツカツ)と学生靴(くつ)の底を鳴らすようにして近づいた。
「ちょっとォ、何回言えば判るのよ!?」
「え-つ!? なに?」と耳に手を添えて、巫山戯(ふざけ)て訊き返してくる。
 ───ムカッ!
 安田は天野くんに故意(わざと)らしく倒れかかると、足を蹴り飛ばして、
「あっ、悪(わ)りっ悪(わ)りっ、ゴメンな、故意(わざと)だけど」とお道化(どけ)てみせた。
 どう見たって、悪意に満ち満ちている。
 でも天野くんは、日常(いつも)のように怖々(オドオド)はしていなかった。
 今まで見せたことも無いような鋭い目つき。
 そう、まるで…あの赤褐色(あかい)龍のような目つきで、安田をギラッと睨み上げた。
 私は安田の肩を掴んで、
「やめなさいよ。天野くんだって怒るわよ」と言った。
 ───そうよ、天野くん。やられっぱなしでいることないわ。
 ───私も助けてあげるから………。
「大丈夫さ。怒ったりなんかしないよ。天野(こいつ)、何も言わないし、やり返す勇気だって無(ね)ェって」と安田は、私の言ったことを無視して、同じ箇所(ところ)をガツガツと何度も蹴る。
「安田!!!」と私が手を振り上げた瞬間(とき)、足を蹴り飛ばして、
「あっ、悪(わ)りっ悪(わ)りっ、ゴメンな、故意(わざと)だけど」とお道化(どけ)てみせた。
 どう見たって、悪意に満ち満ちている。
 でも天野くんは、日常(いつも)のように怖々(オドオド)はしていなかった。
 今まで見せたことも無いような鋭い目つき。
 そう、まるで…あの赤褐色(あかい)龍のような目つきで、安田をギラッと睨み上げた。
 私は安田の肩を掴んで、
「やめなさいよ。天野くんだって怒るわよ」と言った。
 ───そうよ、天野くん。やられっぱなしでいることないわ。
 ───私も助けてあげるから………。
「大丈夫さ。怒ったりなんかしないよ。天野(こいつ)、何も言わないし、やり返す勇気だって無(ね)ェって」と安田は、私の言ったことを無視して、同じ箇所(ところ)をガツガツと何度も蹴る。
「安田!!!」と私が手を振り上げた瞬間(とき)、天野くんが立ち上がって、安田の左頬を殴りつけた。
 しかも、木の彫像で。
 彫像の長い首は折れ、安田の左頬からは血がツ───ッと流れた。
「てめェ、何しやがんだ!!」
 怒った安田が、天野くんに掴みかかろうとする。
 でも、天野くんはフワッと躱(かわ)して、反対に安田を突き飛ばした。
 約3メートルも──────。
 そして、天野くんは美術用の重い机を片手で軽々(ヒョイ)と持ち上げた。
 上に乗っていた私の調色板(パレット)や彫刻刀の入った可逆塑性製箱(プラスチックケース)が床に落ちて散乱する。
 そんな…、天野くんが………、こんな…。
 私と同様に驚いた、ううん、驚きに加えて恐怖に駆られた安田は慌てて引戸(ドア)の方に逃げ出した。
 その背中に向けて、天野くんが机を投げつける。
 ───当たる!! と思ったら、安田に当たる寸前で机は床に落ちて、ドゴン! という音を立てた。
 机が安田に当たるのを止めたのは、大将だった。
 でも、さすがの大将も効いたらしくて、机を叩き落とした右腕を抱えで蹲(うずくま)ってしまった。
 教室中に女子の悲鳴が上がる。
 天野くんは、廊下に逃げ出した安田を追って行ってしまった。
 騒ぎに気がついた美術科の先生が教室に入って来た。
「どうしたんだ!?」と級友(みんな)に訊く。
 私が大将に駆け寄ると大将は、
「命を追ってくれ!」と叫んだ。
 私は後ろで呼んでいる先生を無視して、廊下に飛び出すと、足音のする階段を駆け降りた。
 一段、二段、三段と途中の段を跳び抜かしながら降りて行く。
 腰が軋(きし)んで痛い。
 それでも一階に降りると、───見つけた!
 安田と天野くんが、玄関から校庭に出て行く後ろ姿を。
 そして二人は校門を抜けると土手に向かって行った。
 土手の向こう側に姿が消える。
 私も後を追って行って土手の上に立つと、川の近くで二人が殴り合っていた。
 ───違う!
 安田が一方的に殴られているんだ!!
 ───こんなことって……!?
 安田が倒れても、天野くんは容赦なく蹴り続ける。
 安田の方は、もう抵抗することもできないのか、顔とお腹を腕で覆(おお)って蹲(うずくま)っている。
「やめて、天野くん! 殺す気!?」
 駆け寄って、天野くんを後ろから押さえつけた。
 けれど天野くんは、安田を蹴るのをやめようとしない。
「もう、充分(いい)でしょ!? 死んじゃうわ!!」
 すると天野くんは、悠(ゆっく)りと私の方に身体(からだ)を向け、突如(いきな)り私の顔をめがけて拳で殴りかかってきた。
 少(わず)かに鼻を逸れたものの、真正面から殴られた私は仰向けに倒れて、後頭部(あたま)を土面(じめん)に打ちつけてしまった。
「何するの!?」
 驚きと、頭と頬がジンジン痛んで、涙がボロボロ出てくる。
 でも天野くんは黙ったままで、今度は胸の谷間を蹴りつけられた。
「うっ、うげェ、げホッ、ゲッ、ウウぅ………」
 あまりの苦しさに、悲鳴が声にならない。
 ───天野くん、なっ、なんで‥‥‥?
 そう訊く間も無く、天野くんは私のお腹の上に馬乗りになって、首を両手で強く締めつけてきた。
 涙と苦しさに霞む目で見た天野くんの表情(かお)
は、まるであの赤褐色(あかい)龍そのものにも見えた。
「あ、アマ野…クン。どうシて‥‥‥」と、潰れそうな喉から声を絞り出す。
 そして、意不鮮明(ボンヤリ)してきた私は、
「ゴめん…なさィ…、ごメん……、許…しテ……、ごめン‥‥‥‥」と何に対してか自分でも判らずに、謝り続けた。
 でも私の首を締める天野くんの手には、さらに力が込められた。
 ───天野くん……、許して………。
 息が…詰まる……。
 気が‥‥‥遠くなって‥‥‥‥‥‥。
 その時、空に黒い点が現出(あらわ)れた。
 その点が、みるみる大きくなっていく。
 良く見ると、中心に向かって渦を巻いているみたいだ。
 その黒い渦の奥から、排球(バレーボール)くらいの大きさの白く輝く光の球が飛び出して来た。
 猛烈な速度(スピード)で迫って来る。
 そして、光の球は、天野くんの背中に直撃した。
 天野くんは暴(もが)き苦しんで、私の首から手を放した。
 そして、私の胸に倒れ込む。
 すると背中の辺りから、あの赤褐色(あかい)龍が現出(あらわ)れた。
 グングン巨大(おおき)くなっていく。
 な、なんでこんな現世(ところ)に!!??
