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<<通巻15号>> 15:あの日のアカレンジャー
執筆 : 星雲御剣/注釈 : 清水銀嶺
15:あの日のアカレンジャー
作品への愛着……幼児期においては、およそ誰もがなにがしかの作品に夢中になり、愛着をもって過ごしていたはずである。
それが、ある年齢になると「卒業」して行く者と、そのまま止まって「オタク的資質」を開花させていく者とに別れていくのはなぜだろう?
参考までに、著者の自分語りをさせて貰うなら……。
あれは、小学校4年生の時だっただろうか?
当時、著者はとある事故で歩行困難な状況にあり、日常生活では松葉杖が手放せない状態であった。
そんな時、近所の公園で、町内会主催の『秘密戦隊ゴレンジャー』のショーがあった。
どうせ町内会レベル、チープなモノであろう事は、小4にもなれば予想できても居たのだが、闘病の気晴らし、とばかりに、著者は困難な歩行を押して見物に出かけたのだ。
その内容は案の定で、ミカン箱にベニヤ板を指し渡しただけのステージに、ゴレンジャーの衣装を着たボランティア学生が上っていて、行列した子供が順番に握手を求めていくという、本当にただソレだけの代物であった。
しかし、である。松葉杖で、行列に入りあぐねている著者を見たアカレンジャーは、あろうことか、行列を飛び越してステージから降り、まっすぐに著者の方へと歩み寄ってきたのである。
「君、大丈夫か?」(補1)
……そのボランティア学生は、イベント用のチープなマスク越しにその顔が丸見えなのに、完全にアカレンジャーに成りきっていた。
普通なら、もう完全にどん引きである。しかし、その時、著者はこう思ったのだ。
「子供だましにココまで真剣になれるなんて、なんてスゴイことなんだろう!」
……と。
それが絵空事と気がついたとき、それに関わる人物の熱意をどう解釈するか?
どうやら、これが分かれ道の様だ。
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<<通巻14号>> 14:科学考証とSF考証
執筆 : 星雲御剣/注釈 : 清水銀嶺
14:科学考証とSF考証
では、そもそも「科学考証」と「SF考証」では、何がどう違うのであろうか?
それをを考える上で、最適なテキストブックが2つある。
柳田理科雄の「空想科学読本」シリーズと、長谷川裕一の「すごい科学で守ります!」シリーズである。
「空想科学読本」シリーズは、いまやそれなりの著名人となった柳田理科雄氏の出世作であり、アニメや特撮、コミックにおける様々な現象を科学的に解明していくと実はこうなる! ……的な娯楽書である。
堅い否定論に終始しがちな「科学考証」を、笑える読み物としてまとめ上げた手腕が評価される好著である。
一方、「すごい科学」シリーズは、国民的特撮番組シリーズである『スーパー戦隊』を中心に、東映特撮作品の世界観を一つにまとめて考証していくという内容であり、ここでは、一定のルールに基づいて、作中の「すごい科学」としか言いようのない各種の現象を、「SF考証」の手法を巧みに用いて、見事にまとめ上げている。
両者を読み比べてみれば、「科学考証」と「SF考証」の差は歴然である。
「科学考証」は、すでに実証されている理論以外は基本的に取り入れず、理論と公式に実直に築き上げていく「理数系」の手法である。場合によっては劇中現象の否定もあり得る。(補1)
一方、「SF考証」は、劇中の現象は基本的に事実として捕らえ、それを実現し得るにはどのような解釈をすればよいか、という点を、複数の現象相互に渡って矛盾がないように考えていく「文系」の手法なのである。
「科学考証」を基礎として、「SF考証」がその応用、と考えてもよい。応用だけに、手間暇は数倍かかる。その手間暇を購うのは、なによりも「愛着」、その一点なのである。
