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HOME > 読書用本棚 > メイド喫茶論考 > 【メイド喫茶論考】 「見立て」文化
【メイド喫茶論考】 「見立て」文化
この記号化という文化は、「見立て遊び」として日本の文化に深く根ざしていると考えられる。
記号化の例として日本画などを例に出したが、ある物を別な物を用いて表現し、対象物をより強調して受け手に感じさせるのが「見立て」である。
見立ての代表的な例としては日本庭園がある。日本庭園では、石や砂を用いて水の流れを表現したり、草木の配置によって田園や山間を模したりして、別な場所を見せてくれる。
伝統芸能では、落語で扇子と手拭だけを用いて食事をしたり舟を漕ぐ仕草を演じて見せるし、精進料理には海苔を皮に見立てて鰻の蒲焼を山芋や豆腐で作るというような見立て料理の数々が献立にある。
これらはもちろん、ホンモノではない。本当の姿を再現しきれている訳ではない。
しかし、本物ではないことによって、表現者と受け手の間には、「ある関係」が生まれる。
映画作品に目を向けてみれば、欧米では特撮技術の向上はリアルさを追及することであり、CGの発達により今やCGと実写の合成が分からないくらいにまでなっている。
一方、日本の特撮技術も負けてはいないが、日本ではCGをリアルにしても必ずしも観客に受け入れられないようだ。例えば怪獣映画で着ぐるみの中に人が入っているのが分かる動きであったり、ミニチュアが実物に見えず模型然としていても、それを許容し、むしろそれを愉しむ感覚が根付いているのが理由として考えられる。
そもそも人間の記憶やイメージというのは、他人とは必ずしも一致しない。
先の日本庭園で云えば、本物の海を見せたところで、見せようと思った人と見せられる人とでは海のイメージが異なるだろうし、落語で本物の蕎麦を器に盛って出したところで、観客がその蕎麦や器に自分の好みと合わなければ違和感を感じることもあるだろう。
そうであれば、抽象的な記号として提示された方が、受け手は自分のイメージで愉しむことができる。
あるいは、別な物を用いて表現されることで、元になった物との差異が新たな体験として愉しく感じられる。
もし日本の観客が、映像的なリアルさだけを求めていたら、日本の特撮映画はとっくに見捨てられていただろう。
しかし日本では、それが作り物と分かっていても、観ている側がそれを受け入れることによって、作り手との「共同作業」として愉しむ文化があるのだ。
この、「共同作業」こそが表現者と受け手との間に生じる関係であり、かつ簡便さが、メイド喫茶の肝ともなっている。
演じるメイド側は変身願望の体現としての習熟を必要とせず、客の側は雰囲気さえ壊さなければ必ずしも演じる必要は無く、いっときの憩いとして利用することができる。
むしろ、一緒に同じ空間を共有している、あるいは作り出していることがまた愉しみとなるという訳だ。
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