 耳が張り裂けそうな咆哮(こえ)をあげた赤褐色(あかい)龍は、黒い渦の中に戻って行こうとする光の球を追って、巨大(おおき)な翼を羽揺(はばた)かせた。
 あの光の球、天野くんを感じた気がする。
 ───どうして………。
 光の球が黒い渦に飛び込み、赤褐色(あかい)龍も黒い渦の中に姿を消した。
 そして黒い渦も、次第に小さくなっていって、霞んで消えた………………。
「おーい、古谷ァ!!」
 土手の上の方から、大将の声がした。
 ザッ! と駆け降りて来る。
 私の頬の痣(あざ)を見て、
「大丈夫か! どうしたんだ?」
「あっ、うん……、赤褐色(あかい)龍が‥‥‥」
「ああ? 何を言ってんだ?」
 ───え?
 見ていないの?
 あんなに巨大(おおき)かったのに………。
「それより命は!?」
 言われて、私の胸の上に倒れている天野くんに触れてみたけど、ピクリとも動かない。
 慌てて大将が天野くんを抱き起こした。
「クソッ、発作を起こしたか!!」
 違う、そうじゃない。
 でも今は、さっき見た光景さえも現実だったのか鮮明(はっき)りしない。
「古谷、救急車を!!」
 心無(ボウ)っとしていた私は、
「う、うん!」と短く返事をして土手を駆け登った。
 すると後ろから、安田の呻(うめ)き声が聞こえた。
 振り向くと、安田は上半身を無理に起こして呆然としていた。
 私だってそうだ。
 いったい、何が起こったっていうの‥‥‥?
 ────────────────────────。

| 小説作品::いつかは死ぬほど愛したい | 12:33 AM | comments (0) | trackback (0) |

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『Fight!!』………P15(完)




右





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『Fight!!』………P14




左 右





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S c e n e3・変 遷(うつりかわる)


 空気が重い───。
 空気が熱い───。
 ここは、何処───?
 濁った紅い色の空が広がっていて、紅蓮の炎を噴き上げる山々が連なっている。
 現実の世界だとは思えない。
 夢……?
 夢にしたって、こんな光景は初めて見るし、恐(すご)く生々しく感じる。
 なんか、見ていると、こう…胸が吐気(ムカムカ)してくる光景。
 ───あっ、飛んだ!?
 人間が空を飛べるわけ無いのに、ましてや飛ぼうなんて思ったわけじゃないのに、私の躯躰(からだ)はグングン空に昇って行く。
 突然、ゴゴゴゴゴゴゴという大きな地鳴りがした。
 すでに、遥か下方(かなた)に遠離(とおの)いた赤茶けた地面が亀裂割れて、みるみる盛り上がる。
 ド ン !
 と地面が吹き飛ぶと、赤褐色鱗(あかいうろこ)に覆われた巨大(おおき)な龍が現れた。
 ───なんなの!?
 そりゃあ夢なんて不条理(いいかげん)なモンだけど、こんな支離滅裂(むちゃくちゃ)なのは……。
 赤褐色(あかい)龍が、巨大(おおき)な躯躰(からだ)のそのまた何倍もある翼をひと振りして、もの凄い勢いで迫って来た。 鋭い牙のならんだ口を大きく開いて!!
 ───襲われる!!
 でも私の躯躰(からだ)は逃げようとしないで、両手を下に向けて突き出した。
 私の意志じゃない。
 躯躰(からだ)が勝手に動く。
 すると、突き出した手の先が熱くなっていくのを感じて、白い光が一筋、掌からに赤褐色(あかい)龍に注(そそ)がれた。
 赤褐色(あかい)龍は白い光に貫かれると、真逆様(まっさかさま)に赤茶けた地面に墜ちて行った。
 ズズズン!
 と空気さえも揺さぶる音が轟いて、巨大(おおき)な躯躰(からだ)が地面に滅(め)り込んだようだ。
 と思ったら、パアッと炎の龍巻に姿を変えて襲って来た。
 今度は私の躯躰(からだ)も逃げようとしたけど、逃げ切れなかった。
 熱い───────!!!
「キャアアアアアアアアアアアア………」
「……アアアアアアアアア!!!」
 ガバッと寝台(ベッド)で跳ね起きた私は、息を切らせて汗まみれになっていた。
 今のは…何?
 なんでこんな夢……。
 ???????????????
 ブルッ───。
 あっ、御手洗(トイレ)に行きたくなっちゃった。
 桃色(ピンク)の運動上着(ジャンパー)を羽織って、薄暗い廊下を 室内履(スリッパ)でパタパタさせながら御手洗(トイレ)に行った。
 まだチヨット腰が痛い。
 ───シクシク。
 そして、用を済ませて病室(へや)に戻ろうとすると、ふと階段が気になった。
 一階上の305に天野がいる…はず……。
 そう思ったら、いつの間にか私は室内履(スリッパ)を手に持って、ソロリソロリと階段を登って行った。
 なんとなく緊張─────。
 壁に張りついて、ヒョイッと廊下に顔だけ出す。
 すると、薄暗い廊下に一ヶ所だけ電灯(あかり)が光晄(こうこう)としているのが見えた。
 廊下に人影が無いのを確かめて、近づいてみる。
 電灯(あかり)が光晄(こうこう)としているのは、総硝子(ガラス)張りの集中治療室らしかった。
 硝子(ガラス)張りの下、床上五~六十糎(センチ)くらいまでは普通の白い壁になっているから、そこに隠れて室内(なか)を覗いてみると、中年のお医者さんが一人と、二人の看護婦さんが、いろんな機械を前にして何かをしている。
 私は、這うようにして集中治療室の前を通り過ぎると、すぐ隣りが305なのに気がついた。
 名札(ネームプレート)を確かめる。
 間違いない。
 『天野 命』、そう書いてある。
 そして、「面会謝絶」とも。
 305の引戸(ドア)には、閉止具(ストッパー)が仕掛けてあって、拳ひとつ分の隙間が開いていた。
 そして、隣りの集中治療室から伸びている沢山の電線(コード)の束が、引戸(ドア)の隙間から真暗な病室(へや)の中に入っている。
 その隙間から室内(なか)を覗いてみると、映像出カ装置(ディスプレイ)に写し出された呼吸数や心拍数、血圧値なんかを示しているらしい赤や緑の電算(デジタル)数字が、パパッパパッと不気味に変化していた。
「天野……」
 不思(ふい)に声を漏らした時、隣りの集中治療室の硝子(ガラス)張りの引戸が開く音がした。
 ハッと振り向くと、看護婦さんが瓶か何かを抱えて出て釆た。
 ───逃げなきゃと思うけど、まだ腰が安定(しっかり)していないから、とてもじゃないけど走れやしない。
「古谷…さん…………………?」
 そう言って近づいて来た看護婦さんは、夏子さんだった。
 ───怒られる!と思ったのに、夏子さんは優しく訊いた。
「どうしてこんな場所(ところ)に?」
「あ…あの…私‥‥・‥‥」
 どう答えたらいいの?