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<<通巻13号>> 13:広がるミノフスキー理論
執筆 : 星雲御剣/注釈 : 清水銀嶺
13:広がるミノフスキー理論
ミノフスキー粒子。
『機動戦士ガンダム』劇中に登場する、作中科学技術体系の根幹を支える架空の素粒子である。
製作サイドとしては、宇宙空間でロボットがチャンバラをやる理由付けとして、レーダー電波を阻害する存在と考えて設定した……最初は、ただソレだけのモノであった。
しかし、ホワイトベースが飛んだとき、その飛行原理にこの架空粒子を当てはめて考える、という離れ技をしてのけた一団がいたのである。
ホンモノの物理論文さながらの考証は、まずは身内の同人活動、後には「みのり書房」刊のムック『GUNDAM CENTURY』を経て世に問われ、やがては作品公式設定として取り入れられていくことになる。
その一団こそが「スタジオぬえ」。SF作家・高千穂遥氏が創立した、SFイラスト・映像関係の総合製作会社であり、日本最高峰の一つとも言われるクリエイター集団である。
彼らは、厳密には一ファン、という立場ではなく、スタッフの一部がガンダムの製作現場に関わっていたのであるが(補1)、であるが故に、この作品が「アニメの常識」と「現実の非常識」の間にある矛盾を解決してくれる、何か新しい息吹を持っていることを実感していたはずである。
その実感からくる作品そのものへの「愛着」が、その知識と手間暇とを総動員した「ミノフスキー物理学大系」の構築という、壮大なSF考証を完成させる原動力となったのは疑いのない所である。
ココで大事なのは「愛着」と「知識」、そして「科学考証ではなくSF考証をする」というスタンスへの理解である。
科学考証的には、ミノフスキー粒子という架空粒子は存在し得ず、全てはそこで終わってしまう。しかしミノフスキー粒子を「存在するモノ」として、徹底的にその特徴を考証していった事が、後々広く受け入れられることになった最大の要因なのだ。(以下次号)
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<<通巻12号>> 12:飛べ、ホワイトベース!
執筆 : 星雲御剣/注釈 : 清水銀嶺
12:飛べ、ホワイトベース!
『機動戦士ガンダム』。今更なにを説明する必要もない、国民的大ヒットアニメである。
だが、その黎明は実に厳しいところから始まっているのは、昨今、関係者が各方面でぽつりぽつりと語り始めているため、ご存じの向きも多いであろう。
当時、ロボットアニメとは「子供向け玩具を宣伝する」ためのコマーシャルフィルムでしかなかった。
玩具メーカーの提示したロボット玩具を主役に据え、それが心躍る活躍をしていればそれでよしとされ、「ロボットプロレス」等と揶揄される、業界の最底辺だった(補1)。
ここでまず、制作スタッフが「肯定」の発想を発露させる。
「ならば、そこさえ押さえれば後は何をしても良いはずだ」
……と。
そして、企画立案者であり、総監督の富野由悠季氏は「十五少年漂流記のような群像劇」を追加して、ドラマチックに仕立て上げるという手法と、氏が長年思い描いてきた、宇宙を舞台にしたドラマを作り上げる、という要素を入れ込む事を考え出した。
しかし、事は簡単ではなかった。
当時、アニメ製作会社としての日本サンライズ(現・サンライズ)は、とにかく資金も、人も、そして時間も無かったのである。
かくして、その時はやってきた。
総監督・富野氏は「大気圏突入後、リアルに考えたらホワイトベースは飛べないはずだ」と、製作各スタッフに念を押していたのだが、それでは「連邦軍本部に向けての逃亡劇」である前半のストーリーが進まない。
押し迫る時間制限の中、物語はついにホワイトベースを飛ばしてしまったのである。
説明など、考えている暇はない。……リアルな作劇に惹かれていた初期ファン達はこれをどうとらえたであろうか?