 思わず305に目が閃(ちら)っと行く。
 すると、
「いいわ。黙っててあげるから、早く部屋(へや)に戻りなさい」
 私は小声で、
「すいません」とだけ言って、来た時とは反対側の階段の方に行き、夏子さんにペコリと頭を下げてから、階段を降りた。
 そして病室(へや)に戻ると、運動上着(ジャンバー)と手に持っていた室内履(スリッパ)を放り出して、寝台(ベッド)の中に潜り込んで俯せになった。
 布団の外に手を伸ばし、封筒を取ってギュッと胸に抱きしめる。
 なんだか悲しくで哀しくて、何故こんなに悲哀(かな)しいのか良く判らないけど……。
「あした、明日…読むからね、天野…くん…」
 そして、いつの問にか…、眠った‥‥‥。
 墜ちる! 墜ちる!! 墜ちる!!!
 カッと目を見開くと、赤茶けた地面が目の前に迫っていた。
 スレスレで躯躰(からだ)を翻して着地したかと思うと、すぐに横に跳んだ。
 さっき着地した場所(ところ)に、ズンッ!!と赤褐色(あかい)龍の巨大(おおき)な手が滅(め)り込んで来た。 これ、さっき見た夢の続き!?
 でも、赤褐色(あかい)龍は考える時間なんか与えてくれない。
 すぐに手を地面から抜いて、鋭い爪を嵐のように振るう。
 その爪よりも速く躯躰(からだ)が避(よ)ける。 いったい、どうなっているの?
 躯躰(からだ)が勝手に……。
 ───あっ!
 赤褐色(あかい)龍の手がグンッと合脂(ゴム)のように伸びて来て、躯躰(からだ)を貫かれた。
 激しい痛みが─────────────走る!!!
 夢の中の痛みで、また私は跳び起きた。
 肩で息をして、汗がダラダラと流れてくる。
 私は、夢の中で貫かれた胸やお腹の辺りを擦(さす)ってみた。
 もちろん、なんともない。
「な、なんなの? なんで…、こんな夢…。どうして………」
 窓の淡黄(クリーム)色の窓掛(カーテン)は、朝日の光で白く煌(きらめ)いていた。
 ふと気がつくと、右手の掌の中で封筒をグシャグシャに握りしめていた。
 いっけない、まだ読んでないのに!
 慌てて封筒を整える。
 整えて…整えたけど……、どうしても中の便箋を取り出すことはできなかった。 読まなくちゃと思うのに。
 昨日、読むって誓ったのに──────────────。
 ──────────────────────────。
 ───結局、一日中封筒を見つめるだけで便箋を出さずじまいだった。
 トマトとサッチも釆なくて、ただ時間を無駄にしてしまっただけって感じ。
 ───あ~あ、明日には退院か。
 いわば、二週間近くも食べて寝るだけだったわけよね。
 身体形(プロポーション)を美(もと)に戻すだけでも大変だわ。
 それでもちゃんと夕食を食べて、すぐに横になった。
 豚になる………(*o*)。
 気づかないうちに流れていく時間───。
 止めることのできない時間───。
 ううん、前に何かの映画で、「時間(とき)は過ぎゆくと、お前もそう思うか? 否(いな)、断じて否(いな)だ。時間(とき)はただそこに停滞(とどま)り、我々だけが移ろいゆくのだ」っていう台詞(セリフ)があった。
 だとしたら私………、 ───何をしているの?
 ───何をしたいの?
 ───何をしたらいいの?
 ───何をできるの?
 何もしないでいると、訳の判らないことばかり考えてしまう。
 封筒を手にしてみる。
 ───この中に示唆(ヒント)があるかも………。
 ───答えが…あるかも………。
 ───天野くん─────────。
 指先が、ごく自然に便箋を取り出そうとする。
 その同時(とき)、コンコンと引戸(ドア)が軽叩(ノック)された。
「はい?」と返事をする傍ら、不意(とつぜん)の事に封筒を布団の中に隠してしまう。
 引戸(ドア)が開き、「古谷さん、消灯の時間よ」と入って来たのは、夏子さんだった。
 昨日の事もあるから、調子(バツ)が悪くて、私は横になったままで返事をした。
 そして、「あの…、昨日は請怒(ごめん)なさい」
「そうね。駄目よ、あんな時間にあんな場所(ところ)をウロウロしてちゃ」
「あの…、それで、天野くんは…‥‥‥?」
「……本当は、むやみに他(ほか)の患者さんの事は教えちゃいけないんだけど……」と溜息をつき、「また寝台(ベッド)を抜け出して来られても困るから‥‥‥」
 そう言って、夏子さんは教えてくれた。
 あの日から、ずっと天野くんは昏睡したままで、危ない状態が続いているらしい。
 それを聞いて俯いた私に、夏子さんは力強く言う。
「大丈夫よ。私たちが二十四時間交替でつきっきりなんだから、あなたの命の恩人を死なせはしないわ」
「お願いします!」と応えた後で、ハッと疑問が湧いて、寝台(ベッド)から跳び起さた。
「天野くんが私を助けたって、どうして誰も教えてくれなかったんですか?」
 夏子さんは声を秘(ひそ)めて、「あの子の親御さんに口止めされたのよ…」
「どうして!?」
「あなたに余計な、配をさせたくないと…」
「余計だなんて‥‥‥、そんな!」
「あなたは、誰から訊いたの?」
 今度は、私が声を秘(ひそ)める。
「……友達に……………」
 そして、黙り込んでしまった私を見て、夏子さんが、こんなこと言ってくれた。
「‥‥‥あなた、明日退院だったわよね? お 家(うち)に帰る前に、あの子に会っていかない?」
「え?でも……」
「私が勤務(はい)ってる時に、ちょっと病室(へや)を覗くくらいなら……。あの子にお礼を言わずには帰れないんでしょ?」 私は黙って諾(うなず)いた。「でも、このことは誰にも内緒よ」と唇の前に人差し指を立てる。
 そして夏子さんは病室(へや)の電灯(あかり)を消すと、次の病室(へや)へ向かった。
 明日───、天野くんに会いに行く。
 たぶん、何も訊くことはできないだろうけど、何かこう、胸が悸々(ドキドキ)する。
 心臓がトクントクンいっている。
 明日………。
 ………今夜もまた、寝たらあの夢の続きを見るのかな?
 あの、怖くて生々しい夢を。
 ───イヤ!
 ───見たくない!
 ───眠りたくない!
 そうは思っても、スウッと眠りに引き込まれそうになる。
 その度に、寝ちゃ不可(ダメ)って意識を戻す。
 ───あっ、また!
 私は、思い切ってガバッと起き上がった。
 ブンブンッと頭を乱暴に振って眠気を醒ます。
 そして、フウ───ッと長い溜患。
 何気なく伸ばした手が、枕元灯(ライト)を点けた。
 白い光が眩しくて、数秒(ちょっと)、目を閉じる。
 そして、静(ゆっく)りと目を開けると、花瓶の近くにポツンと置いてある封筒が見えた。
 ───甚(ひど)く気になる。
 ───今読みたい。
 ───すぐ読みたい。
 ───読まずにいられない。
 心の奥に沈めておいたモノが、衝動的に湧き上がってきて、いつの問にか、もう中の便箋を取り出して開(ひら)いていた。
 理由(わけ)の判らない緊張感が思考を鈍らせて、胸を息苦しくする。
 ───な、何よ。
 懸想文(ラブレター)なんか、飽きるくらいって言ったら大袈裟だけど、見慣れた物じゃない。
 なんでこんな………。
 悪口が出そうになって、考えるのをやめた。
 落ち着いて………、落ち着いて……………。
 まず、一行目から。
 ゆっくり。
 しっかり。
 一字一句を胸に刻み込むようにして読んでいく。
 正直言って、こんな風に懸想文(ラブレター)をちゃんと読んだのって、初めて貰った小三の時以来だ。
 読んでいる私と同じく、書いた天野くんもよほど緊張していたに違いない。
 黒の署名筆(サインペン)で書かれた文字が、可笑(おか)しいくらいに緊(きっち)りと書いてある。
 でも……、コレ本当に懸想文(ラブレター)なの?
 確かに、形式通りの告白の言葉は書かれているけど、全体に散りばめられた文章は、何かが違う。
 何処かが違う。
 もう一度、最初から読み返してみる。
 もう一度、最初から読み返してみる。
 もう一度、最初から読み返してみる。
 もう一度、最初から読み返してみる。
 何度も何度も、初めから終りまで読み返してみる。
 そして、今までに他の男の子たちから貰った懸想文(ラブレター)とも照らし合わせてみた。
 碌(ろく)に読んだこと無いけど。
 さらに───。
 ───自分なら…、自分ならどう?
 ───自分なら、どんな懸想文(ラブレター)を書く?
 ───好きな人にどんな……。
 ───真剣(ほんとう)に好きな人には…‥‥‥…。
 そうやって、頭の中で自分なりの懸想文(ラブレター)の文章を創(つく)ってみて、ハッ! と気がついた。
 ───そうだ!
 コレには、つきあって下さいみたいなことが、全然、全く書かれていないんだわ!!
 私のことは死ぬはど好きみたいなことを書いておいて、私のためなら如何(どんな)ことでもするみたいなことを書いておいて、何も私に求めていない。
 何も………。
 それどころか、『私』そのものを求めていないみたい………………………。
 ───どうして?
 ───好きだという想(こと)だけを告げて、それだけなの?
 ───そんなのってあり?
 ───私…、どうしたらいいの?
 ───何をして欲しいの?
 ───私は…、何も判らないのに。
 ───知りたかったのに。
 ───天野くん………、あなたは………………、いったい………なんのために………………………。
 全身を締めっけていた緊張の糸がプッツリと切れ、崩れるように寝台(ベッド)に横になった。
 泣きはしない。
 涙だって出てこない。
 でも、なんだか悲しくて哀しくて、耐えられなかった。
 便箋をっかんでいた手に力が入って、クシャッと折れ曲がる。
 ───起きていたくない。
 ───起きていたくない。
 ───眠りたい。
 ───眠ってしまいたい!
 そう思うと、いとも簡単に眠気が訪れて、夢の中へと引き込まれてしまった。

 ズキッ!!
 夢の中に入ってすぐ、強烈で激しい痛みが躯躰(からだ)を駆け巡って目を開いた。
 すると、目と鼻の先の距離で、赤褐色(あかい)龍の口がガヴァッと大きく開いた。
 躯躰(からだ)は、その口の牙から逃(のが)れるために後ろへ跳ぶ。
 そして、右手がカアアアアアアアッと熱くなってくると、日本刀のような物が現れた。
 稲妻のような光が刃(やいば)の周りを包んでいて、雷鳴のような音が轟く。
 ───なんなのコレは!?
 そんな私の質問(かんがえ)を無視して、躯躰(からだ)は刀を大きく振り降ろした。
 刀の刃先は届いていないのに、ドン!
 という凄い音がして稲妻のような光が飛んで行き、刃(やいば)の代わりに赤褐色(あかい)龍のお腹を切り裂いた。
 そうしたら、その切り口から炎が噴き出して来て、炎の勢いで後ろに飛ばされ、岩に叩きつけられた。
 炎の熟さと打撃の痛さで、目を醒ましそうになる。
 でも躯躰(からだ)は、ヨロヨロと立ち上がって刀を構え直した。
 すると、なんだか躯躰(からだ)が膨脹(ふくら)むような感じがしてきた。
 まるで、力を溜めているみたい。
 ううん、そうなんだ!
 躯躰(からだ)じゃなくて、刀が倍くらいに大きくなっていく。
 そこへ、赤褐色(あかい)龍が頭から突っ込んで来て、大きく開けた口の奥がポウッと紅い色に光る。
 炎を吐くつもりだ!
 そう思った瞬間(とき)には、もう全身が炎に包まれた。
 ───熱い!!!