ここで、一つの奇跡が起きるのである。(以下次号)
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<<通巻11号>> 11:全肯定のススメ
執筆 : 星雲御剣/注釈 : 清水銀嶺
11:全肯定のススメ
さて、前回までは「源流」、すなわち「元ネタ探し」という、オタク的資質の基本中の基本について考察してきた。今回からは、これを持っているとだいぶ違う、という「ある視点」の持ち方についてお勧めしていきたい。
それは「全肯定」である。
人が何かを評価する際、多くは「ああ、○○は××だからダメだ」というように、否定のスタンスから入るのが常である(補1) 。
だが、これは実は非常に簡単で便利、それをしているだけでなんだか偉そうに見えるというある種の万能ツールではあるが、本質的な意味合いを逃しがちで、全ての物事を簡単に考えて済ましてしまうと言う危険な癖が身につきかねない諸刃の剣でもある。
そこで、ここでお勧めしたいのが「全肯定思考法」なのだ。
その方法はきわめて簡単。
とにかく、なんでもまずは肯定してみるのである。
例えば……。
巨大ロボットに人間が乗り込む理由。
巨悪に立ち向かう組織の先鋒が少数の少年少女であるワケ。
翼もないのに空を飛ぶ人間型の巨大宇宙人。
空中で軌道を自在に変更できる必殺キック。
……等々(補2)。
アニメや特撮番組を見ていると数多く見られるこれら「どう考えても変!」な事柄を、「逆にこう考えたらどうだろう?」と言うスタンスで、独自に説明して、その矛盾を解決してしまうのである。
これには、数多くの予備知識が必要となるだろう。
そして、その習得にある種の楽しみ、モチベーションを持つことが、優秀なオタクへの近道なのである(補3)。
現に、この手法のおかげで、超長寿の大人気作品となったアニメが日本にも存在する。
今年で放映30周年を迎える、『機動戦士ガンダム』……この国民的アニメこそ、まさに「肯定」の賜なのである。(以下次号)
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<<通巻10号>> 10:オタの源流
執筆 : 星雲御剣/注釈 : 清水銀嶺
10:オタの源流
前回まで、長々とエヴァの系譜を大正時代にまで遡ったのには理由がある。
こうやって系譜をたどる事、言い換えれば『元ネタ探し』と言うのは、オタクの思考回路における基本だからなのである。
何か新しいモノを見たときに、「○○は××の系列」とか「○○は△△の発展系」だとか言うのは、オタクが、自分の感じるロマンを相対化して自ら理解し、他者に開陳する際の基本手法なのだ(補1)。
さて、今「ロマン」という言葉が出てきたが、昨今のオタク文化の中核をなす要素である「萌え」とは、つまりロマンのことなのだ。
大正期における『浪漫主義』と、現在のオタク文化には相似形の部分が多いことは前回までに軽く述べた。
詰まるところ、どちらも「理由を明確化しにくいがそこはかとなく好ましい何か」を示す言葉である。
そして、大正浪漫主義というのは、明治維新以来、続々と流入した海外文化と、日本伝統文化とが高度に融合したモノであった。
現代オタク文化もまた、太平洋戦争中に壊滅したそれらの文化伝統に、半世紀の間に蓄積された新たな外来文化や新技術体系が融合して生まれてきたモノである。
で、あるならば、詰まるところ、日本人の文化というモノは、ごく自然とオタク的な方面へと進んでいくモノの様である。
つまりは「日本人なら誰でもできるハズ」なのだ。
しかし、実際には、オタク的手法に長けた者と、必ずしもそうでない者とが居るのはなぜだろう?
およそ、誰であっても、幼少期にはオタク的な資質を持って生まれている(補2)。
しかし、成長期の段階を経るに従って、個人差はあるが誰も皆「昨日までの自分を恥じる」様な言動を取る様になっていく。
オタクとそうでない者との差は、その際の、些細な視点の違いから発生するのだ。
次回からは、その点について考察しよう。
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【メイド喫茶論考】 喫茶店にスタンダードは無い
多少混乱した日本における喫茶店の歴史であるが、人が集まる場というのは、「社交場」という言葉があるように、存在それ自体が役割を担う。
もとより、カフェの発祥の地であるフランスでは株取引をする人たちが集まることで発展し、イギリスではコーヒー・ハウスに集まっていた保険業者たちが「保険事業のために」人を雇ってコーヒー・ハウスを開店して、世界最大の保険組合ロイズが誕生した。
つまり、他の「何か」を組み込むのが喫茶店の特徴なのだ。
そして日本では戦後、風俗産業に組み込まれる特殊喫茶と区別するように、酒を供したりしない喫茶店は純喫茶を名乗るようになった。それはつまり、喫茶店が多様化していき、飲食店としての機能だけではなく、「時間を買う」とも表現されるように、別なモノを求める人たちが訪れる場所となることだった。