 だけど躯躰(からだ)は逃げようとしないで、ただ耐えていた。
 そして、刀を悠然(ゆっく)りと斜め下に構える。
 赤褐色(あかい)龍が息継ぎをしようとしてなのか、炎を吐くのをやめた瞬間、躯躰(からだ)は下から上へと思いっきり刀を振るった。
 ドゴオオオオオオオオオオオオオ!!!
 と周りの熱い空気を揺さぶる音が轟いて、刀から放たれた光が赤褐色(あかい)龍の巨大(おおき)な躯躰(からだ)を真っ二つ切り裂いた。
 赤褐色(あかい)龍の絶叫が耳を劈(つんざ)く。
 なのに赤褐色(あかい)龍は、炎の龍巻に姿を変えると、数秒(すぐ)にまた無傷な赤褐色(あかい)龍に戻ってしまった。
 こんな………。
 これじゃ際限が無いわ!!
 ん? でも………。
 さっきより少し小さくなっているような………。
 ───そうだわ!
 ───確かに小さくなってる!!
 ───あと何度かやってみれば………。
 躯躰(からだ)もそう思ったのか、両手で刀を正面に構えた。
 あっ、この感覚………飛ぶ!?
 思った瞬間(とき)にはもう、躯躰(からだ)は弓から放たれた矢のような勢いで、赤褐色(あかい)龍の頭上を越えた。
 それを追って、赤褐色(あかい)龍が炎を吐きながら顔を上に向ける。
 躯躰(からだ)はその炎の中に突っ込むと、墜ちるままに赤褐色(あかい)龍の口の中に飛び込んでいった。 刀から放った光が、赤褐色(あかい)龍の躯躰(からだ)の中で暴れ回る。
 赤褐色(あかい)龍の躯躰(からだ)の中は、まるで炎の柱の中を潜(くぐ)り抜けているみたいだ。
 どんどん、どんどん、どんどん巨大(おおき)な躯躰(からだ)の奥にまで墜ちていく。
 熱い!
 熱い!!
 熱い!!!
 もうダメ…。
 意識が………。
 このまま、また目が醒めちゃうの?
 ───そんなのイヤ!
 ───そんなのダメ!
 何故だか判らないけど、この赤褐色(あかい)龍に負けちゃいけない気がする。
 ちゃんと倒すまでは………、耐えなきゃ…。
 グッと意識を『何か』とに強攫(しがみ)つかせて耐えていると、唐突に赤褐色(あかい)龍の躯躰(からだ)を突き抜けて地面に激突した。
 動けない。
 はずなのに、躯躰(からだ)は横に飛び出して赤褐色(あかい)龍の下から脱出した。
 すぐに刀を構え直すと、力を溜めながら赤褐色(あかい)龍を見上げる。
 赤褐色(あかい)龍は、仁王立ちになったまま動かない。
 動かない。
 動かない。
 突然───、地面を揺さぶる程のを咆哮(ほうこう)あげた。
 その衝撃波(こえ)のせいで、躯躰(からだ)がよろけて尻餅をついてしまった。
 そして、また炎の龍巻に姿を変えてから赤褐色(あかい)龍に戻ると、翼をひと振りして濁った紅い色の空へ飛び去って行った。
 ゴウッ!と熱風が少しのあいだ吹き荒れる。
 ………逃げられちゃった………………。
 あれだけやったのに、まだ生きているなんて………。
 ま、いっか。
 一応…、勝ったんだもんね。
 うん、そうだ。
 勝ったんだ。
 やっつけたんだ。
 ───やった────────────!!
 私は寝台(ベッド)の上で上半身を起こして、思いっきり万歳をしていた。
 自分が夢から醒めたことに気がっいて、そのうえ、万歳の姿態(ポーズ)をしている自分の恥ずかしさに、慌てて寝台(ベッド)に潜った。
 そ~っと頭だけを出す。
 誰も、いない……よね。
 安心して、ホゥ…と胸を撫で降ろした。
 そして考える。
 今日は退院の日。
 うれしいはずなのに、引っ掛かっている。
 天野くんのこと。
 私は…、好きになったのかな。
 すごく、すっごく気にはなっているけど…………判らない。
 今…私は、天野くんの側(そば)にいてあげたい。
 天野くんの近くにいてあげたい。
 でも、それは…。
 それは……………?
 また、頭の中が乱雑混線(グシャグシャ)になってくる。
 私はいったい、何に拘(こだわ)っているんだろう?
 朝の検温と、朝食を済ませた後も同じことを繰り返し繰り返し考えていた。
 そこへ、コンコンと軽叩(ノック)の音。
 あっ、お母さんかな?
 ───退院か…。「は-い、どうぞ」
 そう返事をしてみせると、入ってきたのは夏子さんだった。
「今ちょっとイイ?」
「え? あの…」
 ───なんですか?
 と訊こうと思ったら、「昨日の約束、今なら諒承(O.K)なんだけど」と言われて思い出した。
 ───そうだ、天野くんに逢いに行くんだ。
 私は、早急(すぐ)に室内履(スリッパ)を履いて運動上着(ジャンバー)を羽織ると、夏子さんの後ろをペタペタと付いて行った。
 三階に上がって、天野くんの病室(へや)の前で、「意識はまだ回復していないけど、今朝は安定してるから」と夏子さんは小声で言い、静かに半開きの引戸(ドア)を開けると、私だけを病室(へや)に押し込んで、素早く引戸(ドア)を戻した。
 一昨日(おととい)は、真暗(まっくら)で判らなかったけど、今は蛍光灯の光の中で、天野くんは寝台(ベッド)に横たわっていた。
 ロには可塑性物質製(プラスチック)の酸素口当具(マスク)が、額には脳波を測定するためらしい電線(コード)が何本も付けてあって、腕に刺してある点滴の針が痛々しい。
 不耐(たまら)ず目を反向(そむ)けると、寝台(ベッド)の横にある心電図や脳波計、呼吸計とかが目に入った。
 赤や緑の電算(デジタル)数字で示された数値が、増えたり減ったりを繰り返している。
 私は、なんだかそっちの方が怖くなって、天野くんの方に目を戻した。
 緩(ゆっく)りと近づいて、天野くんの顔を覗いてみる。
 こんなに真面裏面(マジマジ)と、天野くんの顔を見たのは初めて。
 今まで、単に脆弱(ひよわ)なだけだと思っていた私よりも色白な肌は、なんだか艶(なまめ)かしいくらいだ。
 それに、しっかりと閉じられた瞼に鮮明(はっきり)と入っている横線(スジ)は二重だということを示しているし、睫(まつげ)も長いみたい。
 もしかして天野くんって………、可愛い(0^-^0)
 ヤダッ、私ったら何を考えて………。
 ───あ…ま……の…くん。
 ───あ・ま・の・くん。
 ───天野…くん。
 ───天野くん。
「天野くん」
 心の中で…小さく声に出して…呼んでみる。
 勿論(でも)、返事は返ってこない。
 深く、沈(ふか)く、眠りつづけている。
 まるで、眠り姫のように………。
 眠り姫を起こすことができるのは、お姫様を愛する王子様の接唇(キス)だけ………。
 配役が逆だけど、もし口当貝(マスク)が付いていなかったら、私は………接唇(キス)をしていたかもしれない。
 ───目を醒まして!!!
 そう強く祈りながら。
 天野くん………、なるべく………早く…ね。
 待っているから。
 目が醒めるの、待っているから。
 そうしたら…、そうしたら、交遊(デート)しようね。
 不意に、引戸(ドア)から夏子さんが頭だけ覗かせて、「もういい?」と小声で訊いた。
 私は、
「はい」と短く答え、急いで廊下に出た。
 夏子さんが、素早く引戸(ドア)を戻す。
 振り返って、半開きの引戸(ドア)の隙間から閃(チラ)っと見えた天野くんに、心の中で私語(つぶや)いた。
 ───好き…だよ……。

| 小説作品::いつかは死ぬほど愛したい | 08:47 PM | comments (0) | trackback (0) |

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S c e n e2・欠 陥(かけているもの)


 小装飾店(アクセサリーショップ)に寄り道した帰り、私たちは夕暮れのいちばん奇麗な時間の荒川の土手を、小装飾(アクセサリー)の話しで盛り上がっていた。「あ~あ、フッちゃんが羨ましい」と洩らすサッチ。
「なにがよオ?」と尋ねる私。
「だってさ、フッちゃんはああゆうのくれる男子(ひと)が多勢(たくさん)いるんだもの」
「冗談じゃないわ。そりゃあ美男子(いいおとこ)から貰うなら嬉しいけどォ、みんな鏡と相談したらって男子(おとこ)ばっかりなんだからァ、迷惑よ」
「お-、お-、非道(ひど)いこと言いおって」とはトマト。
 でも私は、
「事実よ」と言い切った。
「安田とはどうなのよ? けっこうイイ線いってるんでしょ?」とサッチ。
 サッチが言っているのは、同じ学級(クラス)の安田秀一(やすだしゅういち)くんのこと。
 安田くんは顔も格好(スタイル)も及第点だから、ちょっと好型(タイプ)かなって思って、何度か恋遊(デート)の誘いをOKしたことがある。
「ん-、でもどうせなら、もうちょっと上の位(ランク)の方が希望(イイ)な。」
 トマトは呆れて、何も言えないという風に肩を竦めた。
 ───!!!!!!!
 唐突に川上、私たちが歩いてきた方向から、男の子の悲鳴がした。
「えっ!?」と三人同時に川上の方を振り返ると、小学四~五年生くらいの男の子が川を流されて来る。
 そして、その友達らしい男の子が二人、どうしていいのか分からず、溺れてる子を追って川岸を走って来た。
 私は鞄を放り投げ、土手を駆け降り、靴を脱ぎ捨てて川に飛び込もうとした。
 すると、後から追って釆たトマトとサッチに取り抑(おさ)えられた。「ちょっとフッちゃん! 今、何月だと思っとんの?」とトマトが怒鳴る。
 言われなくたって判ってる。
 今は一月、三学期だってまだ始まったばかりだ。
「だから早く助けるのよ! 放して!」
 そうやって揉めている問にも、男の子が必死に苦暴(もが)きながら、私たちの前を流されて行く。
 思いのほか流れが速い。
 そこへ、溺れた子を追って釆た三人の男の子たちが、私たちに助けを求めて釆た。
「誰か呼んで来る!」とトマトが土手を駆け登って行ったけど、そんな余裕(ひま)は無い。
 私はサッチの手を払い除けると、溺れている子を追って急駆(ダッシュ)した。
「ダメよフッちゃん、水が冷たすぎるわ!それにフッちゃんの身体(からだ)じゃ泳ぐのは‥‥‥‥」
 追って来るサッチの叫び声を無視して、私は川に飛び込んだ。
 水の冷たさが肌を刺すけど、そんなものは辛抱(ガマン)!
 全身の機條(バネ)を充分(フル)に使って、グングン男の子に近づく。
 そして、なんとか男の子を腕の中に収めると、岸に向かって泳いだ。
 でも、男の子が激しく苦暴(もが)いてしまって、思うように泳げない。
 もう少し、もう少しで岸に……。
 その時──!
 厳(するど)い痛みが腰を襲った。
 ───しまった!!
 思う間も無しに、下半身が言う事をきかなくなる。
 身体(からだ)が沈んで、ガバガバと水が口や鼻から入って来た。
 閃(ちら)っと岸を見ると、サッチが走って追って来ながら、私に何か叫んでいる。
 でも、だんだん肌の感覚が無くなってくるのと一緒に力が尽きてきて、意識が遠去(とおの)いていく。
 ───せめてこの子だけでも!
 と男の子に手を伸ばさせて、岸に強攫(しがみ)つかせた。
 追って来ていたサッチが、男の子を引き上げる。
 でも私の方は、もう身体(からだ)に力が入らなくて、あっという間に岸から遠離(とおざか)ってしまった。
 ───もう……ダメ………………。
 視界が暈(ぼや)けてきて………、誰かが…、人が二人………………土手を駆け降りて来るのが見え……。
 バシャン!
 ───あ?
 飛び込んだ………!?
 遠くに救急車の警報(サイレン)が聞こえる。
 もう何も見えない………。
 音も聞こえなくなってきた………。
 誰かが私の身体(からだ)をつかんだ。
 そして私は、気を失った────────。
 ────────────────。

 気を失って、まる二日。
 病院の個室で目を醒ました私の目に最初に写ったのは、白い天井と、心配そうに私を覗きこむお母さんの憔悴しきった顔だった。
 意識の戻った私の容体を調べるお医者さんと看護婦さん。
 それと、親戚や学校の男子たちが入れ替わり立ち代わりお見舞いに釆て、それからの二~三日というもの、気の休まる暇も無かった。
 それでも、あの溺れた男の子も助かり、一足先に退院して温安心(ひとあんしん)。男の子の両親にお礼まで言われて、なんだか擽(くすぐ)ったい。
 で、私の方はというと全治十日間で、少なくともあと四~五日は病院生活。
 ───あ~あ‥‥‥。
 でもまあ、トマトとサッチも学杖の帰りに毎日来てくれているから、学校の話題には遅れずにすみそうだけどね。
 ついでに………………勉強も。
 そして入院してから七日目、男子たちも花代がもたなくなってきたのか、お母さんやトマトとサッチくらいしかお見舞いに来なくなった頃、予想外の男子がお見舞いに来た。
 大将───。
 引戸(ドア)を開けて入って来た瞬間(とたん)に、思わず言ってしまう。
「ど-ゆ-風の吹き回し、大将。私のこと嫌いなんじゃなかったの?」
 それに対して大将は、
「嫌いだよ」と簡潔(サラリ)と答えた。
 ───ムッ!