昔は特に名称は無かったようだが、古本屋や貸本屋を兼ねた喫茶店や、まだ高価だったレコードを聴かせる名曲喫茶、生演奏を聴かせるジャズ喫茶にロック喫茶など、挙げればキリが無い。これらの、別な用途を持った喫茶店の中には、私語禁止とか、物書き禁止などという店もあったという。また、リーダーとなる客が先導して、店内の客たちが一緒に歌う歌声喫茶というものもあった。
いや、これらは過去形ではなく、数は少なくなったものの現存する。少なくなった理由は幾つかあるが、経済発展により本やレコードなどは個人での入手が可能になったからだろう。外食産業や、その一翼となるファーストフードの台頭も影響したものと考えられる。わけても外食産業のチェーン店やフランチャイズ店では当初、「同じ系列なら同じサービス同じメニュー」が売りでもあった。ファーストフードはそのうえ、店員との接触は基本的に購入時のみであり、給仕などのサービスは望むべくもなかった。そんな時代の流れの中で、喫茶店は均一化に向かい個性を失っていった。正確には個性的な店は少なくなかったものの、それを求めるのは一部の愛好家の間でだけにとどまり、「時間を買う」という人よりも、「時間を潰す」というのが飲食以外に飲食店に求められる期間が続いた。
しかし、現代においては原点回帰のような現象が起きている。価値観の多様化と情報社会の醸成によって、娯楽産業が細分化していったことが影響したのだろう。
昔の貸本屋のようにレンタルビデオ店が現れ、歌声喫茶はカラオケ店へと受け継がれ、それこそ漫画喫茶は日本における喫茶店の発祥からして、古い遺伝子が呼び覚まされたかのようだ。
つまりメイド喫茶もまた突然変異ではなく、遺伝子を受け継ぐようにして育ってきた、日本の喫茶文化の一つなのだ。

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<<通巻9号>> 9:円谷英二の見ていた空
執筆 : 星雲御剣/注釈 : 清水銀嶺
9:円谷英二の見ていた空
円谷英二。
言わずと知れた「特撮の神様」である。
明治34年生まれの円谷氏は、元々は航空機のパイロットに憧れたところが、その「オタク的人生」のスタートラインであった。
だが、努力の末に入った航空学校が不幸な事故で活動停止。技術畑に進んで、様々な玩具や商品の開発に従事する事になる。
その後、とある偶然から映画制作に関わる事になり、大空への夢をここで叶えていく事にもなるのだが(補1)、ココまでに何の縁も無ければ、映画の撮影などできるわけがない。
円谷氏にとっての「引き継いだ系譜」は、いったいドコにあったのだろう?
円谷氏が多感な少年時代を過ごしたのは大正期。活動写真として庶民の娯楽に定着しつつあった「映画」は、この時期、大きな飛躍を遂げている(補2)。
映画以外にも、大正期における日本の文化・創作分野は非常に水準が高かった。
これは、伝統文化と西洋から入ってきた新たな文化が、およそ半世紀を経て円熟・融合した結果、21世紀平成現在のモノに負けないどころか、現在の我々がまだ追いつけていない部分もある程である(補3)。
円谷氏は、この時期にちょうど多感な時期が重なっている。「航空機」という新たなモノに憧れる感性は、映像技術方面にも向くのが当然だっただろう。
この後、日本の文化芸術分野は、さらなる高見を見ることなく、激動の昭和初期における戦争でもって壊滅の憂き目に合うわけだが、戦前戦後を挟む形で、円谷氏や、例えば手塚治虫氏など、戦後において「天才」とされる才能によって、辛くも引き継がれることになる。
そして、戦後半世紀を過ぎてようやく、 「円谷英二氏の見ていた空」に、我々はようやく近づき、やっとその背中が見えてきたところなのだ。
それを踏まえて、 次回は「萌え=浪漫主義」という説を検証してみよう。
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【メイド喫茶論考】 日本の喫茶店の源流は、漫画喫茶とメイド喫茶
メイド喫茶が、メイドと喫茶店の融合であることを考えると、やはり喫茶店の歴史は無視できない。実像としてのメイドを離れ、喫茶店と結びついたのは何故なのか。一方の喫茶店についても、その歴史に触れてみよう。
喫茶店とは、呼んで字のごとく茶を喫する所であるが、「喫茶店とは?」と尋ねられて、とっさに形態や特徴などを述べられる人はいるだろうか。
海外では十七世紀頃にコーヒーがキリスト教徒の洗礼を受けたという。それまでは、カフェインの興奮作用もあってか、コーヒーは異教徒や悪魔の飲み物とされていたのだ。この洗礼により人々がコーヒーを飲むようになり、イギリスのロンドンでは一六五二年に、フランスのパリには一六七三年にコーヒーを専門に供する店ができた。「カフェ」がフランス語でコーヒーを意味するのは、周知の通りである。