「じゃあ、なんで来たのよ!?」
「話があってな」
「話って?」
 大将は即(すぐ)には答えないで、壁に立て掛けてあった鉄製(スチール)椅子を寝台(ベッド)の横に持ってくると、ドッカと座った。
「……まさか、お前が溺れてる子どもを助けるなんて思わなかったよ。ちょっと見直したぜ」と珍しく私に優しい表情(かお)を見せた。
 でも私は、
「ありがと」と素っ気なく答えてみせる。
 少し間が空いて………………。
「腰、壊したんだってな」
「壊れてたのよ、生誕(もと)から。生まれつき腰が弱くて、小六の時に鉄棒から落ちて決定的に不能(ダメ)になったわ。………体操選手に…なりたかったんだけどね………」
「知ってるよ」
「なんでよ!」
 不思(つい)、声が酷(きつ)くなる。
「前に命から聞いたんだ」
「天野から?」
「あいつも、お前の愛好者(ファン)の一人なんだぜ」
「やめてよ。あんな根暗な背低(チビ)に好かれているなんなて、考えたくもないわ」
 ───いけない!
 口に出しちゃった。
 二人は友達なんだから、怒る…よね?
 閃(チラ)っと目線を合わせると、案の定、キッと睨まれた。
「な、何よ……」と強がってみせたけど、怖いよー。
 ガタン!
 と椅子を倒しそうな勢いで大将に立たれて、私は慌てて布団を頭から被ってしまった。
「やっぱお前は、そんな女だったんだな」と大将の低い声。
「生誕(もと)からそういう性格なのか、それとも、ちょっと顔が美々(いい)からって学校の男どもに持て離されて歪んじまったのかは知らないが、お前には命に好かれる資格は無いな」 私はガバッと起き上がって、
「どうゆう意味よ!?」と叫んだ。
 でも大将は、
「そうゆう意味だよ」とだけ答えて、帰ろうとする。
 ───脳天(あったま)きた!!
「ちょっと! 故意(わぎわざ)そんなことを言いに来たワケ!?」「違うよ。だが、必要が無くなった」
「何よ、それは!?」
「いい、いい、もういい」と面倒臭そうに手を振る。
「戯謔(ふざ)けないでよ! いったいなんの用だったのよ!?」
 するとグッと顔を近づけてきて、
「命の悪口無しに聞けるか?」と脅(すご)まれ、「・‥…判ったわよ」と不貞腐れぎみに答えて、私は寝台(ベッド)に横になった。
「それで……?」と訊くと、 大将は鉄製(スチール)椅子に座り直して話し始めた。
「お前、誰に助けられたか憶てるか?」
「・・・・・トマトが人を呼んで釆てくれて……」
「憶てないんだ……?」
 黙って諾(うなず)くしかない。
 すると大将は、小時(しばら)く黙り込んで私を見据え、静かに、でも決然(きっばり)と言った。「命だよ」
 以外すぎる答えに、
 ───えっ!? と頭を起こした。「あの日、溺れてるお前を助けたのは命だ」
「そんな‥‥‥、信じられないわ。だって……一年の時から、天野が体育に出ているのなんて見たこと無い。いつも見学で……」
「判ってる。命とは小学絞ン時からずっと…、五年の時から同じ学級(クラス)で、………一度も体育に出たことは無い。水泳も‥‥‥」
「だったら……!」
「だが、事実(ほんとう)だ」
「泳げないのに?」
「お前だって、泳げないのに子どもを助けようとして川に飛び込んだんだろう? 自分の身体(からだ)に欠陥があるのを知っていながら…」
「だけど……、私はもともと運動神経は良かったし、体育や水泳も全く不能(ダメ)って訳じゃないもの……」
「確かに、命の場合は…。命も、知っていながら飛び込んだんだ。お前を助けるために。欠陥があるくせに‥‥‥」
「何が……?」
「生まれっき脆(よわ)くてな、心臓が……」
「心臓…!!」
「真冬の川の水だ。普通の奴だって発作を起こしかねない。況(ま)して命の心臓じゃ…」と俯き、「一溜まりもなかった‥‥‥。あの考無(バカ)、俺に委(まか)せとけばいいものを…、俺より先に飛び込みやがって……」顔を上げ、「好きだったんだよ、お前が…、お前みたいな奴を……、本気で!!」
 今にも掴み掛かってきそうな、大将の凄味のある表情(かお)に気圧(けお)される。
「…それで…、どうなったの‥‥‥?」と訊くと、また俯き、「……もう、一週間も意識不明だ。病院(ここ)の305にいる」
 私は、枕に顔を埋もらせた。
 そして………考える。
 ───天野が私を?
 ───あの天野が!?
 ───まさか………!
 体育の時は、いつも隅の方で膝を抱えて見学していた。
 蒼白い顔で、死んだような目で。
 ───その天野が、私を…?
 ───心臓が?
 ───そう言われれば、そんな風にも‥‥‥。
 ───私を‥‥‥?
 ───本当に?
 ───でも、誰もそんなこと教えてくれなかったわ………。
 頭の中が乱雑混線(グシャグシャ)になってくる。
「…それで……、私にどうしろというの?」声の音域(トーン)が上がり、「どうしろと!?」
 悲しいときと同じような、なんだか判らない霧靄(モヤモヤ)したモノが胸の奥に溢れて息苦しくなってくる。
 でも、涙なんか出てこない。
 だって、悲しくなんかはないもの。
 ただ……。 そのせいで、思わず言ってしまう。
「やっぱり信じられないわ。天野が私を助けたなんて。あの天野が…」
 そこで大将に、ペチッと軽く頬を叩く真偽(まね)をされた。
 穏やかな表情(かお)で。
「俺はただ、命がお前に惚れてるってことと、命がお前を助けたんだということを伝えに来ただけだ。だから…」と大将は、何か考える風にして黙り込んでしまった。
 何?
 何を俊巡(ためら)っているの?
 不意に大将は立ち上がり、笑顔を作って言った。
「まあ、命が目を醒ましたら、礼ぐらい言ってやってくれ。じゃあな」
「あ…」───待って、と私が声を継ぐ間も無しに、大将は病室(へや)を出て行こうとして引戸(ドア)を開けた。
 するとそこには、唖驚(びっくり)して大将を見上げるトマトと、俯いているサッチがいた。「お前ら…、聞いてたのか」と訊く大将に、「えっと、その…」とトマトが言い訳を探していると、突然サッチは大将をキッと睨み上げ、平手打ちを放って走り去ってしまった。
 その目には、いっぱい涙が溜まっていたようだった。
「サッチ!?」とトマトが後を追い、大将も、「じゃな」とだけ言い残して、引戸(ドア)を閉めて行ってしまった。
 ポツンと取り残されてしまった私……。
 ───サッチって、もしかしたら……。
 ───でも、なんであんな奴…‥‥。
 ───私を助けたなんて、信じられない…。
 ───本当に…?
 ───だとしたら………。
 ───えっ、でも……。
 また頭の中が乱雑(グシャグシャ)になってくる。
 そんな風に、いろんな思いを巡らせていると、引戸(ドア)がスーツと静かに開いた。
「サッチ!?」と思わず叫んでしまう。
 でもサッチは、何も言わないまま近づいて来て、自分の学生鞄(かばん)の中から、封の切られた水色の封筒を取り出した。
 それを、涙で目元を潤ませたまま、許乞(すまな)さそうに微笑み、そっと私に差し出す。
「何? これ?」と受け取った私は、表の宛名が私の名前なのに気がついた。
「サッチ、これは!?」
「‥‥‥さっきの大将の話、本当よ。トマトが呼んできたの、通りがかった大将と天野くんを…。天野くんは、フッちゃんを助けようとしたわ。必死で…‥‥」少し言葉を窒(つま)らせて、「封筒(それ)は、天野くんが脱ぎ捨てた標準服(せいふく)の衣袋(ポケット)に入ってたの。衣袋(ポケット)から隠(チラ)って覗いてたのが気になって…、取り出してみてフッちゃんの名前を見たら、そのまま自分の末広服(スカート)の衣袋(ポケット)に入れちゃってた………」 
 涙声になり、
「請怒(ごめん)…、請怒(ごめん)なさい。勝手に封まで開けちゃって…‥・。開けるつもりは無かったのよ。読むつもりも………」
 ───沈黙───。
「‥‥‥本当は、破いてしまいたかった! 捨ててしまいたかった! でも…」と涙をポロポロ溢れさせた。
「請怒(ごめん)…、請怒(ごめん)…なさい‥‥。もっと早く…教えようと…、渡そうと思ったんだけど……。ううん……」と首を横に振り、「アタシ…。アタシ……」
 サッチは言葉を繋ぐことができなくなり、病室(へや)を出ようとした。
「サッチ、待って!」と呼び止める。
「私、こんなの貰っても困るわ」口調を明るくして、
「天野のこと好きなら、私、協力するわよ♪」
 でもサッチは、背中を向けたまま答える。
「いいの……。いいのアタシは……。天野くんが好きなのは、フッちゃんなんだもん」
「そんなの…」
「フッちゃん。天野くん…いい人よ。優しいところも充満(いっぱい)あって………。小学校の頃は、あんな暗い感じじゃなくてね………」
「同じ小学絞だったの?」
 サッチは、コックリと黙諾(うなず)いた。
「…アタシもね、天野くんに助けてもらったことがあるの……。六年生の時に…、男子に悪戯(いたずら)されたアタシを、護(まも)ってくれた。だから好きになったの…。なのに‥‥‥なのにアタシは、天野くんが虐められてる時、護(まも)ってあげられなかった。助けてあげられなかった。アタシには、天野くんを好きになる資格‥‥無い。だから……」
「そんな、資格なんて!」
 でもサッチは、私の言葉を受け取らずに、
「‥‥‥明後日(あさって)頃には退院でしょ?学絞で会おうね!」と無理に作った明るい声で言って、引戸(ドア)を開けた。
 引戸(ドア)の外には、大将とトマトが立っていた。
 大将がサッチの肩を抱いて、トマトは私に軽く手を振って何も言わずに引戸(ドア)を閉めて行ってしまった。
 また取り残されたような感覚に包まれて、私は視線を引戸(ドア)から手中(てもと)の封筒に移した。
 サッチは直接(ちょく)には何も言わなかったけど、推測(たぶん)これは、天野が私に宛てた懸想文(ラブレター)………。
 大将やサッチには悪いけど、私には天野を好きになんかなれない。
 私は、封筒から隠(ちら)っと覗いている便箋を奥に押し込んで、花瓶の近くに置いた。 そして、布団に潜る。
 潜ってから、ふと思った。
 ───捨てればいいんだ。
 何も律義に取っておく必要(こと)は無い。
 護美箱(ごみばこ)は、寝台(ベッド)のすぐ横(わき)にある。
 私は、寝台(ベッド)から這い出して、封筒を手にした。
 でも───。
 いざ捨てようとすると、逡巡(ためら)っちゃって、また元の場所(ところ)に置いた。
 だって───。
 ───本当に天野が私を助けてくれたの?
 ───本当に私のことが好さなの?
 ───そうだとしてサッチ…、本当に断念(あきらめ)ちゃっていいの?
 ───私は、どうすればいいの?
 ───懸想文(ラブレター)には何が書いてあるの?
 私は、もう一度寝台(ベッド)から這い出して、封筒を手にしてみる。
 だけど、やっぱり逡巡(ためら)っちゃって、また元の場所(ところ)に戻した。
 それを、何度も何度も、繰り返し繰り返し、繰り返した………。
 合間に、お母さんが見舞いに来たり、夕食を食べたり。
 でも上の空で、お母さんの言葉にも生返事だけして、夕食の時も御飯をポロポロ零(こぼ)しちゃって……。
 それでも結局、封筒から便箋を出すのに、何かが吹っ切れなくって、消灯時間にまでなってしまった。
 そして、看護婦さんが夜の見回りに来た。
 名札(ネームプレート)には、小原夏子(おはらなつこ)と書かれている。
「古谷さん、消灯時間よ。早くお休みなさい」
「はい・・・」と答えると、夏子さんは電灯(あかり)を消し、引戸(ドア)を閉めて出て行った。
 そして、隣の病室の引戸(ドア)を開く音がした。
 私は布団に潜り、もう数時間以上も考え続けている同じことに思いを巡らせ、それにも疲れると、穏段(しだい)に眠りに入った。
 ──────────────────────。

| 小説作品::いつかは死ぬほど愛したい | 03:13 AM | comments (2) | trackback (1) |

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