一方、日本では室町時代にはすでに茶屋の原型があったようで、十六世紀頃に豊臣秀吉が催した茶会で菓子を献上した者に茶屋株の特許を与えたという記録がある。さらに江戸時代中期には、芸妓との飲食を目的とする待合茶屋も現れた。
現代的な喫茶店に近い形態としては、日本には明治二十一年(一八八八年)に、上野西黒門町に『可否茶館』が開店した。可否とはもちろんコーヒーの当て字である。店内には、国内外の新聞を取り揃え、囲碁や将棋はもちろんトランプなどのゲームが置いてあり、化粧室やシャワー室も備えてあったというから、現在の漫画喫茶やインターネット喫茶を思わせる。しかし、新し物好きや珍し物好きな人たちの間では流行ったものの、コーヒーの味は一般の日本人には不評であり、全国に広がるのには時間を要したうえ、ちょっとした混乱が生じた。
混乱というのは、明治時代の終わりに現れたカフェの存在である。コーヒーという意味なのだから、何が問題なのかと思われるだろうが、洋食や洋酒を提供する店がカフェを名乗っていたせいである。明治四四年(一九一一年)に京橋日吉町(現・銀座八丁目)に日本初のカフェとされる『カフェー・プランタン』が開業し、その店ではコーヒーと酒を提供していたのであるが、他のカフェのメニューには、アルコール飲料はあってもコーヒーが記されてない例があった。つまりコーヒーを出していないにもかかわらずカフェと称しており、お客の側もまた西洋文化の雰囲気を楽しむのが目的で、まだそれほど知らない飲み物の種類には拘っていなかった。むしろ、本場のカフェでは男性が給仕をしていたのに対して、カフェー・プランタンで始めた「女給が接客する」のが評判になり、歓談の相手から一緒にダンスをしてくれるような店も現れ、この流れはやがてキャバレーなどの風俗店へと繋がっていった。
また、東京のカフェの中には、大阪から女性を集めて女給に大阪弁で接客させるというのを売りにしていたという記録があり、これなどは現在のメイド喫茶に通じるものだろう。江戸時代の江戸の人間が、京言葉に憧れたという話もあるから、知らない文化を愉しむというのは人間の一種の本能であるのかもしれない。
一方、カフェとは別な流れが同時期に現れた。ミルクホールである。ここでは和服にエプロン姿の女給が勤めていて、温めた牛乳やパン、そしてコーヒーやアイスクリームなどを出していた。多くは官報を置いており、官報には国立大学の入学試験の告示や合格発表も載っているため、学生が多く通ったという。面白いのは、当時まだ飲み慣れていない牛乳の臭さを消すために「コーヒーを加えた」という事だ。実際、牛乳のほうがコーヒーよりも値段が少し高かった。この事によって、大正から昭和にかけてコーヒーが大衆に広まり、喫茶店という形態もまた全国に増えていった。

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<<通巻8号>> 8:エヴァにも見えるウルトラの星(後編)
執筆 : 星雲御剣/注釈 : 清水銀嶺
8:エヴァにも見えるウルトラの星(後編)
ラミエルとプリズ魔の関係をつぶさに観察すると、ただの猿まねと、系譜を引き継いで新たに魅力あるモノとして創作することの差異が如実に見て取れる。
どちらも、ほぼ動かない屹立する結晶体である事と、その正体は不明だが明確に危険な人類の敵であることが行動から見て取れる点は同じであり、それ故に人類側が取る作戦のイメージも似たところが出てはくるが(※補1)、肝心要のその点のみを押さえたが故に、それ以外の点はみな見事に異なっている点が重要である。
アイデアの発想法には「逆転」「拡大・縮小」「追加・省略」という手法があるが、ここでは主に「追加・省略」が効果的に用いられている。
プリズ魔がラミエルにする際に行われた削除要素としては、プリズ魔の「光を好む性質」と、「それ故に人間を襲う」部分がオミットされ、ラミエルはただひたすらにネルフ本部のみを攻撃する存在に変わっている(※補2)。
付け足された要素は、対抗する人類側の作戦に大規模軍事作戦的な要素が濃くなっている点である。そして、ココにもまた、引き継がれた別の系譜を見て取ることができる。太平洋戦争をテーマにした、日本海軍戦記物映画の一群である(※補3)。
『ヱヴァンゲリヲン』を初めとして、庵野氏の監督作品には、戦記物映画から引用したと思われる台詞回しが時折散見されるが、ラミエルに対する「ヤシマ作戦」の件などは、その集大成とも言えるほどに完成度が高い。
『ウルトラマン』と『戦記物映画』、一見まるで無関係なこの二つだが、ある人物に注目すると、これが無関係どころではないことが分かる。
その人物とは? ……それは、特撮の神様・円谷英二氏、その人なのである。
次回は、円谷英二氏から日本の戦前戦後におけるメディアの有り様をのぞき見てみよう。
※注1……円谷英二
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